
かつて庶民の味方だった牛丼も、近年は未曾有の円安、材料・光熱費やコメ価格の高騰により、続々と値上がりしている。先日にはすき家がこの1年で3回目の値上げを行い、吉野家・松屋と合わせた大手牛丼チェーン3社は、並盛でも400円台半ば~後半と「ワンコイン」は目前だ。そんななか、みそ汁付きで390円という価格を維持するのが、かつて「牛丼太郎」の名で都内を中心に十数店舗を展開していた「丼太郎」だ。
改修よりも顧客優先! みそ汁付きで390円の衝撃価格
お笑いコンビ・タイムマシーン3号ら有名人のファンも多い「丼太郎」は、東京メトロ丸ノ内線・茗荷谷駅から徒歩2分ほどの場所にある。周辺は高級住宅街として知られるほか、中央大学、跡見女子大学、お茶の水女子大学、拓殖大学など、多くの大学も立地する学生街だ。
それだけに飲食店も多いが、丼太郎はひときわ異彩を放つ。というのも、目印になるはずの看板の灯りが点かず、夜も外観は暗いのだ。
この看板について、「東日本大震災のときに点かなくなっちゃって、それからそのままなんですよね」と語るのは、丼太郎の運営会社・株式会社丸光の社長を務める佐藤慶一氏だ。
佐藤氏は前身の「牛丼太郎」で学生バイトとして働き、そのまま社員になった牛丼一筋30年超の大ベテラン。“社長”に就いたのは、2012年のことだ。
「牛丼太郎を運営していた会社が、すごい負債を抱えて倒産しちゃったんですよ。そこで、従業員仲間5人とポケットマネーで出資し、会社を立ち上げ、『丼太郎』として営業を続けることにしました」(佐藤氏、以下同)
現在は1人辞めて4人体制だが、立ち上げから現在も勤務するメンバーは、学生時代から30年以上の付き合いで、みな「牛丼太郎」の学生バイトから社員を経ているという。
まるでドラマのようなエピソードだが、起業の理由について聞くと、「だって50過ぎてるし、今さら転職しても牛丼以外できないでしょう(笑)。『もうここでやるしかない』みたいな感じですよね」と、やや照れ臭そうに語ってくれた。
店名が「牛丼太郎」から「丼太郎」に変わったのも、新会社の立ち上げが影響している。
佐藤氏によると、当初は店名も引き継ぐ意向だったが、「同じ屋号を新会社が使うのは法的に無理だった」として断念。以来、看板の「牛」部分をテープで目立たなくするという、ハンドメイドな措置で今日まで営業している。
こうして再出発を果たした丼太郎だが、その後も苦難の連続で、2015年には他店で唯一残っていた代々木店が閉店。食材のカットなどを行なう工場も閉鎖し、現在はここ茗荷谷店のみだ。
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コメの高騰より痛手なのは……
「しばらくは茗荷谷店で加工もすべて行ない、力をつけてまた店舗展開をしようとみんなで言っていました。でも、『やっぱり、この地域に根差して、地域の人たちの1番になってもいいんじゃないか』と方針転換したんです。
ただ、この店舗も古いし、大家さんには数年前から『建て替えるかもしれない』みたいに言われていて。同じ場所に戻ろうにも、新築ビルの1階の家賃なんて今の何倍もするから大変ですね」
そろばんを弾くうえでさらに気がかりなのは、原材料価格の高騰だ。とくに、コメの値段は昨年比で2倍以上も上がっているが、丼太郎はなぜ並盛300円台を維持できるのか。
「お米はたしかに大変だけど、痛いのはコメより肉なんですよ。肉の値段ってコメの比じゃないし、使う量も全然違う。輸入だから、円安が続く限りなかなか値下がりしませんし。
価格に関しては、『値上げせず別の材料でできないか』と“工夫”を常に考えていまして。アメリカ産の肉をオージー・ビーフにしてみたり、産地には柔軟に対応しています。
コメも銘柄を変えたりしてその時々で業者さんと相談しながら、安くていいものを仕入れています。産地やメーカーを決めず、常にいろいろと切り替えながらやってます。
こういう工夫は得意だし、昔からずっとやってきてますからね。やっぱり、この辺は学生も多いですし、なるべく値段は上げないほうがいいですから。
前回の値上げは昨年8月で、並盛350円から40円上げました。ここ2年は毎年価格を変えていて、一昨年まで290円だったので、100円も上がっちゃいましたね。心苦しいけど、材料費も光熱費も全部上がっているので……」
ここ2年は毎年8月に値上げしているとのことだが、物価の急騰をふまえると、より頻繁な値上げ対応が必要にも思える。この点をたずねると、佐藤氏は「2、3ヵ月だったら、なんとか頑張って耐えようかなって」「この年末年始にも値上げしようかという話はあったけど、もうちょっと頑張ろうとなりました」と答えた。
この「頑張る」の意味をさらにたずねると、なんとも涙ぐましい言葉が飛び出す。