【ネタバレあり】大奥を包む怨念の連鎖…『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』を考察!御水様、司祭など気になるワードも振り返り

江戸時代をモチーフにした世界を舞台に、主人公の“薬売り”が様々な怪異に対峙する姿を描く和製ホラーアニメ「モノノ怪」。2006年にフジテレビの深夜アニメ放送枠である「ノイタミナ」で放送されたオムニバスアニメ「怪~ayakashi~」の一編「化猫」から派生し、2007年にテレビアニメシリーズ「モノノ怪」として放送され話題を集めた。

2022年には、放送15周年を記念して劇場版制作のクラウドファンディング企画が実施。目標金額である1000万円を大幅に上回る約6000万円を集め、人気の根強さを証明すると共に、久しぶりの新作がシリーズ初の劇場版として実現することとなった。


【写真を見る】モノノ怪「火鼠」の気配に気づき、薬売りは大奥に飛び込む / [c]ツインエンジン
大奥を舞台にした完全新作エピソードとなる劇場版は、2024年に公開された『唐傘』を皮切りに、全三部作で展開。3月14日からは『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』が公開中だ。前作『唐傘』では、「大奥に憧れた少女たちの嫉妬と羨望」が描かれ、続く『火鼠』では「“望まれぬ子”を巡る策謀と悲劇」が映しだされた。

主人公“薬売り”(声:神谷浩史)をはじめ、まだまだ謎に包まれている「劇場版モノノ怪」の世界。複雑に入り組んだサスペンスドラマが展開し、観るたびに新たな発見があり、様々な考察を生みだしてきた本シリーズの魅力は劇場版でも健在。本記事ではここまでの出来事を振り返り、どんな物語の結末を迎えるのか、ネタバレありで期待を含めた考察、解説をお届けする。

※本記事は、映画のネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)に該当する要素を含みます。未見の方はご注意ください。

■憧れの場所であり、負の感情が渦巻く場所「大奥」


大奥には数多くの女中らが存在。様々な思惑が渦巻いている / [c]ツインエンジン
「劇場版モノノ怪」の舞台は、男子禁制の女の園、大奥。嫉妬や羨望、お家柄をめぐる衝突、それによる御中臈(おちゅうろう)や御年寄といった大奥内の政権争い…など、情念渦巻く女たちの空間だ。きらびやかな世界や天子(声:入野自由)の正室の座といった憧れの詰まった場所である一方で、厳格さや陥れ合い、老中らによる根回しなど、負の感情=モノノ怪が生まれやすい環境でもある。

アニメシリーズではすべてのエピソードで女性にまつわる物語が描かれてきたが、劇場版でも、大奥で翻弄される女たちの心に渦巻く葛藤や苦悩にさらに深く踏み込んだ物語が展開。かき消されてきた女の声や願い、事件は起きるも見逃され続けてしまってきたことが生みだす“モノノ怪”。第二章となる『火鼠』では、業火のごとく燃え上がる“情念”から産み落とされたモノノ怪“火鼠”と薬売りが新たな戦いを繰り広げ、退魔と救済の儀に挑む。


モノノ怪を斬ることができる“退魔の剣” / [c]ツインエンジン
薬売りが持つ「退魔の剣」は、“形”、“真”、“理”の三様を得る――すなわち、モノノ怪の姿、事件の全貌、事件の根源が明かされることで封印が解かれる。これにより薬売りは戦闘用である「神儀」という体に切り替え、モノノ怪を斬り、清め、鎮めることができる。逆に言うと、“形”、“真”、“理”がそろわない限りはモノノ怪を祓うことはできない。事の発端を正しく明かしていくサスペンスもまた、本作の見どころと言えるだろう。

■『火鼠』の登場人物を復習

●薬売り


モノノ怪のいるところにふらりと現れる謎の男、薬売り / [c]ツインエンジン
本作の主人公。モノノ怪の気配を嗅ぎつけどこからともなく現れる謎の男。前作で信頼を得た歌山がいなくなったことで、本来足を踏み入れるには通行手形が必要な大奥へ入ることに苦慮している…ように見えて「唐傘」を退治した存在として、なんだかんだとスルッと入り込んでいる様子。

●時田フキ(声:日笠陽子)


叩き上げの御中臈、フキ。町人出身ながら天子に見初められ御中臈となった / [c]ツインエンジン
町人出身ながら天子から見初められ、寵愛を受ける叩き上げの御中臈。彼女のおかげで弟はお目付け役に抜擢、呉服屋を営んでいた父も武士に昇格した。天子からの寵愛を武器に自由に振る舞い、ボタンと衝突。天子との間に子を身籠ったことが、『火鼠』の始まりとなる。

