平面で極薄、望遠鏡に革命を起こすレンズ / Credit:The future of telescope lenses is flar

令和生まれの高齢者はレンズが凹凸だと思っている……そんなふうに言われる時代が来るかもしれません。

将来、「厚みのあるレンズはもう昔の話」と言われる時代が来るかもしれません。

これまで望遠鏡のレンズといえば、分厚いガラスやプラスチックを曲面に磨き上げて光を屈折させるのが常識でした。

しかし、最新の研究によって、ほぼ「平面」に見えるほど極薄のレンズが、これまでと同等以上の性能を実現できる可能性が示唆されています。

特に、宇宙を望遠観測するために必要な大口径のレンズほど分厚く重くなりがちでしたが、もしこの革新的な平面レンズ技術が普及すれば、望遠鏡の設計は大きく変わるかもしれません。

実際に開発を進めるのは、アメリカのユタ大学のラジェッシュ・メノン教授らのチーム。

彼らは、わずか数ミクロンの厚さしかない回折型の「フラットレンズ」を開発し、月や太陽を鮮明に撮影することに成功しました。

さらに、この平面レンズは幅広い波長域でも色収差を最小限に抑えられるため、フレネルゾーンプレートなど従来の薄型レンズが抱えていた「色のにじみ」の問題を克服しているといいます。

軽量かつ高性能な平面レンズが本格的に導入されれば、地上望遠鏡のみならず、航空機や人工衛星、宇宙望遠鏡など重量制限が厳しい分野でも大きな恩恵をもたらすでしょう。

果たして未来のレンズはどこまで変わっていくのでしょうか?

研究内容の詳細は『Applied Physics Letters』にて発表されました。

目次

“分厚いレンズ”の常識を打ち破る!“紙のようなレンズ”の実力がとんでもないなぜ平面レンズで遠くがみれるのか?

“分厚いレンズ”の常識を打ち破る!


“分厚いレンズ”の常識を打ち破る! / 従来のレンズは凹凸が存在します/Credit:Canva

望遠鏡の歴史を振り返ると、分厚いガラスまたはプラスチックの「曲面」レンズが光を屈折させる仕組みは、長らく光学系の中心的手法でした。

しかし、遠くの銀河や惑星を鮮明に観測するためには、大口径のレンズを複数枚重ねて色収差を補正し、高い解像度を確保する必要があります。

その結果、望遠鏡はどうしても大きく重くなりがちで、観測所への設置や航空宇宙機器への搭載コストも増大してしまいます。

対策として、宇宙望遠鏡などでは曲面の鏡を使用する例が多いものの、やはり大規模設備が必要な点に変わりはありません。

一方で、レンズの薄型化を目指す試みは古くから行われてきました。

その代表例が、フレネルゾーンプレート(FZP)と呼ばれる同心円状のリッジ(段差)を利用して光を回折させる方式です。

これにより、曲面レンズのような大きな厚みを必要としない薄型化が可能になりました。

しかしFZPは、波長の異なる光を同じように曲げることが難しく、いわゆる「色ずれ」が起きやすいという課題がありました。

天体観測などで鮮明なカラー画像を得たい場合、この色収差は大きなハンディとなります。

こうした背景の中で、近年注目を集めているのがマルチレベル回折型レンズ(MDL)を用いた「フラットレンズ」の技術です。

フレネルゾーンプレートの回折原理を引き継ぎながら、複数段階にわたる高度な微細構造をパターン化することで、広い波長域にわたって色ずれを最小限に抑えることが可能になります。

さらに、最新のコンピューターシミュレーション技術とナノファブリケーション(微細加工)技術が組み合わさったことで、これまでよりも大口径でありながら極めて薄い平面レンズの作製が現実的なものとなってきました。

今回、ユタ大学のラジェッシュ・メノン教授のチームは、まさにこのマルチレベル回折型レンズを大面積に適用し、可視光域で鮮明なカラー画像を取得することに成功したのです。

もしこれが実用化されれば、宇宙空間や高高度プラットフォームなど重量制限のある分野で、光学機器の設計を大幅に簡素化しつつ高い性能を維持できるようになります。

こうした研究背景を踏まえ、本記事では革新的な平面レンズ誕生の意義を詳しく解説していきます。

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“紙のようなレンズ”の実力がとんでもない


“紙のようなレンズ”の実力がとんでもない / 既存のフレネルゾーンプレート/Credit:Canva

実験の中心となったのは、直径約100 mm、厚さわずか2.4 µmのマルチレベル回折型レンズ(MDL)です。

焦点距離は200 mmに設定され、可視光域(400~800 nm)の広い波長範囲で効率良く光を集められるよう設計されました。

従来の曲面レンズでは、大口径でありながら色収差を抑えるには複数枚のレンズを組み合わせる必要がありますが、研究チームは逆設計(インバースデザイン)と呼ばれるシミュレーション手法を用いて、単一の平面構造でこれを可能にしています。

製造には、グレースケール・リソグラフィという微細加工技術が用いられました。

これは微小な段差を高精度で刻むことで、従来のフレネルゾーンプレート(FZP)とは一線を画す多層構造を形成し、色収差を極力減らす効果があります。

完成したMDLの実力を確認するため、まずは点像再現性の評価(ハイパースペクトル・ポイントスプレッドファンクション解析)を行ったところ、広い波長帯にわたってほぼ同一のスポットサイズで光を結像できることが確認されました。

さらに実際の撮影実験では、最大181 lp/mmという非常に高い空間周波数まで解像できることが示されています。

次に、実際の天体撮影として月と太陽のイメージング実験が行われました。

月の撮影ではクレーターや地質的な特徴を識別できるほどの解像度が得られ、カラー画像を後処理で強調することで、月面の色味から読み取れる地質成分の差異がよりはっきりと示されています。

太陽の撮影では、黒点などの模様を捉えることに成功し、色再現性も高いレベルで保たれていることがわかりました。

さらに、都市景観など地上の遠景を撮影した結果も報告されており、望遠用途として十分な画質と彩度を得られることが示唆されています。

また、研究チームはこのMDLを既存の屈折レンズと組み合わせ、ハイブリッド望遠鏡を試作しています。

これにより、複雑な多枚数レンズを必要としない大口径システムの構築が可能となり、大幅な軽量化を実現したといいます。

この軽量化は特に、航空機や衛星、宇宙望遠鏡など、重量制限が厳しい分野で大きなメリットをもたらします。

実験結果を総合すると、大面積かつ超薄型のMDLが「実用的なカラー撮影」をこなせる段階にまで到達したことが明確になり、長距離・天体観測の分野に新たな設計指針を提示したといえるでしょう。