
1970年代後半に開発され、またたく間に家庭用に普及していったVHS。テレビ番組の録画メディアとして活用されるだけでなく、数多くのビデオソフトが発売・レンタルされたことで、映画を家で楽しむというカルチャーを確立した。しかし、時代の移り変わりとともにDVDやBlu-rayといった新たな記録メディアが登場し、VHSの市場はみるみるうちに縮小。数年前に再生機器の生産は完全に終了し、VHSテープも劣化が進んでいることから、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が「2025年までにデジタル化しないと見られなくなるかもしれない」とも警告している。
■低予算ホラーからメジャー大作まで!海外では新作VHSが続々リリース
残虐すぎると話題を集めた『テリファー』のVHSは、限定250本が即完売! / [c]Everett Collection/AFLO
ついに今年、そんな“2025年問題”のタイミングを迎えたわけだが、一時代を築いたVHSの終焉が刻一刻と迫るなか、海外ではここ数年、時代に逆行するかのようにVHSでソフトリリースされる作品が、ホラージャンルを中心に増加傾向にある。3月19日に北米で発売されたのは、あまりの残虐描写で話題を呼び、ジャンル映画ながら批評家からも絶賛されたダミアン・レオーネ監督のホラーシリーズの第1作『テリファー』(16)。暗闇で光る赤いVHSテープを採用したブック・ボックス・エディションは、限定250個がすぐに売り切れたのだとか。
【写真を見る】Witter Entertainmentより発売された『テリファー』のVHS / witterentertainment.comより
同作をリリースしたWitter Entertainmentでは、『テリファー』の続編となった『テリファー 終わらない惨劇』(22)をはじめ、“観た者に不幸をもたらす”として封印されたホラー映画に迫ったドキュメンタリー『アントラム 史上最も呪われた映画』(18)や、ホラーファンを騒然とさせたオーストラリア発のファウンド・フッテージ・ホラー『悪魔と夜ふかし』(23)など、近年公開された話題のホラータイトルをVHSで数量限定販売。いずれも好評を博してきた。
北米で50本限定発売だった『アントラム 史上最も呪われた映画』もあっという間に売り切れたとか / [c]Everett Collection/AFLO
先述した記録メディアの変遷とともに、近年ではさまざまな作品で4Kレストア化が制作されるなど、高画質化が進んでいる。にもかかわらず、なぜいまVHSへ回帰する流れがあるのか。そこにはホラー特有のいくつかの理由が考えられる。
低予算のインディペンデントホラー、とりわけスプラッターやゴア描写が多い作品では、鮮明になればなるほど造形の粗が目立ち、作り物感が増してしまう弊害がある。逆に粒子の粗いVHSの画面では作品の真実味が増し、またVHS特有のノイズが独特の恐ろしい空気感を付与してくれる。さらにビデオソフトの全盛期には多くの低予算ホラーが劇場公開できずにVHSリリースされたこともあり、オールドファンにとっては懐かしく、若い世代のホラーファンにとってはその当時を追体験できるという味わい深さもある。いずれにせよ、ホラーなどのジャンル映画とVHSの親和性は極めて高いといえるのだ。
1970年代のテレビ番組の雰囲気を再現した『悪魔と夜ふかし』。オーストラリアではVHSがBlu-rayの特典に / [c]Everett Collection/AFLO
『悪魔と夜ふかし』は、1970年代のハロウィンの夜に放送された深夜のテレビ番組の生放送内で起きた奇怪なできごとを描いた作品で、当時のテレビ番組の雰囲気をリアルに再現した質感が大きな話題を集めた。北米ではVHSで本編ソフトがリリースされていたが、本国オーストラリアではBlu-rayコレクターズ・エディションの特典として、劇中に登場するテレビ番組のオリジナル放送の模様を収めたVHSが封入。よりリアルに作品の世界観に没入する後押しとなっている。
米ウォルマートにて販売されたVHS版『エイリアン:ロムルス』パッケージ / walmart.comより
こうしたVHSへの回帰傾向は、インディペンデントホラーだけに留まらない。フェデ・アルバレス監督がメガホンをとり大ヒットを記録した「エイリアン」シリーズの最新作『エイリアン:ロムルス』(24)は、昨年の暮れに北米でVHSがリリースされ、予約開始直後に500本以上が即日完売。往年のシリーズファンを大いに沸き立たせた。今後もジャンル映画を中心に、VHSリリースが増加していくのではないだろうか。
インディペンデントだけでなく、メジャー大作にもVHS化の流れが! / [c]Everett Collection/AFLO
■あの名作ホラーが4KマスターのVHSとして再リリース!
