
日本中が熱い視線を送った国民的ドラマ『ROOKIES』(’08年)。市原隼人や城田優、佐藤健、桐谷健太、中尾明慶などが出演し、2009年に公開された映画では、興行収入85.5億円で第1位(当時)の記録を達成した。
また、GReeeeNが歌う主題歌の『キセキ』は日本で最も売れたダウンロード・シングル1位で、ギネス記録に認定されている。ニコガク野球部だった俳優は軒並み注目を集め、一世を風靡。そのメンバーの一人、桧山清起役として出演していた俳優・川村陽介の現在地とはーー。(以下、「」内は川村氏のコメント)。(前後編の後編)
『ROOKIES』で1番大変だったのは野球!
デビュー25周年を迎える川村が、これまで最も印象に残っている作品は『ROOKIES』だという。
そこで取材当日、インタビュー現場に現れた彼に、さっそく『ROOKIES』について話聞くと「いろいろ覚えてるかなあー(笑)」と笑顔で答えた。
撮影で最も苦労したのは、野球の練習だったという。
「撮影が始まる1〜2か月くらい前から集められて、野球の練習をしてました。野球のシーンが下手に見えると、視聴者は萎えるじゃないですか。
なので、神宮外苑の練習場で猛特訓でした。硬式球だったので最初は大変でしたね。キャッチボールはやったことあっても、あんなに痛いと思わなかったから。
野球に関してはみんな苦労したんじゃないかな。あれはマジで部活でしたね」
グローブやボールを普段から持ち歩き、練習に励んでいたメンバー。なかでも救いだったのは、担任役の佐藤隆太が野球部出身だったこと。彼が所作の指導に力を注いだとか。
「佐藤隆太くんが本当の顧問みたいに教えてくれてましたね。『ここのフォームはこうしたほうがいいよ』と、みんなに細かい動きをひとつひとつ指導してくれてて、いい担任でした」
他にも、同じニコガク野球部だった小出恵介とはこんなエピソードが…。
「実は『ごくせん』(シーズン2)の時に、恵介とは共演していたんですよ。恵介はメインの生徒役だったんですが、僕は一クラスメイト役で全然売れてなかった。
いつか絶対、肩を並べてやりたいとは思ってたので、『ROOKIES』でチームメイトになった時、嬉しかったです」
そんな小出とはこんなやりとりがあったそうだ。
「恵介に『俺、ごくせんのとき同じクラスメイトだったの覚えてる?』って聞いたんですよ。そしたら、『もちろん覚えてるよ』って言ってくれたけど、恵介は絶対覚えてないと思う(笑)」
ドラマ・映画・キャンペーン期間も含め、1年以上メンバーと過ごした。長い撮影期間を共にしたからこそ、思い出深い作品だったと頬をゆるめる。
「メンバーとは、毎日一緒にいたので本当の学校の仲間みたいな感じでした。今でも交流はあるし、やっぱりあの作品は特別だったよねって話しますよ」
社会現象にもなった『ROOKIES』の出演をきっかけに、これまでの生活も一変したという。
「キャップかぶってマスクしてサングラスして、変装しててもファンの人からバレるんですよ。仕事で地方に行っても、駅や空港に着いたら、ファンの人たちが出待ちしてて。
認知のされ方が別次元でしたね。僕のことを全国区に押しあげてくれたのは、やっぱり『ROOKIES』だったんじゃないかなって思います」
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「俳優としてはまだまだこれから」
ルーキーズに出演してから17年の月日が経ち、芸能生活も25年と中堅の域に達した。
「そもそもこんなに長く続くと思っていなくて、気づいたら25年経ってました。
『ROOKIES』では人気俳優と呼ばれたりもしたんですけど、俳優としてはまだまだこれから。新しい役柄にもたくさん挑戦してみたいと思ってます」
現在、川村は舞台を中心に俳優活動を続けており、最近では自身よりも若い世代の演技に驚くこともあるそうだ。
「今の子たちは演技が上手いなぁと思います。勘がいいというか。いろんなものを見たり触れたりしてるからかな。対応力も早い印象があって、当時の俺だったらやれてたかな?ってちょっと考えちゃうぐらい。
若い子たちの成長を見守るのが面白いし、楽しいです。言ってしまえばお父さん目線ですよ(笑)」
仕事だけでなくプライベートも充実しているそうで、休日はフットサルに勤しんでいるという。
「地元の仲いい奴らでフットサルチームを作って、近くの大会に出たりしてます。生き抜きみたいな感じで。よく『野球じゃないんですか?』って聞かれるけど、僕は元々サッカー少年だったんですよね。
小学2年生からずっとやってて、いまだにボールは蹴ってたいって思います。月に 2〜3 回くらいは仲間と集まってますよ」
優しげな表情から、現在の俳優活動とプライベートに楽しみや生きがいを見つけていることが伺える。今後の展望を聞くと、2つの挑戦したいことを教えてくれた
「海外の作品に出てみたいってのは、ずっと思ってることの1つですね。海外に行って現地の人たちと一緒に撮影してみたいです。そのためには、言語を勉強しなきゃいけないですけど。希望はアジア圏のどこかでやりたい。
あとは、映像なのか舞台なのかはわからないけど、いつか作品を作る側にもなれたらなって。なんとなくですけどね!」
過去・現在・未来の話をする彼はイキイキとしていて、終始笑顔だった。その姿に『ROOKIES」時代の桧山の雰囲気を感じ、新鮮なようでどこか懐かしい気持ちになる。今後どんな活躍を見せてくれるのか。
「夢にときめけ!明日にきらめけ!」彼の眼差しがそう語っているような気がした。
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取材・文/桃沢もちこ