Credit:canva
「なぜか朝起きるのがつらい」「仕事に行くだけで胸が締め付けられる」そんな症状は、単なる気分の問題ではないかもしれません。
近年、心の不調として知られる適応障害が若年層の間で急増しています。
厚生労働省の調査によれば、2008年には全国で約41,000人だった患者数が、2017年には約101,000人にまで増加し、9年間で約2.5倍に膨れ上がっています。
特に20〜30代の若者層での増加が顕著とされていて、この現象の背景には、日本特有の雇用文化や職場環境の変化、そして若者たちが直面する現代社会特有のプレッシャーが複雑に絡み合っているといいます。
とりわけ「真面目で責任感が強い」という、一見ポジティブに見える性格特性を持つ若者ほど、この心の不調に陥りやすい傾向があるようです。
今回は静かに広がる心の疲れ「適応障害」について解説していきます。
目次
新旧の雇用制度のズレで真面目な若者ほど陥っている「適応障害」「心がつらいとき、まずできること」“がんばりすぎない”ための心のセルフケア
新旧の雇用制度のズレで真面目な若者ほど陥っている「適応障害」
Credit:canva
適応障害とは、明確なストレス因子に直面した際に、その状況にうまく対処できず、心身に不調をきたす状態を指します。
たとえば職場での人間関係の悪化、過重労働、異動や転職などが引き金となり、不安、抑うつ、イライラ、不眠、食欲不振などの症状が現れます。
これを聞くとうつ病と同じ症状のように感じる人も多いかもしれませんが、適応障害はうつ病とは異なり、ストレス要因が取り除かれると比較的短期間で症状が改善されるのが特徴です。
ただその一方で、適切な環境調整や心理的支援がなされないと、より重い精神疾患に移行するリスクもあります。
しかし、近年の日本でなぜこの症状が若年層を中心に増えているのでしょうか?
その原因の1つと考えられているのが、日本社会に根づく雇用制度の変化です。
日本はもともと「メンバーシップ型雇用」というものが一般的でした。
これは、職務内容や勤務地、労働時間を限定せず、会社という“共同体”に所属することを前提とした雇用形態です。新卒一括採用、終身雇用、年功序列といった要素がその典型です。
この雇用形態では、個々の職務よりも組織内の人間関係や協調性が重視されます。裏を返せば、「空気を読む力」や「調和を乱さない態度」が過剰に求められるとも言えます。
しかし、こうした雇用は古い形態だと感じる人は多いでしょう。
実際、現代の日本の雇用制度は、欧米に多い「ジョブ型雇用」に変化してきています。
「ジョブ型雇用」では、職務(ジョブ)が明確に定義されており、成果や専門性によって評価されます。人間関係はあくまで職務遂行の手段であり、過度な感情的なつながりや同調圧力は比較的少ないのが特徴です。
日本においては高度経済成長期(1960年代)から1990年代初頭まではメンバーシップ型が主流であり、それ以降徐々にジョブ型的な要素も導入され始めましたが、雇用制度全体は今なお移行中の段階と言えます。
そのため、若年世代に求められる働き方と、現場に残る古い雇用慣行とのズレが、若年層にストレスや精神的不調を引き起こしやすくしているのです。
Credit:canva
筑波研究学園都市の調査では、1996年〜2016年の20年間で、「職場の人間関係」に困っていると回答した人の割合が大きく上昇しており、それに比例して「気分が落ち込む・抑うつ感が続く」といった精神的な不調を訴える人も増加しているといいます。
実際、会社の雇用方法は、成果主義の導入や非正規雇用の増加で変化しているのに、現場では古いメンバーシップ型の価値観が残っていて、職場内の和を重視するような雰囲気があり長時間労働の常態化などにつながっています。
こうした、さまざまな社会変化に伴う世代間の価値観のズレなどがこの問題には関わっていると考えられるのです。
(広告の後にも続きます)
「心がつらいとき、まずできること」“がんばりすぎない”ための心のセルフケア
まず知っておきたいのは、適応障害は単なる「気の持ちよう」ではなく、誰でも陥り得る“環境とのミスマッチ”による心の疲弊だということです。
真面目で責任感が強い人ほど「こうあるべき」「頑張らなきゃ」と自分を追い込みやすく、ストレスに気づきにくい傾向があります。
そして、「限界に気づいたときにはすでに心が折れかけていた」というケースも少なくありません。
また、「周囲に迷惑をかけてはいけない」「弱音を吐いたら評価が下がる」といった思考も、心理的な逃げ場を奪い、悪化を招く一因となります。
では、適応障害に悩む人が自分でできる対処法にはどのようなものがあるのでしょうか?
以下は心理学的に有効とされる具体的な「自分を守るための方法」です。
まず1つ目は「ストレスモニタリング」です。 日記をつけたり、アプリで気分の記録を取ったりして、自分がどんな場面で不調を感じやすいかを可視化することで、問題が明確になり、自分を責める思考から距離を置けるようになります。
2つ目は「認知の再構成」です。 「失敗してはいけない」「常に頑張らなければ」といった思考状態は、ストレスの温床になります。そこで極端な思考を紙に書き出し、「それは本当に事実か?」「別の捉え方はできないか?」といった問いかけを行っていくと、自分自身の思考のクセを見直し、もう少し柔らかい考え方へと導いていく練習ができます。
3つ目は「心理的安全の確保」です。 ストレス源から一時的に距離を取ることで、心をリセットする時間を確保できます。 これは“逃げ”ではなく、再び前進するための「戦略的撤退」とも言える大切な選択です。
Credit:canva
最後に重要なのが「感情の共有の再発見」です。 問題を解決してくれる人でなくても、ただ話を聞いてくれる存在がいることが、心の支えになり得ます。 自分の感情を素直に話せる相手とのつながりは、回復の大きな助けになります。
適応障害は、変化の激しい社会の中で誰もがかかる可能性のある“心の疲れ”です。特に若年層は、その真面目さや責任感ゆえに無理をしやすい傾向があります。
自分を守ることは、甘えではなく「回復のスタートライン」です。
悩んでいる人は、さまざまな問題から一度距離をとって、自分の心の声に耳を傾けてみませんか?
元論文
日本における「適応障害」患者数の増加
https://doi.org/10.24533/spls.12.2_101
ライター
海沼 賢: 大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。
編集者
ナゾロジー 編集部