『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』にみる、ボブ・ディランが纏った3つのアメリカ・ファッション

シンガーソングライターのボブ・ディランの名を知らない人はそう多くないだろう。グラミー賞やアカデミー賞をはじめ、アメリカ大統領自由勲章の受章、ロック・ミュージシャンとして初となるピューリッツァー賞、歌手として初めてのノーベル文学賞も受賞している稀有なアーティストだ。いずれも、ミュージシャンとして主にアメリカ文化や世界に多大な影響を与えたこと、詩のすばらしさが卓越していることが評価されたものだ。1960年以上のキャリアの中で、世に出たディランの作品は数知れず、年代を問わずに歌のどれかは誰もが聞いたことがあるというだけで、すでに“伝説”級だろう。人々は、ディランを知っている。しかし、ディランが本当にどのような人物なのか、を知る人は少ないのではないだろうか。


【写真を見る】ティモシー・シャラメが、当時のボブ・ディランを完全再現。ファッションで読み解く『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』 / [c]2024 Searchlight Pictures.
現在公開中の映画『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』は、そんな生ける伝説ディランが、ギターと才能しか持ち合わせていなかった時代、やがてメジャーデビューを果たしてスターダムにのしあがっていく様、斬新な演奏が大きな物議を呼んだ「ニューポート・フォーク・フェスティバル」でのパフォーマンスなどを含んだ、1961~65年のディランを描いている。この時期を表するに、彼としてもアメリカとしても「激動」の一言がふさわしい。公民権運動、冷戦やキューバ危機、ケネディ大統領暗殺事件。1941年生まれの、20歳になったばかりの青年は、時代の渦に巻き込まれながら、揺れ動く。自分は何者なのか。ミュージシャンである若者は、ジャンルや世間からの人物像への決めつけに反発して大いに迷う様子が、音楽や恋愛の側面もさることながら、ことファッションからみてとれる。

■無名のディラン、ウディ・ガスリーに会いにニューヨークへいく


ヒッチハイクで憧れのウディ・ガスリーに会いに行く、映画冒頭のボブ・ディラン / [c]SPLASH/AFLO

本作の衣装デザインを担当したのは、本作で4つ目のアカデミー衣装デザイン賞にノミネートされたアリアンヌ・フィリップス。彼女のとあるインタビューによると、ディラン演じるティモシー・シャラメのコスチュームを3つの時代に分けて用意したという。まず、1961~62年の「NY到着」期。無名だったディランは、憧れの人物、ウディ・ガスリーに会うためにヒッチハイクでニューヨークにやってくる。ロカビリー全盛時代に幼少期を過ごしたディランは、いろいろな種類の楽器や音楽を演奏していたが、ガスリーのアルバムを聴いて衝撃を受け、フォークソングに傾倒したと言われている。


劇中でもよく被っているハンチング帽は、ウディ・ガスリーの影響 / [c]2024 Searchlight Pictures.
そんな憧れのガスリーを模した、この時期を代表するアイテムが、ペンドルトン製のシャツだ。ペンドルトン・ウーレン・ミルズ社は、アメリカ・オレゴン州で1863年に創業された、アメリカ初の毛織物工場を有するウールを作る会社。格子柄のワークシャツに太めのボトムといったホーボー(労働者を意味する)ファッションに身を包んだのは、フォークというより、敬愛したガスリーの影響だったというのは興味深い。そのようなルックに黒のハンチング帽あたりを合わせたディランは、ガスリーのアルバムジャケットからそのまま抜け出したようだから、いかにガスリーの存在が大きかったかがわかる。

■自由を追求したディラン、シルヴィと暮らしながら自分らしさを表現する


恋人スージー・ロトロをモデルにしたシルヴィ・ルッソを演じたのは、エル・ファニング / [c]2024 Searchlight Pictures.
2番目は、1963~64年の「フリーホイーリン」期。これは、「フリーホイーリン・ボブ・ディラン」という63年に発表されたディランの2作目アルバムのタイトルにちなんでいる。このアルバムには、代表作「風に吹かれて」をはじめプロテストソングが収録されており、ディランをフォーク界のプリンスにならしめた出世作だ。評価されていたのは、もちろんおさめられたオリジナルの曲たちであるが、このアルバムのジャケットはあまりにも有名。この写真からもわかるように、ディランに影響を与えたのは、劇中ではシルヴィの名前で登場する、当時の交際相手スージー・ロトロだろう。


