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「蚊に刺されるだけで、蚊が死ぬ世界が来たらいいのに」と思ったことはありませんか?
実はその“夢のような現象”を、科学者たちがすでに現実のものにしつつあるのです。
2025年3月26日、英リバプール熱帯医学学校(Liverpool School of Tropical Medicine)を中心とする国際研究チームが、 学術誌『Science Translational Medicine』にて画期的な研究成果を発表しました。
その内容は、希少病治療薬「ニチシノン(Nitisinone)」を服用した人間の血液が、蚊にとっての毒になるというもの。
この薬を飲んだ人の血を吸った蚊は、若かろうが老いていようが、殺虫剤に強かろうが、ことごとく死亡してしまうというのです。
蚊を媒介とするマラリアやデング熱といった感染症に苦しむ世界中の地域にとって、この研究は希望の光となるかもしれません。
目次
なぜ人間の血が蚊の“毒”になるのか?意外な蚊の弱点マラリアの根絶に繋がる「人間型殺虫剤」という発想
なぜ人間の血が蚊の“毒”になるのか?意外な蚊の弱点
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蚊のメスは産卵に必要なたんぱく質を得るため、哺乳類や人間の血液を吸います。
ところが、血液中のたんぱく質を消化する過程で、チロシンというアミノ酸が大量に生じます。
このチロシン、実は毒にもなる物質なのです。
チロシンは体内で適切に代謝・分解されないと、有毒な副産物が蓄積し、細胞を損傷し始めます。 つまり蚊にとってチロシンの処理は「生きるための最重要任務」なのです。
そのチロシンの分解経路の中心にあるのがHPPD(4-ヒドロキシフェニルピルビン酸ジオキシゲナーゼ)という酵素で、ここをブロックすれば蚊はチロシン中毒を起こして死にます。
この弱点に作用するのが、今回注目された薬「ニチシノン(Nitisinone)」。
もともとこれは、チロシン代謝異常症という遺伝性の希少病の治療に使われています。
チロシン代謝異常症の一種「アルカプトン尿症」では、体内でチロシンが正常に分解されず、関節や臓器に毒性物質が蓄積して痛みや機能障害を引き起こします。
その治療のためにHPPD酵素を阻害し、チロシンの流れを抑える薬がニチシノンであり、FDA(アメリカ食品医薬品局)にも承認されています。
研究では、ニチシノンを服用した人の血液を吸わせた蚊(アノフェレス・ガンビエ)が、驚くほどの割合で死亡することが確認されました。
蚊の年齢に関係なく、さらに既存の殺虫剤に耐性を持つ蚊ですら効果があったのです。
さらに、わずか2mgという低用量を服用していたアルカプトン尿症の患者の血液でも、同様の致死効果が観察されました。
これは非常に大きな意味を持ちます。なぜなら、日常的な服薬レベルでも蚊の生命を脅かせるということは、実用化へのハードルが格段に低くなるからです。
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マラリアの根絶に繋がる「人間型殺虫剤」という発想
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実はこの「血を毒にして害虫を倒す」という考え方は、獣医分野ではすでに存在しています。
家畜が寄生虫を寄せ付けないよう、イベルメクチンのような薬を投与し、血液を通じて害虫を駆除するのです。
人間に応用された例としても、近年イベルメクチンが「人間の血を吸った蚊が死ぬ薬」として研究されてきました。
しかし今回のニチシノンは、イベルメクチンよりも
血中での持続時間が長い
低用量でも致死性が高い
殺虫剤耐性の蚊にも有効
という点で、より優れた“人間型殺虫剤”となる可能性を秘めています。
マラリアは、世界中で年間60万人以上が命を落とす深刻な感染症です。
この病気の根本的な対策は「蚊を減らすこと」ですが、殺虫剤耐性や環境問題から従来の方法には限界がありました。
ニチシノンのような内服薬による方法は、人間の体を“動く防虫装置”にするという全く新しいアプローチであり、 感染地帯に住む人々や渡航者、医療スタッフの感染リスクを大きく下げることが期待されます。
未来の「飲む蚊よけ」が日常になる?
この研究が進めば、いずれは「蚊の多い地域に行く前に、ニチシノンを一錠」という時代が来るかもしれません。
子どもや妊婦のマラリア対策、観光地・紛争地での予防策、災害時の感染拡大防止など、活用の幅は計り知れません。
こうした対策は世代交代の早い昆虫にとって、人間の血を吸わないという進化を促す可能性さえあります。
そしてなによりも感動的なのは、本来は数万人に1人しか使わないような薬が、数億人を救う可能性を持っていたという事実です。
科学とは、本当に予想外の場所から革命が生まれるものです。
もしかしたら次の夏、あなたの血が蚊にとって“毒”になる日が来るかもしれません。
参考文献
Drug For Rare Disease Turns Human Blood Into Mosquito Poison
https://www.sciencealert.com/drug-for-rare-disease-turns-human-blood-into-mosquito-poison?utm_source=reddit_post
元論文
Anopheles mosquito survival and pharmacokinetic modeling show the mosquitocidal activity of nitisinone
https://doi.org/10.1126/scitranslmed.adr4827
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部