戦術家ではない。巨大戦力を巧みに操る名将アンチェロッティの慧眼【コラム】

「大軍に兵略なし」

 それは兵法における基本の一つである。

 大軍はそれだけで相手を圧倒し、戦局を有利に運べる。寡兵では後手に回らざるを得ない。損耗したところ、勝負の一手を投入できる。

 サッカーでも、強大なチーム、メガクラブは大軍にたとえられるだろう。潤沢な資金で補強し、有力選手を抱える。それだけで大きなアドバンテージになるのだ。

「最終順位は予算規模に近くなる」

 それも一つの定石と言われる。Jリーグで、資金力に恵まれたヴィッセル神戸が連覇しているのは自明の理だ。

 一方、世界トップレベルでは「大軍対大軍」になるだけに、拮抗した勝負になる。勝負の機微をつかめるか。監督の采配が、最後は勝敗のカギを握る。

 その点、レアル・マドリーを率いるカルロ・アンチェロッティ監督は、世界最高の名将と言えるが、名将の中身はどうなっているのか。

 アンチェロッティはいわゆる戦術家ではない。ビルドアップやアタッキングサードへの入り方などをパターン化せず、選手に余白を与えている。それは自由、ということができるし、放任、あるいは放置とも言える。マンチェスター・シティやFCバルセロナのような形を持ったチームと対戦すると、そのキャラクターは顕著に出る。

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 選手がそれぞれの感覚でプレーし、チグハグにも映るが、同時に相手にとっても読みにくい。本能型、感覚型、勘を軸にした戦い方は紙一重で成立し、折れない撓みを見せ、実にしなやか。ピッチに立った選手が能動的に適応し、即興で問題を解決できる。

 アンチェロッティの神髄は、目利きである点だろう。どの選手が優れているか、誰と誰が組むべきか、どのような心身の状態で、最高のプレーを見せられるのか。それを読み取り、抜擢する。

 その慧眼こそ、名将の正体だ。

 アンチェロッティが選んで用いた時点で、やるべきことは決まっている。だからこそ、後半途中で投入した選手が勝負を決めることが少なくない。そして、目利きには相手の弱さ、脆さを見通す能力も含まれている。

 事実、スペイン国王杯準々決勝、レガネス戦で途中出場から逆転弾を決めたゴンサロ・ガルシア、チャンピオンズリーグ、ノックアウトフェーズのマンチェスター・シティ戦で貴重な同点弾を決めたブラヒム・ディアスなど、切り札として入れた選手が悉く決定的な仕事しているのだ。

 その結果、戦力の差で勝ったようにも映る。

「大軍に兵略なし」

 まさに、その通りだ。

 しかしながら、戦力を使える指揮官がいてこそ、勝利は可能になるのだ。

文●小宮良之

【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場』(いずれも東邦出版)など多数の書籍を出版。2018年3月に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューを果たし、2020年12月には新作『氷上のフェニックス』が上梓された。

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