レッドブルのシートを失うことが決まって以来、セルジオ・ペレスが最初に発したコメントは、レーシングドライバーとしての休暇を示唆するものだった。
ペレスは2024年シーズンに大不調に陥り、復活の兆しが見えなかったことで、レッドブルは契約を早期に解除することを決定。後任としてリアム・ローソンが加入し、マックス・フェルスタッペンのチームメイトを務めることになった。ペレスのF1でのキャリアは、14年で終わることになった。
最近メキシコで行なわれたイベントに登場したペレスは、家族と過ごす時間を大切にすると発言。さらに、今後について決断を下すために、6ヵ月かけるとも述べた。
では彼は、今後どんな決断を下すのだろうか? motorsport.comの海外ライター陣が解説する。
■フォーミュラE転向という選択肢に”目を瞑る”のは間違い?:アレックス・カリナウカス
レッドブルを解雇されて以来、ペレスが初めて公の場に登場したタイミングは、実に興味深いものだったと言える。彼が登場したのはフェリア・デ・レオン・フェスティバル。そしてこのフェスティバルが開催されていた週末には、メキシコシティで別の大きなイベントが開催されていた。フォーミュラEのメキシコシティE-Prixである。
初期の頃のフォーミュラEには、数多くの元F1ドライバーが参戦していた。当時のフォーミュラEは、F1に取って代わって最高峰のモータースポーツになろうという機運すら流れていた。そのため、他のモータースポーツではまず考えられないような、非常に高額な報酬がドライバーたちに支払われていた。彼らはそこに惹かれたのだろう。
しかし今のフォーミュラEは、当時と比べるとニッチなモノになり、ドライバーに支払われるサラリーも、それほど高額ではない。
しかしペレスにとってはフォーミュラEは、大いに魅力的なモノかもしれない。それが、前述のメキシコシティE-Prixが開催されていることだ。
メキシコシティE-Prixは、F1メキシコシティGPと同じエルマノス・ロドリゲス・サーキットを舞台に開催されている。今年もフォロ・ソル(旧野球場のエリア)のグランドスタンドも、メインストレートのスタンドも満員であった。ただ、F1開催時とはコースレイアウトが変えられていて1周の距離が短く、収容観客数は少ない。
メキシコのファンは、F1だけでなくフォーミュラEにも実に熱心である。そこに、自国出身でF1で最も成功したドライバーであるペレスが出場すれば、その熱気はさらに高まるだろう。
ペレスがフォーミュラEチームと契約すれば、メキシコからのスポンサーフィーがどんどん入ってくるだろう。現在のフォーミュラEでのトップドライバーの年俸は、200万ポンド(約4億円)近くだと言われている。F1とは比べるまでもないが、プロのレーシングドライバーにとってはまずまずの額であると言える。
ただフォーミュラEと同じ週末、同じ地域で行なわれたイベントに出席したということは、ペレスがフォーミュラEに関心を持っていないということを示唆しているかもしれない。少なくとも、今のフォーミュラEのシートには空きはないということもある。
ただフォーミュラEは電動フォーミュラカーによって争われるシリーズ。電気をどう確保するかという問題はあるものの、車両そのものはクリーンである。ペレスがそれを無視するのは、これまでしてきた仕事を考えると間違いであろう。
■幸福の鍵は、サーキットから離れること?:スチュアート・コドリング
セルジオ・ペレスの父親であるアントニオは、政治家であり、高官職への野心を依然として持っている。しかしその一方で、公の場で奇妙な発言をすることもある。
最近彼は、ペレスがフォーミュラEに参戦する可能性を否定せず、「フォーミュラEはまもなくナンバーワンのモータースポーツになるだろう」とも語った。また「ペレス一家はF1を去ってはいない」とも発言した。彼らは今のF1に居場所がないのは明らかだ。パドックに戻ろうとしても、ゲートを通過することはできない。
ペレスが決めた6ヵ月の休暇が終わる頃、グッドウッド・フェルティバル・オブ・スピードが行なわれる。ペレスはここで、V16エンジンを積むBRMのF1マシンを走らせることができるかもしれない。きっとそのマシンのエンジン音は、父親よりもうるさい。