「フリーホイーリン・ボブ・ディラン」のジャケットに写るボブ・ディランとスージー・ロトロ / [c]SPLASH/AFLO
ニューヨーク出身の、おしゃれで自己のスタイルを確立して自信に満ちた女性。彼女と暮らしながら曲を作り続け、意欲的で野心的ですらあったディランの、この時期を代表するアイテムは、リーバイス501だ。ロットナンバー501が付けられて1873年に始まったこのデニムの神話については詳細を省くとしても、アメリカ・カリフォルニア州で1853年に創業されたリーバイ・ストラウス社が生み出した、現存するすべてのブルージーンズの原点である。ベーシックでストレートフィットが、その人らしさを表現できるとして、いまもなお愛され続けるアイテムだ。薄手のジャケットにストレートジーンズを合わせたこのファッションは、エモさを求めるZ世代によって近年、ティックトックで#ボブ・ディランコア(バービーコアなどのように、何かと究極を意味するハードコアを組み合わせたファッション造語)と紹介されてバズったらしい。(『ローリングストーンズ』誌が記事にしている)「フリーホイーリン」という言葉も、義務やルール、制限から自由であることを意味することから、ファッションにしても音楽にしても、もしかしたらこの時期が一番、ディランが思う自分らしさのある期だったのかもしれない。

■イギリスを旅したディラン。1965年、伝説が始まる


5年にわたる特訓でギターとハーモニカをマスターしたティモシー・シャラメ / [c]2024 Searchlight Pictures.

最後が「1965年」だ。作中でも、1965年とテロップが入った途端、ディランの様子とファッションがガラリと変わっていることがわかるだろう。64年と65年の間に、何があったのか。作中では描かれていないが、ディランはイギリスへ行ったのである。音楽の方向性については本作で知ってもらうとして、ファッションとしては、このころから親交を深めたスコットランド出身のシンガーソングライター、ドノヴァンやビートルズの影響を受けていることは一目瞭然だ。


ジョーン・バエズに扮したモニカ・バルバロは、オスカーなどで助演女優賞にノミネート / [c]2024 Searchlight Pictures.
ディランが、彼らから影響を受けたことを公に認めることはないだろう。特にドノヴァンはライバルとされていた。しかし、ドノヴァンもガスリーに多大な影響を受けていることを公言しながらも、フォークにロックを取り入れて、つまらなく線引きされたジャンルの垣根を超えようと奔走した意味では、仲間に近かっただろうし、ドノヴァンがパフォーマンスで着用したポルカドット柄のシャツは、少なくともコスチュームデザインを決定するうえで、本作チームのインスピレーションになったのだろう。


20代のころからウディ・ガスリーと音楽活動をしていたピート・シーガー(エドワード・ノートン)もまた、ディランを早くから評価した1人 / [c]2024 Searchlight Pictures.
このころから定着されていく、“ロック・ミュージシャン”としてのディランのファッションは、明らかに当時ビートルズやロンドンの若者の間で流行したモッズである。特にボトムのラインが細身のスーツ、シェイプに特徴のあるイタリアンカラー(襟)、チェルシーブーツ。ただ、モッズのユースカルチャー自体がアメリカの影響も受けており、モッズコートはアメリカ陸軍が採用したミリタリーパーカであるし、ピーコートについた肩章も軍を連想させるもの。


レイバンの黒いサングラスは、ディランファッションの代名詞となった / [c]2024 Searchlight Pictures.
そしてこの期を代表するアイテムが、レイバンのサングラスだ。レイバンは、1936年にアメリカ・ニューヨーク州の光学メーカー、ボシュロム社がスタートさせたブランド。(1999年に売却されたため、現在は、本拠地をミラノに置くイタリアのブランドとなっている) 1929年、アメリカ空軍から、光を遮断する(=レイ・バン)パイロット専用のサングラスの製作を同社が依頼され、開発したアビエイターがその歴史の始まりだ。ディランが愛したのは、そのアビエイターではなく、角ばったシェイプのウェイフェアー。この黒のサングラスは、ディランファッションの代名詞ともなり、その後長く続くことになるロック・ミュージシャンとしての居場所と、ディラン・スタイルを確立させていく。


成功の向こう側にある光と影。本作では、さまざまな側面のボブ・ディランが描かれる / [c]2024 Searchlight Pictures.
本作のなかで描かれているのは、音楽にしてもファッションにしても人間関係においても迷い、“転がる石のように”翻弄されて変化していったディランだ。現在は唯一無二とも評されるアーティストだが、結局ボブ・ディランがどのような人物なのかを説明するのは難しい。アルバムのタイトルでは、ラブストーリーを自分のアナザーサイド(別の側面)だと素直に表現したかと思えば、革新的なロックのサウンズを取り入れたフォークのアルバムには、ホーム(に持ち帰る)と名付けたりする。本作の締めくくりで、印象的に流れる「さよなら、出会えてよかった」は、青春や、もう二度と戻らないディラン自身への想いでもあり、成功を追い求めながらも、ずっと名もなき者でいたかった、偏屈でシャイなディランを奏でたのではないだろうか。

文/八木橋 恵