ドカ食いさせずに「フォアグラ」を作る方法を開発 / Credit:Canva
フォアグラ特有の濃厚な風味とクリーミーな舌触り。
しかし、その裏ではガチョウとカモに数週間にわたって高カロリー飼料を強制的に与える過程が、動物福祉の観点から世界各地で非難され、一部の地域では生産や販売が禁止・規制されています。
ドイツのマックスプランク高分子研究所(MPIP)で行われた研究によって、ガチョウとカモ自身がもつ脂肪にリパーゼ(脂肪分解酵素)を作用させることで、フォアグラに近い口当たりをつくり出す手法を開発しました。
脂肪酸の組成や結晶化のプロセス、さらに粘弾性に至るまで綿密に分析し、強制給餌をしなくても「フォアグラに非常に近い舌触り」が得られる可能性を示唆しているのです。
研究者たちは最も重要な点として開発されたフォアグラもどきが「正しい味」であったことだとし「この技を使えば、口の中で溶ける脂肪を得ることができ、これは非常に重要だ」と述べました。
プレスリリースのタイトルも強気で「強制給餌なしでフォアグラを作る(Making Foie Gras Without Force-Feeding)」となっています。
果たして、この“非強制給餌”なフォアグラは本当に新たな選択肢となり得るのでしょうか?
研究内容の詳細は『Physics of Fluids』にて発表されました。
目次
“強制給餌”の倫理問題:それでも欲されるフォアグラフォアグラの闇と光:新技術でドカ食い育成を防げるか?本物超えは可能か?味・香り・倫理を揺さぶるリパーゼ革命の行き着く先
“強制給餌”の倫理問題:それでも欲されるフォアグラ
ドカ食いさせずに「フォアグラ」を作る方法を開発 / Credit:Canva
フォアグラと聞くと、多くの人が「濃厚でクリーミーな舌触り」を思い浮かべるのではないでしょうか。
実際、古代エジプトやローマ時代の記録にもその贅沢な味わいを示す証拠が見つかり、長い歴史の中で美食家たちを虜にしてきました。
しかし、一方ではガチョウとカモの肝臓を肥大させるための強制給餌が大きな倫理問題となっており、現在では多くの国や地域で生産や販売が禁止・規制される方向にあります。
それでも、「あの独特のまろやかなコクをもう一度味わいたい」という声は依然として根強いのです。
フォアグラの魅力を真似ようとする試みは数多くありました。
ココナツ油やバター、コラーゲンやゼラチンなどを足して「フォアグラらしさ」を演出しようというレシピも存在しますが、本家のように「舌の上で溶け出すと同時に旨味が広がる」食感に到達するのは容易ではありません。
なぜそんなに難しいのか。
そのカギは、フォアグラの脂肪が大きなクラスター(塊)を作り、複雑なネットワークのように絡み合っている点にあると考えられています。
通常のレバーや脂肪ではそこまで大きく、不均一な構造をつくるのが難しく、温度が上昇する過程で段階的に解け出す絶妙な仕組みを再現するハードルが高いのです。
こうした背景を受け、近年は「そもそも強制給餌というプロセスに頼らなくても、同じような脂肪の構造を人工的につくれないだろうか」と考える研究者が増えてきました。
例えば、レンダリング(脂肪を溶かして不純物を取り除く加工工程)したガチョウやカモの脂肪を上手に扱って、フォアグラらしい脂肪の結晶状態やネットワークを再現できないかというわけです。
研究が進む中では、CARS顕微鏡やNMR、さらにはX線回折などの先端技術を使って、脂肪の微細構造を可視化する取り組みも活発に行われ始めています。
すでに「普通のレバー+脂肪だけで、ある程度フォアグラの融解温度帯を示す事例」が報告され、再現の可能性が高まってきているのは興味深いところです。
ですが今回紹介する研究チームが注目したのは「リパーゼ」という脂肪分解酵素です。
このリパーゼを使って、ガチョウやカモから得られた脂肪のトリグリセリド(グリセロールと3本の脂肪酸が結合した状態)を少しずつ切り離してやれば、フォアグラに近い「口の中での溶け方」を得られるかもしれない――そんなアイデアです。
単に脂肪を混ぜるのではなく、分解された脂肪酸が増えたり、一部がモノ・ジグリセリドに変化したりすることで、脂肪全体の結晶化や融解特性が大きく変化すると考えられます。
そこで研究者たちは、リパーゼで部分的に処理した脂肪をレバーと合わせ、強制給餌をしなくてもフォアグラに近い食感を再現できるのかを実験的に確かめることにしました。
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フォアグラの闇と光:新技術でドカ食い育成を防げるか?
