『海のトリトン』は、最終回で視聴者を驚愕させた伝説のアニメとして知られています。手塚治虫原作、富野由悠季初監督作品の本作で、なぜ主人公が「悪」になったのでしょうか。
「海のトリトン オリジナル・サウンドトラック」(日本コロムビア)
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当時の子供たちは唖然?
青い海の中で繰り広げられる勇敢な少年の冒険物語――。そう思って見ていた子供たちは、最終回で凍りつきました。
TVアニメ『海のトリトン』は、50年以上経ったいまでも「伝説の最終回」として語り継がれています。なぜなら、物語の最後で明かされた真実が、それまでの「善悪」の概念を完全に覆したからです。
『海のトリトン』は、「マンガの神様」手塚治虫が原作を手がけた作品です。1972年に放送されたアニメは、後に『機動戦士ガンダム』の生みの親となる富野喜幸(現・富野由悠季)氏の初監督作品でした。
物語の前提は、5000年前のアトランティス大陸でポセイドン族との争いで滅ぼされたトリトン族の末裔である少年トリトンが、海の支配を企むポセイドン族を倒すため冒険の旅に出る、というものでした。ここまでは王道の少年アニメだったのです。
しかし、1972年9月30日に放送された最終回(第27話)「大西洋陽はまた昇る」で、すべてが覆されることになります。
物語のクライマックスで、トリトンはついにポセイドン族の本拠地へとたどり着きます。そこで明かされたのは、驚くべき真実でした。
遠い昔、アトランティス人たちは特殊な金属「オリハルコン」で巨大なポセイドン像を作り、ポセイドン族を生贄として海底に封印したのでした。一部の生き残りは、オリハルコンのエネルギーによって海底都市を築き、アトランティス人への復讐を誓います。
その後、アニメ版ではポセイドン族がアトランティス大陸を沈めたとされています。生き残った少数のアトランティス人は「トリトン族」と名乗り、ポセイドン像に対抗するために、オリハルコンの力を抑制する短剣を造ります。
つまり、トリトンが受け継いだオリハルコンの短剣は、ポセイドン族をせん滅するための凶器だったのです。そして物語の最後、短剣の力でポセイドン像が動き出したことで、海底都市で暮らしていた1万人のポセイドン族は全滅してしまいます。
「ポセイドン族を滅ぼしたのはお前だ!」というポセイドン像の声に、トリトンは「俺が悪いんじゃない、ポセイドンが海の平和を乱すからだ!」と叫びます。しかし、殺してしまった人々が戻ってくることはありません。
最後はイルカのルカーの背に乗り、無言のまま旅立つトリトン。「そしてまた少年は旅立つ」というナレーションと共に、物語は幕を閉じます。この結末は、視聴者にさまざまな感情や疑問を投げかけました。
この衝撃的な展開は富野氏が脚本を手掛けた唯一の回であり、当初の構想から大幅に改変されたものでした。
なお、原作マンガでは全く異なる結末を迎えています。トリトンはポセイドン族に同情し、彼らを地球外へ打ち上げるロケットに自らも乗り込み、宇宙の彼方へと消えていくという、自己犠牲的なエンディングでした。
アニメ版の最終回は、「正義とは何か」という重い問いを突きつけます。同時に、「戦争の悲惨さ」や「相互理解の重要性」も問いかけています。この普遍的なテーマこそ、50年以上経ったいまでも『海のトリトン』が語り継がれる理由なのかもしれません。