13.5秒で80個の数字を記憶した記憶力チャンピオンの記憶術とは? / Credit:Canva

13.5秒――あなたはこの短い時間で何ができると思いますか?

世界には、わずか13.5秒で80個の数字を正確に覚えてしまう“記憶力チャンピオン”が実在します。

彼の名は、20歳のインド人大学生・ヴィシュヴァ・ラジャクマールさん。

2025年に行われた「メモリーリーグ世界選手権」で見事優勝し、世界中の記憶力ファンを驚かせました。

1秒あたりに覚える数字はおよそ6桁――いったいどうやったらそんなことが可能になるのでしょうか?

実は彼ら“メンタルアスリート”が用いるテクニックの多くは、古代ギリシャからローマ時代にかけて受け継がれた「場所法」や「記憶の宮殿」と呼ばれる方法だといいます。

複雑に思えるかもしれませんが、仕組みは意外とシンプル。

自分の家やなじみのある場所を頭の中で思い描き、情報をそこへ“置いていく”ように記憶していくのです。

さらに、ラジャクマールさんは「水分補給」や「心の中で音読すること」がカギだと話します。

声を出さないで素早く読むためには、口や喉を潤しておくことが重要なのだそうです。

こうした記憶術や脳の仕組みは、私たちの日常生活にも役立つヒントを多く含んでいます。

たとえば、買い物リストやプレゼン内容を一気に覚えたいときなど、ちょっとしたコツが大きな手助けになるかもしれません。

本コラムでは、ラジャクマールさんが披露した記録とともに、古くから伝わる記憶術を分かりやすく探っていきます。

目次

記憶の宮殿(場所法)の秘密脳科学の視点:なぜ“記憶の宮殿”が記憶を助けるのか?チャンピオン直伝:今すぐ試せる記憶力アップのヒント

記憶の宮殿(場所法)の秘密


13.5秒で80個の数字を記憶した記憶力チャンピオンの記憶術とは? / Credit:Canva

ラジャクマールさんをはじめ、世界の“記憶力チャンピオン”と呼ばれる人たちの多くが使っているのが、古代ギリシャからローマ時代にかけて受け継がれた「場所法」――通称「記憶の宮殿」という手法です。

これは、単純に丸暗記をするのではなく、家や通勤路など、自分がよく知っている空間に覚えたい情報を“置く”ようにして記憶するというもの。

イメージで言うと、「頭の中にある家に、一つひとつの情報が入った箱を並べていく」イメージに近いかもしれません。

たとえば、ラジャクマールさんは自分の寝室やキッチン、ベランダなど、日常的にイメージしやすい場所をいくつか設定し、その一つひとつに情報を割り当てるそうです。

もし10個の単語を覚えるなら、2つずつペアを作り、簡単な物語を想像してその場所に配置します。

「玄関に大きなバスケットがあって、そこにリンゴと傘が一緒に入っている」というように、頭の中で“ドラマ”を作るのがポイントです。

2つの単語が組み合わさった印象的な場面を思い浮かべれば、記憶が定着しやすくなるだけでなく、その物語の順番を追うことで、覚えた情報の順序も保ちやすくなります。

場所法が優れている大きな理由は、“空間の記憶”が私たちの脳と深く結びついているからです。

実際、著名な神経科学者であるエレノア・マグワイア氏の研究では、メンタルアスリートの多くが場所法を活用し、その際に脳の海馬(タツノオトシゴにたとえられる形状の部分)が顕著に活動していることがわかっています。

海馬は空間認識と記憶形成の要所とされる領域で、そこを有効に刺激できるのが、この「記憶の宮殿」というわけです。

さらに、この手法の魅力は応用範囲の広さにあります。

膨大な数字や単語を一気に覚えるような競技だけでなく、たとえば英単語を効率的に暗記したい学生さんや、プレゼンのポイントを忘れないようにしたいビジネスパーソンにとっても、大いに使えるテクニックです。

部屋のレイアウトや好きな街の地図、あるいはゲームのステージなど、頭に描きやすい場所ならなんでもOK。

大事なのは、その場所を自分で“しっかりイメージできる”ことと、そこに置く情報を“面白い”もしくは“意外”な形でビジュアル化することです。

たとえば、数字の「3」を“耳の形”として捉えたり、「水」を“波打つ青いカーテン”に置き換えたりするなど、連想を膨らませるのがコツになります。

こうしてできあがった自分専用の「記憶の宮殿」は、使い込むほどに精度が増していきます。

最初は部屋が数か所しかないかもしれませんが、練習を重ねるうちに、何十もの“ステーション”(情報を置くスポット)を自在に扱えるようになるでしょう。

ラジャクマールさんが膨大な数字を驚異的な速さで覚えられるのも、彼がこの宮殿を自在に行き来し、各場所に置いた情報をパズルのように素早くたどっているからです。

“自分の得意な空間”を想像し、そこに覚えたい内容を面白いイメージとして配置する――これが記憶の宮殿の基本です。

そして、その場所を順々に歩くように思い出せば、頭の中で情報をスムーズに呼び起こせます。

単なる魔法のように思われがちですが、その裏には脳の仕組みと長い歴史に裏づけられた確かな理論があるのです。

まるで夢のような技術ですが、私たちも少しずつ練習すれば、日常生活で“忘れ物知らず”になれるかもしれません。

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脳科学の視点:なぜ“記憶の宮殿”が記憶を助けるのか?


13.5秒で80個の数字を記憶した記憶力チャンピオンの記憶術とは? / Credit:Canva

記憶の宮殿は、古くから続く記憶術でありながら、現代の脳科学においてもしっかりとした裏づけがあるとされています。

中でも注目されるのが「海馬」と呼ばれる脳の領域です。

海馬は空間認識や短期記憶、長期記憶への変換などに大きくかかわる重要な部位で、先ほど触れたとおりタツノオトシゴにたとえられる形状を持っています。

私たちが部屋の中を歩き回ったり、街を探索したりするとき、脳の中には「場所細胞(Place cells)」と呼ばれる特別な神経細胞が活発に働きます。

これらの細胞は「自分が今どこにいるのか」「どの方向を向いているのか」といった情報を脳内にマッピングしてくれるのです。

その結果、私たちはスムーズに道を覚えたり、空間の配置を把握したりできます。

この「空間を把握する力」と「情報を覚える力」は深い関係にあります。

先に述べたようにこれまでの研究でも、メンタルアスリート(記憶力大会の常連選手)が場所法を使っている際に海馬が普段以上に活性化している様子が観察されました。

簡単に言うと、脳がもともと持っている“場所を覚える力”を利用し、そこに覚えたい情報を結びつけることで、通常の暗記よりも強力な記憶痕跡が残せるというわけです。

さらに興味深いのは、記憶の宮殿を活用する人々が、ただ思い浮かべるだけで実際に空間を歩くのと同じような脳の活動を示すこと。

私たちの脳は「イメージの世界」と「現実の空間」を意外にも近いメカニズムで処理していることがわかっています。

場所法によって家や道などのイメージをくっきり描くと、脳は“あたかもそこに実際にいるかのように”空間情報を扱おうとするのです。

こうした仕組みを踏まえると、“自分の頭の中にある空間”に情報を配置することが、いかにパワフルな記憶手段であるかが想像しやすいでしょう。

脳科学の最先端研究でも、海馬が記憶の形成と空間認知をつなぐ“架け橋”になっていることが示唆されています。

記憶の宮殿はまさに、この架け橋を最大限に活用した「人類の知恵の結晶」といえるのです。