
ウクライナ軍が苦境に陥っている。
〈ロシア国防省は(3月)8日、ウクライナが越境攻撃で占拠したロシア南西部クルスク州の町スジャ北方の3集落を奪還したと発表した。ロシア独立系メディアは、ロシア軍がスジャにいる約2千人のウクライナ兵士を包囲しており、奪還が近いとの見方を伝えている。
(中略)ロシア独立系メディア「マッシュ」は、ロシア軍が南方からスジャに進軍。約2千人のウクライナ兵士を包囲しており、脱出ルートも塞がれている、と報道した。ウクライナ兵士は、米スペースX社の衛星通信サービス「スターリンク」が使えず、司令部との連絡もできないという。〉(3月8日「朝日新聞デジタル」)
ロシアはウクライナ侵攻とウクライナ軍によるロシア領クルスク州への攻撃を別カテゴリーの事態であると整理している。ウクライナ侵攻は「特別軍事作戦」で、戦争法が適用される。つまりロシア軍によって拘束されたウクライナ兵は捕虜として扱われる。
対して、ウクライナ軍によるクルスク州攻撃はテロであるという位置付けだ。ロシア軍によって拘束されたウクライナの戦闘員は、捕虜としての資格を持たず、刑事事件の容疑者として取り扱われる。スジャで包囲されている約2千人のウクライナ兵士がロシア軍に投降しても、捕虜としての扱いは受けず、殺人、傷害、放火などの刑事責任を追及されることになる。もちろんウクライナ兵もそのことはわかっているので、必死で戦う。ロシア軍はこのウクライナ兵たち(ロシアからすればテロリスト)を躊躇せずに皆殺しにする。今頃、クルスク州では凄惨な殺戮が行われていると筆者は見ている。
アメリカが軍事情報の提供を止めれば、このような事態が生じるのは容易に想像できたはずだ。もちろんトランプ政権はそのことをわかっていて、情報提供を含む軍事支援を停止したのだ。一種の恫喝である。
バイデン前政権においては、ウクライナ兵がロシア軍と戦い、ロシアを弱体化させることがアメリカの国益と考えられていた。それがトランプ現政権では、ロシア・ウクライナ戦争を停止し、米ロ関係が改善し、アメリカ企業がウクライナのレアアース(希土類)を開発することがアメリカの国益と見なされているのだ。
3月5日にルビオ米国務長官は、「率直に言って、これは核大国間の代理戦争だ。ウクライナを支援する米国とロシアの代理戦争だ。これを終わらせる必要がある」と述べた。代理戦争なのだから、依頼人であるアメリカに反する行動を代理人であるウクライナがしてはならない。アメリカが「戦え」と命じれば、ウクライナは戦いたくなくても戦わなければならない。アメリカが「戦いを止めろ」と命じれば、ウクライナは戦いたくても武器を置かなくてはならないのだ。
2月28日の米・ウクライナ首脳会談で、ゼレンスキー大統領がトランプ大統領と口論した対価が、クルスク州におけるウクライナ兵2千人の犠牲なのだ。
佐藤優(さとう・まさる)著書に『外務省ハレンチ物語』『私の「情報分析術」超入門』『第3次世界大戦の罠』(山内昌之氏共著)他多数。『ウクライナ「情報」戦争 ロシア発のシグナルはなぜ見落とされるのか』が絶賛発売中。