『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』では、劇中の世界観を追体験できるVHSのプレゼントが / [c]2024「ミッシング・チャイルド・ビデオテープ」製作委員会
一方日本では、VHS全盛期の1990年代に放送された「新世紀エヴァンゲリオン」のビデオパッケージを再現した「ビデオテープミニチュアチャームコレクション」というガシャポンアイテムが好評を博し、再販されるなど、徐々にではあるがVHS回帰への機運が高まっている。もっとも、日本ではホラー映画のビデオ以上に、アニメ作品に郷愁を抱く人が多いかもしれない。
さらにVHSが劇中の重要アイテムとして用いられた近藤亮太監督の『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』(公開中)では、公開直後にSNSで行われた感想投稿キャンペーンで、劇中に登場した“失踪した瞬間が映ったビデオテープ”が抽選で当たるという、作品の世界観を追体験できる試みも行われた。
ダリオ・アルジェントの名作『サスペリア』が数十年ぶりにVHSで国内リリース!どんな質感が味わえるのか… / 『サスペリア』VHS(字幕版)ワイドスクリーンサイズ 完全数量限定版 6月4日(水)発売価格:7,800円(税抜)発売元:是空/ハピネット・メディアマーケティング販売元:ハピネット・メディアマーケティング[c]VIDEA S.P.A.
そして6月4日(水)には、ホラー映画の金字塔として名高いダリオ・アルジェント監督の名作『サスペリア』が、字幕版と吹替版、各500本の数量限定で発売されることも決定している。VHSからDVD、Blu-ray、4K UHDとさまざまな形態で時代を超えてきた名作がこのタイミングであらためてVHSとしてリリース。4Kマスターの素材をワイドスクリーンで収録したことで、これまでとは一味も二味も違う『サスペリア』を堪能できることだろう。
ジャケットはリバーシブルジャケットが採用され、数量限定生産であることを示すナンバリング入り。また、Amazon限定で1982年に発売されたVHSのジャケットをイメージしたデザインの「オリジナルアナザージャケット」が付属するという、往年のVHSファンにはたまらない粋な計らいも。
『サスペリア』のVHSは、字幕版・吹替版の各500本の数量限定発売! / 『サスペリア』VHS(字幕版)ワイドスクリーンサイズ 完全数量限定版 6月4日(水)発売価格:7,800円(税抜)発売元:是空/ハピネット・メディアマーケティング販売元:ハピネット・メディアマーケティング[c]VIDEA S.P.A.
コロナ禍以降は配信サービスが主流となり、レンタルショップは相次いで閉店。ソフト市場も苦境に立たされ、フィジカルで映画ソフトに触れる機会は著しく減少するなど、映像メディアはこれまで以上に目まぐるしい変化の時を迎えている。そうしたなかで進むVHSへの回帰の流れは、一見すると時代に逆行しているように見えるかもしれない。
けれども配信サービスには、いまも“いつ好きな作品が観られなくなるかわからない”という課題があり、映画ファンの一部ではかえってパッケージの所有意欲が高まりつつある。また、好きな作品を応援するためのグッズとして、そのパッケージを手元に残すという行為は、ある意味でいまの時代に即しているとも思える。いずれにせよ、映画体験の選択肢を増やしてくれるムーブメントのひとつとして、このトレンドに今後も注目しておきたい。
文/久保田 和馬