●大友ボタン(声:戸松遥)


権威ある老中の娘、ボタン。本作より御年寄を引き継いだ / [c]ツインエンジン
力を持った老中、大友の娘。前作では御中臈(天子の側室候補となる女性)だったが、歌山亡きあと、大奥の最高位である御年寄を引き継ぐ。名家の出身で気位が高く、規律と均衡を重んじて厳格な采配を振るう。天子の寵愛を受けているフキと意見がぶつかることも。

●サヨ(声:ゆかな)


フキと共に大奥に入った女中サヨ。フキへ嫉妬心がある / [c]ツインエンジン
フキの同期。天子に見初められたフキに強い嫉妬心を持つ。その嫉妬心がきっかけで「火鼠」に身体を焼かれてしまう。

●ツユ(声:松井恵理子)


フキの面倒を見る女中ツユ / [c]ツインエンジン
フキの身の回りの世話を行う女中。フキの前にも町人出身の御中臈であるスズという女性に仕えていたことがある。思慮深い性格で、フキのことも細かく気にかけている。

●勝沼マツ(声:青木瑠璃子)


大友派の老中、勝沼の娘マツ(右)。天子の正室、幸子の後見人に抜擢される / [c]ツインエンジン
大友派の老中、勝沼の娘。名家出身でプライドも高い。同じ御中臈ながら、自分より下の身分のフキが天子に気に入られていることに不満を覚えている。

●時田三郎丸(声:梶裕貴)


フキの弟、三郎丸。モノノ怪退治を行う薬売りに少しずつ理解を示す / [c]ツインエンジン
フキの弟。『唐傘』の騒動をきっかけに、大奥で暮らすフキの身を案じている。

●時田良路(声:チョー)


フキ、三郎丸の父である良路。フキが御中臈になったことで町人から武士となった / [c]ツインエンジン
フキと三郎丸の父親で元呉服屋。もともと町人でありながら、現在は大友と将棋をさす仲。大友から、フキに子を堕ろすよう指示される。

●勝沼(声:楠見尚己)


大友派の老中、勝沼。マツの父で、大友の希望に沿って動いている / [c]ツインエンジン
マツの父で老中の一人。力のある家柄の一人であるほか、大友に忖度し、フキが身籠った子を消すために暗躍する。

●老中大友(声:堀内賢雄)


幕府の利権を取り仕切る老中の一人である大友 / [c]ツインエンジン
ボタンの父。幕府の利権を握る老中の一人。大奥に混乱を招く存在を“火種”と呼び嫌う。

●天子(声:入野自由)


幕府の象徴であり最高位、天子 / [c]ツインエンジン
幕府の象徴であり世を統べる最高位。彼の世継ぎを生むべく、御中臈たちは日々奔走している。

●スズ(声:杉山里穂)


かつて大奥に勤めていた御中臈のスズ / [c]ツインエンジン
フキと同じく、町人出身ながら天子の世継ぎを身ごもった御中臈。ある事件ののち、大広間で火事に巻き込まれ亡くなった。

■大奥を焼き尽くす第二章の妖、“火鼠”


群れをなすモノノ怪である火鼠を前に、手を焼く薬売り / [c]ツインエンジン
本作のモノノ怪として群れをなして襲いかかった「火鼠」。本来、ネズミは多くの子どもを産むことから子孫繁栄の象徴であり、福をもたらすめでたい生き物とされている。劇中でも、女中たちが持っていたネズミのお守りがモノノ怪の応急処置として一役買う場面があった。火鼠自体は中国の伝承に登場する空想上の生き物で、創作物でも火鼠をモデルにしたキャラクターは少なくない。しかし本作での火鼠は、自ら炎を発しているのではなく、自らを燃やし続けている。この、なぜ火鼠が自分自身を燃やし続けているか?というのが、本作の”理”にあたる。

火鼠が襲うのは、フキの命をねらう者、そして、フキに強烈な負の感情を持つ者すべてだ。フキを毒殺しようとした使用人やフキに嫉妬したサヨ、フキを陥れようとした勝沼&マツ、そして老中大友。劇中、フキに取り憑くシーンはあったものの、ほかの者のように殺されることはなく、火鼠がフキに想いを代弁させようとしたのか、それとも次の火鼠にしようとしたのかは定かではない。しかし、火鼠の中心となった人物を捉えた描写から鑑みるに、きっと前者だったのだろう。