ペレスはレッドブルとの契約解除により、多額の違約金を手にしたはずだ。つまり働かずとも、生活に支障が及ぶことはない。休暇を取ると発言していることからも分かる通り、仕事に戻ることを急いではいないようだ。
その頃、2026年からF1に参戦することを決めたキャデラックが、スポンサーを十分に集められなかったり、リアム・ローソンがレッドブルで悲劇的なパフォーマンスしか発揮できなかったりしない限り、F1に戻る場所はまずないだろう。
「子供たち、家族、友人たちと楽しく過ごしているんだ」
そう語ったペレス。6ヵ月が経った頃、これらのことがF1の喧騒に巻き込まれることよりも魅力的であることに気付くかもしれない。再び働かなければならない状況になっていなければ。
その幸福を楽しむためには、あとは父親を黙らせる方法を見つけなければいけない。
■スポーツカーレースへの転向はいかが?:ケビン・ターナー
ペレスが2024年にモータースポーツを楽しめなかったのは明らかだ。それを考えれば、F1でのキャリアを無理に延ばそうとしたりするのではなく、他の場所でモータースポーツに対する魅力を取り戻そうとすべきだろう。
WEC(世界耐久選手権)とIMSA は、多くの強力なドライバーが参戦し、多くの自動車メーカーも関与……まさに素晴らしい時期を迎えている。WECにはキャデラックから2009年のF1王者であるジェンソン・バトンが参戦。一方のIMSAには2024年までハースのドライバーとしてF1を戦っていたケビン・マグヌッセンが、BMWから出走することが決まっている。
レースのレベルは実に高いが、かかるプレッシャーははるかに少ないはずだ。ペレスがF1でフェルスタッペンに後れをとったのは、特に予選でのパフォーマンスにあった。しかし耐久レースなら、予選結果が持つ意味はかなり小さくなる。
そして、ペレス最大の武器とも言えるタイヤマネジメントは、耐久レースの世界では大いに活きるだろう。
ペレスが耐久レースに挑戦するという意向を持っているなら、どのトップチームでも間違いなく欲しがるだろう。そうなれば、ル・マン24時間レースで優勝することも夢ではない。
ペレスはF1モナコGPを制しているため、ル・マンにも勝てば世界三大レースのうちふたつを制するということになる。ペレスはインディカーには興味を持っていないとされるため、インディ500を勝って三冠達成……という可能性は限りなく小さいだろうが。
またル・マンを勝てば、彼自身のメキシコでの地位も間違いなく上がる。メキシコ人で唯一ル・マンを制したのは、ペドロ・ロドリゲス。しかしもう50年以上も前のことだ。
2024年がペレスにとって最後のレースシーズンであったとしたら、それは実に悲しいことである。
■新加入キャデラックを勝てるチームに導く:オレグ・カルポフ
同意しない人もいるかもしれないが、セルジオ・ペレスは非常に優秀なドライバーだと思う。
そんなことはない! そう言う方もいるかもしれないが、まあ落ち着いて。
彼がレッドブルのシートを得た理由を思い出して欲しい。それは、レッドブルが選んだことである。それ以前にフェルスタッペンのチームメイトを務めたピエール・ガスリーも、そしてアレクサンダー・アルボンも、当時はまだトップチームで戦う準備ができていなかった。そんな状況でペレスを起用するのは、理論的なステップであるようにも見えた。そしてそれ以上に、公平な判断であった。
ペレスはそれまで、長年にわたって中団グループで戦い、時折表彰台を獲得してきた。信頼性と一貫性を保ってきたのだ。そういうドライバーは、レッドブルとしては歓迎すべき存在だった。そしてペレスにとっては、それまでの活躍の当然の報酬だったとも言える。
彼がそのチャンスを手にしたのは悪いことではない。彼以上にそのチャンスに値するドライバーは、そう多くはなかった。しかし今では、チャンピオンを争うドライバーではなかったという評価になってしまっている。
