世界のトップに立つために必要なマネジメント。佐藤琢磨に訊く、ホンダ・レーシングの”ドライバーたち”との関わり方

 これまで数々の日本人ドライバーがF1に挑んできた。その数は20人を超える。しかし、チャンピオンはおろか、レースに勝ったドライバーもまだひとりもいない。鈴木亜久里、佐藤琢磨、小林可夢偉が記録した3位が、これまでの最高成績である。

 なぜF1で勝つ日本人ドライバーが現れないのか? それには、様々な理由があるだろう。日本と欧米では文化が違うし、幼少期から戦ってきた相手がそのままF1に上がる……つまりかなり若い頃からヨーロッパで戦うということは、日本人が手にしにくい強みのひとつであるとも言える。

 またもうひとつ考えられるのが、自動車メーカーへの依存度が高いということか。日本では、育成段階からF1デビュー、そしてF1でのキャリアに至るまで、自動車メーカーの枠の中で戦うことが多い。F1に至らずとも、メーカー育成下でキャリアをまっとうできるだけの活動の場が日本国内にはある。

 ただ、F1で真の意味での頂点を目指すためには、いつかはメーカーの枠を離れ、自らの手でその先に進む道を切り拓かねばならない時がやってくる。現在のF1ドライバーを見てみると、その多くがいずれかのタイミングで、育成時に在籍していたチームやメーカーを離れ、ドライバーとして独り立ちして活躍している。育成時から一貫して同じメーカー/チームの傘下にいるのは、ルーキーを除けばマックス・フェルスタッペン、ランド・ノリス、シャルル・ルクレール、ジョージ・ラッセル、そして角田裕毅くらいだろう。

 他のメーカーやチームに移籍するには、当然ドライバー自身の能力/パフォーマンスも重要だ。その力が認められなければ、お呼びなどかからない。しかしそれだけではなく、経済効果なども含めたドライバーの魅力を売り込む”マネジメント”の力が必要となる。

HRCとしてできること

 最近では角田がマネジメント体制を一新し、先を見据えようとしている。角田はホンダの育成ドライバーとして育ってきたドライバーだが、ホンダとレッドブルの関係が今季限りで終了するため、その先レッドブルとひとりのドライバーとして向き合っていくためには、そういうマネジメント陣の力が必要不可欠となろう。

 そういう岐路に立ったドライバーを、HRC(ホンダ・レーシング)としてマネジメントをサポートすることはできないのか? HRCのエクゼクティブ・アドバイザーである佐藤琢磨に尋ねた。

「育成では、HFDP(ホンダ・フォーミュラ・ドリーム・プロジェクト)の役割の半分がマネジメントになっていくと思っています。例えば今年、加藤大翔がフォーミュラ・リージョナル・ヨーロッパに上がる際は、すべてHRCで動きました。昔からの知人を尋ねたり、新しい出会いがあったりと、自分のイギリスF3時代を思い出して懐かしかったですし、これまでの経験も役立ちましたね。テストでは数チームで走らせて、本人のフィーリングも大切にしながら、最終的に加わるチームが決まりました」

 そう佐藤は語った。

「FFSA(フランスF4)のようなスクール的な形ならば比較的シンプルなのですが、欧米のレーシングチームと契約するのは、完全にマネジメントの領域になります。交渉や契約に関しては、若手ドライバー本人だけではなかなかできないことです。だからHRCが、そこはしっかりとサポートする必要がある。ただし個人マネジメントではないので、どういう線引きで介入するかというのは、我々としても慎重に進めていきます」

レッドブルとの提携終了……この先は?

 これまでホンダは、レッドブルとドライバー育成を共同で進めてきた。そして実際に欧州のレースに参戦しようとなれば、レッドブルがマネジメントを引き受けてくれていた。角田も、そして岩佐歩夢もそうだ。しかし前述の通り今年限りでホンダとレッドブルの関係は終了……マネジメントに関する部分は、すでに昨年の段階で関係終了となっている。

「これまではHRCとして意見があったとしても、基本はレッドブルのアドバイスを受けながら、彼らのジュニアドライバーと同じ道を辿りながらステップアップさせてきました。費用もホンダとレッドブルの折半ですね。でもそういう段階も終わって、今後はレーシングカートから、HRS(ホンダ・レーシングスクール)、HFDPを経て、次のHRCのドライバーを欧州、つまりF1に送り込めるのか、北米なのか、あるいは日本なのかというところを、HRCがマネジメントの可能性も含めて統括して考えていかねばなりません。それが、今まさに始まっているところですね」

「数年前まではHRSからHFDPというのは一方通行で、お互いが作用し合っていませんでした。でも今はそれを組み直して、少しずつ変わってきていると思います。HRSとしても、卒業生のドライバーたちにとっては母校のような位置付けにしたく、進路を含めたもろもろの相談ができるような場所でもいいと思うんですよね」

 その最たる例が岩佐だと、佐藤は言う。

「歩夢はレッドブル契約下のドライバーですが、我々のそういう思いが入っているんですよ。本人の意思を最大限尊重しているからこそ、ホンダとレッドブルの育成関係は終了しても、今シーズン、再びSFに挑戦しているんです。そして大翔からは、参戦カテゴリーの決定やチームとの交渉をHRCが見ています」

 とはいえ佐藤は、ある段階ではしっかりと個人マネージャーをつける必要があるだろうと語るが、それはドライバーが自分で見つけるしかないと言う。

「それが必要だということは、自分は最初から言っています。でもそれは、個人で見つけてこなければいけません」

 マネージャーの役割は、どこかにドライバーを売り込むだけではない。今属している環境の中で、ドライバーを”守る”役割もあると、佐藤は説明する。だからこそ、信頼し合える個人マネージャーが必要なのだ。

「例えばレッドブルのジュニアチームも、マネジメントの典型じゃないですか。ただある意味型にハメる感じで、少しでもそこからはみ出したら、すぐに契約を切られてしまう……それを守るためのファイアーウォールになるのがマネージャーであって、本来それは個人で見つけてくるべきものだと思っています」

「予算的なものであったり、ノウハウだったりで、個人ではできないということになれば、HRCとしても可能な限り協力はしますよ。でも、それは人材確保やリソースも含めて、提供はするけど、半分くらいしか要望には応えられないですよね。完全な形にはならないと思いますし、ホンダの意向に沿ってもらう形になってしまいます。ただドライバーとしては、違う意向を持っているかもしれない。じゃあその時誰が交渉するんだとなった場合、選手の目線に立って寄り添える人がいればいいんですけどね」

「今自分は、HRS、そしてHRCとして育成の部分を一緒にサポートできるポジションにいるので、ドライバーたちの意向をなるべく聞いてあげるようにはやってきたつもりです。でも全員に対してはできません」

HRSの生徒に対して

 HRSとして、個人マネージャーをどうすればいいか、それを教育することはないという。しかし佐藤は、そういう相談をしてくる生徒には、徹底して相談に乗っているのだという。

「スクールではカリキュラムとしてはそういう話はしませんけどね。でも中には、個人的に連絡先を聞いてきて、この先どうすればいいかという相談をしてくる子もいます。そこについては、自分は受け入れていますよ」

「ただスクールとしてできるかというと、物理的、時間的な制約もあるので、全員同じようには扱えません。難しいところですね」