ドカ食いさせずに「フォアグラ」を作る方法を開発 / FIG8は、食品パテの中にある脂肪がどのように分布しているかを見るために、CARS顕微鏡という特別な装置を使って撮影された画像です。 まず、画像では脂肪の部分が赤く表示されています。これは、脂肪が光を反射して赤く見えるためで、赤い部分はパテの中で脂肪がどこにあるかを示しています。一方、背景が暗くなっている部分は、水分や他の成分が多いエリアで、脂肪が少ない場所を表しています。 また、画像の中には、赤い「針状」や「線」のような細い形のものがあります。これらは、脂肪が固まって結晶となった部分を意味しています。つまり、脂肪が単に液体状態でなく、ある部分は結晶化して固まっているということです。 FIG8では、上の方にFGP(市販のフォアグラパテ)と、リパーゼ処理を2時間行ったサンプル(LTP2)が示されています。これらの画像からは、脂肪が細かく網目状に連なっている、つまり「連続した構造」が見受けられます。これは、脂肪が均一に広がり、口の中でなめらかに溶ける特徴を生み出していると考えられます。 一方、下の方にはリパーゼ処理を4時間行ったサンプル(LTP4)と、処理をしていないサンプル(LTP0)が示されています。ここでは、リパーゼ処理を4時間行ったサンプルでは、脂肪結晶がより多く、はっきりとした独立した形で見えることが分かります。つまり、長い時間リパーゼを作用させると、脂肪の一部がさらに分解され、固い結晶になりやすくなるのです。 このように、FIG8の画像は、リパーゼの処理時間が変わるとパテ内の脂肪の形や分布がどのように変化するかを直感的に示しています。これにより、どの条件が最もフォアグラに近い食感を生み出すのかを研究者が見極めるための重要な手がかりとなっています。/Credit:Mathias Baechle et al . Physics of Fluids (2025)
研究チームがまず行ったのは、リパーゼ(脂肪分解酵素)を使ってガチョウとカモの脂肪を部分的に切り替えることです。
具体的には、いったん脂肪を溶かしてリパーゼを加え、適切なタイミングで反応を止めます。
こうすると、トリグリセリドという“脂肪の塊”が細かく分解され、フォアグラのように段階的に解ける性質をもった脂肪に変化する可能性が高まります。
続いて、この“リパーゼ処理脂肪”をレバーと混ぜてパテ状に整え、加熱殺菌などを施して試作品を完成させました。
ここでポイントとなるのは、温度が上がるにつれてどのように溶け出すかを入念に調べていることです。
たとえば、熱をかけながら脂肪が溶け始める温度帯や熱の吸収量を計測したり、特殊な顕微鏡でパテ内部をのぞいて「どれくらい大きい脂肪のかたまりができているか」を可視化したりと、まるで食材の“地図”を描くように観察を重ねています。
その結果、リパーゼを使った脂肪はフォアグラに近い融解パターンを示し、実際の舌触りも“なめらかにとろける”感覚が強いことがわかりました。
顕微鏡画像でも、大きな脂肪クラスターがネットワークのように入り組んでいる様子が確認され、これがフォアグラ特有の食感を下支えする仕組みに似ているといえます。
さらに、硬さや粘りを数値化した実験でも、リパーゼ処理をしないパテより明らかにフォアグラらしい特性を示しました。
この研究が注目される理由
最大のポイントは、「強制給餌で肝臓を肥大させなくても、ほぼ同等のテクスチャを目指せる」ところにあります。
市販の油脂や添加物で“なんとなく似せる”のではなく、酵素反応によって脂肪そのものの構造をフォアグラ風に作り変えるというアプローチは、まさに発想の転換といえるでしょう。
しかも、顕微鏡や温度計測などで「本当に同じように溶けているか」をしっかり確認した点が、今後の応用を大いに後押ししています。
動物福祉と食体験を両立させる技術として、非常に注目度の高い成果といえそうです。