■支配されてきた“お世継ぎ”と、命を落とした御中臈スズ


”望まれぬ子”を授かったフキに、男たちの策略、そしてモノノ怪の手が迫る / [c]ツインエンジン
火鼠の“理”の中心にいたのは、フキと同様に町人出身ながら天子の子を宿した御中臈、スズだった。老中大友が大奥で起こる世継ぎ問題を掌握し、都合の悪い御中臈が子を宿した場合に、自分から命令するのではなく「御中臈自身に“子を堕ろす”という選択をさせる」という手段で、老中の家の娘ではない御中臈が世継ぎを生むことを阻んでいた。それが今回、大奥にモノノ怪を生んだ発端、つまり”真”だ。そしてスズの、子を堕ろすという自身の選択への後悔、己への怒りが、自らを燃やし罰し続ける火鼠の正体であり、”理”であった。

フキやスズがそれぞれの父から子を堕ろすよう指示されたように、「町人出身でも、天子に見初められれば」というシンデレラストーリーは存在せず、利権によって世継ぎの誕生は支配されてきた。毒を盛ろうとした人物によると、スズに限らず、同じような状態に陥った時には毒を使って堕胎させられてきたという(毒の入った瓶の形もなかなかに不気味…)。フキの懐妊に際して大奥に現れた火鼠の子の数がすさまじいものであったことから、スズだけでなく、これまでの情念が吹き溜まって増大したと予想できるだろう。

■フキとボタンの関係


町人出身ながら、天子に見初められ寵愛を一心に受けるフキ / [c]ツインエンジン
御中臈は夜伽の最中に天子に個人的なお願いごとをしてはいけないという決まりがあるなかで、フキが天子に手紙を渡したという疑惑をかけられる場面や、火鼠によって別空間に落とされたシーンで、これまでフキと衝突してきたボタンはフキの肩を持つ。大奥にすべてを捧げた歌山を継ぐ御年寄として、風紀を乱すフキとぶつかる場面が多々あったものの、本来は大奥、そして生まれてくる子どもがなにより大切なボタン。世継ぎをめぐる父の思惑に腹を立て、父や自身が死のうとも大奥を支えられる人間はほかにもいる、と啖呵を切る姿には御年寄にふさわしい貫禄が滲んでいた。

そんなボタンの姿を見たからこそ、フキは火鼠に取り込まれることもなく、スズの想いも背負って世継ぎを産む選択ができたのかもしれない。第二章では、そんな老中大友とボタン、勝沼とマツ、良路とフキといった、大奥に関わる父と娘の関係性が描かれ、物語に大きな影響を与えるのも注目ポイントの一つだろう。

■最後のモノノ怪、“蛇神”と御水様


本作でも印象的に登場した”御水様”。第三章で正体は明らかになるのか? / [c]ツインエンジン
唐傘、火鼠と来て、『火鼠』本編の最後には「蛇神」の文字。タイトルが出る前には、大きなヘビの胴体が壁を這い回るような映像が映され、同時に退魔の剣が口を閉じる金属音――つまり形、真、理のいずれかが得られた時の効果音が挿入された。このことから、早くも”形”を成していると考えられてもよさそうだ。

さて、これまでの2作で印象的に登場した「御水様」。そこには、大奥に勤める女性たちが捨てさせられた“大切なもの”のほか、自ら投身した女性たちの遺体で満ちていることが『唐傘』で明かされている。まだまだ正体がわからない御水様に近い人物として注目しておきたいのが、御水様の信仰の司祭を務める人物、溝呂木(声:津田健次郎)。『火鼠』では、本筋には大きく関わらなかった溝呂木が怪しげな動きをする様子が差し込まれたり、終盤、御水様に向けてなにか言いたげな表情を浮かべる溝呂木の姿が映しだされたりと、気になる伏線はいくつかあった。そのほか、蛇は水の使いや水神の使いと言われていることから、御水様が第三章『蛇神』で重要になってくるのは間違いないだろう。最後のモノノ怪となるであろう「蛇神」はどのように生まれたのか。”蛇”と”水”の関係性、その正体を見届けたいところ。

■謎が謎を呼び、そこに心奪われる「モノノ怪」

振り返りながらも、あの描写、あのシーンはいったいなにを意味していたのかと気になるところが次々と湧き上がってくる「劇場版モノノ怪」。『唐傘』公開時に、薬売りは64人いるというとんでもない新事実が中村健治監督によって明らかにされたように、長きにわたり謎のままにされていた事柄が多いのもシリーズの魅力。

謎といえば、エンディングで映される、祠を取り囲む3本の柱に描かれている神様、その色、祠から伸びる綱の切れ方など、ぐるぐる回るだけのシーンながら考察したくなるポイントが盛りだくさんで、早くから注目が集まっていた。『唐傘』『火鼠』を繰り返し味わい尽くし、中毒性にハマりながら最終章『蛇神』への準備をしてみてはいかがだろうか。

文/タナカシノブ