ただ、彼はSNSなどで言われているほど悪いドライバーなのだろうか? おそらくそうではないだろう。そしてどのドライバーにとっても、フェルスタッペンのチームメイトを務めるということは、並大抵ではない。おそらく、士気を挫かれてしまうことだろう。そしてフェルスタッペンのチームメイトを4年間にわたって務め、常にそのプレッシャーに晒されることで、おそらく燃え尽き症候群のような状況に陥ってしまったのではないだろうか。
F1パドックには、レッドブルがフェルスタッペン向きのマシンではなく、ペレスに合うようなマシンを開発していれば、ペレスはもっと競争力を発揮しただろうと考える人がたくさんいる。実際そういうマシンがあれば、2024年シーズン後半は、それほど絶望的ではなかっただろう。
もし6ヵ月後に彼がF1に戻ることを決めたとしたならば、おそらくそれを迎え入れるチームはあるだろう。もちろんトップクラスのチームは難しいだろうが、経験豊富なドライバーが必要ならば、ペレスにそのチャンスを与えるというのもひとつの選択肢だろう。
新規参入するキャデラックにとっては、ペレスは間違いなく候補者のひとりだ。SNS上では、それに反論する声も上がるだろう。しかし実際には大きな意味がある。
確かにペレスは、チャンピオンを狙えるドライバーではないかもしれない。しかしF1の中で最も信頼性が高く、一貫性のあるドライバーだと見なされるだけの十分な実績を残してきた。
チームメイトがフェルスタッペンでなければ、今でもそのパフォーマンスを十分に発揮するだろう。
■レースをキッパリ辞め、政治の道に進べき:ジェイク・ボクソール-レッジ
セルジオ・ペレスの2024年のパフォーマンスは、特にシーズン後半は酷いものであった。それを考えれば、ペレスがレッドブルに留まれると考える根拠は、わずかながらも存在しなかったはずだ。
しかしペレスには頼れるものがあった。それは契約である。F1には、契約にはその条項が書かれた紙以上の価値はないという格言がある。しかしそれでも、ペレスにとって契約があるという事実は、実に貴重なモノであった。
ペレスは2023年シーズン中盤にも、不調に陥った。それを”治療”するために、レッドブルのチーム代表であるクリスチャン・ホーナーは、ペレスの契約延長を申し出た。結局この治療は功を奏さず、レッドブルはペレスとの契約を解除するために、多額の支払いを強いられることになった。
ペレスを手放すことがそれほど簡単ではなかったもうひとつの側面は、彼の商業的価値にあった。メキシコのファンにとって、ペレスは崇拝されるに等しい存在である。メキシコでのF1開催が復活したのはペレスの影響によるものであり、母国で事業を展開する企業は、彼を会社の顔にしたいと求めている。レッドブルの年間予算に対するペレスの貢献は、年間2000万ドル(約31億円)を超えると言われている。
彼には人気があり、信念を貫いている。そして契約が議論されている状況で、必要な反応を引き起こし、自分の立場を強化するために、どのような発言をすべきかを知っていたのだ。
彼には当然、政界でのキャリアが待っている。
ペレスは政治家の血筋だ。ペレスの父親であるアントニオは、アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラド元メキシコ大統領の下で下院議員を務めていた。ペレスほどの人気があれば、メキシコの政界に進出するのは、決して大袈裟なことではない。
実際、F1でのキャリアを終えた後、政界に進出した人物もいる。カルロス・ロイテマンは、アルゼンチンの上院議員を務め、大統領選に出馬するよう求められたこともある。またパトリック・タンベイは、フランス・カンヌの北にあるル・カネの副市長を務めた。また日本では、山本左近が自民党所属の衆議院議員を務め、同党のモータースポーツ振興議員連盟の事務局長も担った。
ペレスは政界進出に興味を持っているだろうか? 実のところ、そのことについて彼に尋ねたことは一度もない。しかし政界進出のプレッシャーは、F1ドライバーを務めることよりは少ないかもしれない。枠も20しかないというわけではない。
F1で培われたような圧倒的なプレッシャーの中でも平静さを保てる能力を発揮できるなら、それは政党にとっても貴重な資産となるかもしれない。