熱膨張しない合金を開発することに成功 / Credit:Yanming Sun et al . National Science Review (2024)

世界を変える合金です。

ウィーン工科大学(TU Wien)らが行った研究によって、金属にとって当然とされてきた「熱膨張」をほとんど起こさない新合金が開発されました。

通常、気温の変化によってエッフェル塔の高さが数センチメートルも変わるように、金属は温度が上がると膨張するのが当たり前です。

しかし今回の合金は、極低温から約167℃もの広い温度帯でも形状をほとんど変えず、精密機器や宇宙開発など幅広い分野での革命的な利用が期待されています。

果たして、この合金はどのような仕組みで“広がる力”を抑え込むことに成功したのでしょうか?

研究内容の詳細は『National Science Review』にて公開されました。

目次

熱膨張は建築や精密機械の敵になる熱膨張しない新合金の登場熱膨張を打ち消す仕組み

熱膨張は建築や精密機械の敵になる


熱膨張しない合金を開発することに成功 / これは新合金の内部構造をさまざまな方法でわかりやすく示した図です。 パネル(a)と(b)は、合金の原子がどのように整然と並んでいるかを、シンプルなイラストで表しています。まるで細かいレンガが組み合わさって頑丈な壁を作っているようなイメージです。 パネル(c)では、高精度のX線を使って、室温でもこの規則正しい構造がしっかり保たれていることが確認されています。 そして、パネル(d)から(h)では、電子顕微鏡などの先端技術を用いて、合金の中で各元素がどのように分布しているか、また微妙な違いがどのように現れているかが詳しく解析されています。/Credit:Yanming Sun et al . National Science Review (2024)

私たちが普段目にするあらゆる物体――金属、ガラス、プラスチックなど――は、温度が上がれば少しずつ膨らみ(膨張)、温度が下がれば縮む性質をもっています。

これを「熱膨張(ねつぼうちょう)」と呼びます。

熱膨張はとても身近な現象であり、実はエッフェル塔などの巨大建造物でもはっきりと確認できます。

フランス・パリにあるエッフェル塔は、夏の暑い時期には冬より10〜15センチメートルほど高くなるという報告がありますが、これは塔の鉄骨が熱膨張してほんのわずかに“伸びる”ためです。

では、なぜ温度が上がると物質は膨張するのでしょうか。

物質を構成しているのは、目に見えないほど小さな原子や分子ですが、これらは温度が高くなるほど活発に振動し始めます。

振動が激しくなると、原子と原子が一定の距離を保つのが難しくなり、互いに少しずつ離れようとします。

結果として、物質の体積や長さが増える――つまり膨張するわけです。

ただし、この熱膨張が「ほんの少し」でも問題になる分野があります。

たとえば、工場で製造されるハイテク部品の組み立てでは、ミクロン(1mmの1/1000)単位の誤差が許されないことも珍しくありません。

わずかな熱膨張が生じると、部品同士のかみ合いが狂い、性能や品質に影響が出てしまう可能性があります。

また、温度上昇に弱い電子部品では、基板や金属端子が膨張して接合部分にストレスが加わり、故障や誤作動の原因になることがあります。

さらに航空宇宙産業の分野において、急激な温度変化(たとえば夜間の宇宙空間と日中の直射日光下での温度差)にさらされても、ミッションを続けなければならない人工衛星などでは、構造部材のわずかな伸縮が非常に重要な問題になります。

このように、日常生活ではそれほど意識しない熱膨張ですが、高精度の装置や極限環境で使う機器では、寸法の変化が大きな障害となり得ます。

したがって、「熱膨張がほとんど起きない材料」を発見または開発することが、昔から大きな研究テーマでした。

実際に「インバー合金」のように、鉄とニッケルを混ぜることで熱膨張が非常に小さくなる材料が知られていますが、その限界やメカニズムにはまだ未解明な部分も多く、新しい視点や技術が必要とされてきました。

こうした背景の中で、新しいタイプの合金が登場し、熱膨張を事実上ゼロに近いレベルに抑えることが可能になると、精密機械や宇宙開発、電子機器などさまざまな分野で革命的な応用が期待できます。

そこで今回、ウィーン工科大学(TU Wien)の理論研究チームと北京科技大学(USTB)の実験研究チームが協力し、熱に晒されても厄介な熱膨張を起こしにくい新合金の開発に成功しました。

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熱膨張しない新合金の登場


熱膨張しない合金を開発することに成功 / Credit:Canva

これまでインバー合金(主成分は鉄とニッケル)のように、「熱膨張をかなり抑えられる材料」は知られていましたが、その温度範囲や製造条件には限界がありました。

そこで注目を集めているのが、ウィーン工科大学(TU Wien)の理論研究チームと北京科技大学(USTB)の実験研究チームによる協力で開発されたパイロクロア磁石と呼ばれる新しいタイプの合金です。

特に、鉄(Fe)やニオブ(Nb)、ジルコニウム(Zr)、コバルト(Co)といった4つの元素を組み合わせ、従来のインバーよりも広い温度範囲でほとんど膨張しない特性を実現しています。

具体的には、3K程度の極低温(摂氏-270℃付近)から約440K(およそ167℃)に至るまで、ほぼ「ゼロ膨張」といえるほど小さな変化量しか示さないという報告があります。

この画期的な合金は、従来のようにきれいに揃った結晶構造ではなく、局所的な不均一(局所組成のゆらぎ)をあえて含むことがポイントです。

たとえば、素材内部では「わずかにコバルトが多い箇所」と「少ない箇所」が混在し、押し出されたFeがZr/Nbサイトに入り込むといった局所組成の乱れが生じます。

これらが温度変化に対して異なる磁気的挙動を示すため、通常の「熱で膨張しようとする力」が、一部で起こる「磁気の乱れによる収縮傾向」と絶妙に釣り合い、最終的に全体としてほぼ形状が変わらない状態を実現できるのです。

実験によって証明されたこの成果は、航空・宇宙分野や精密機器産業など、極めて高い寸法安定性が求められる分野にとって大きな転機となる可能性があります。

しかし、いったいどんな原理で熱膨張を打ち消す収縮が起きたのでしょうか?