ふるさと納税で話題の泉佐野市が、今度は“エンタメ特産品”を仕掛ける 映画祭で地域を変える挑戦とは?

3月21〜23日に初開催された「泉佐野フィルムフェス」は、泉佐野市が“エンタメ発信の新たな聖地”を目指して企画された。期間中は『踊る大捜査線』シリーズの本広克行監督らヒットメーカーが勢ぞろいし、新人発掘のための短編コンペティションも開催された。地方自治体とエンタメ界がタッグを組み、映画祭を開催する意味とは‥‥ 。

泉佐野市と聞き、真っ先に思い浮かべるのは、「ふるさと納税」だろう。大胆すぎるユニークな取り組みを巡っては総務省と法廷争いを繰り広げ、一時は制度から除外されたが、2020年の復帰後は全国の寄付額ランキング(23年度)では1位の宮崎県都城市、2位の北海道紋別市に次ぐ3位の175億1400万円を記録。“地場産品がなければ、作ればいい”と市外産を市内で加工することで、“泉佐野ブランド”として打ち出された牛タンやサーモンが人気を博している。そんな泉佐野市が新たな特産物として考えているのがエンタメだ。

同フェスは「世界から一番近い街の」「作り手と観客が一番近い」「映像×エンタメフェスティバル!」がコンセプト。監督自らが制作秘話を語るコメンタリー上映、声優や活弁士によるライブパフォーマンスなどを行い、作り手の生の声に触れられるのが特徴だ。

「映画などで街づくりを進めている自治体は多く、ロケ誘致などを通じて地域活性化を図っています。泉佐野市も90年代には国際映画祭を行い、まちの活性化に寄与していました。しかし、財政状況の影響でしばらく開催できていませんでした。今回、単なる上映だけでなく、さまざまな工夫を凝らしたイベントとして開催できることになり、これをきっかけに街づくりにつなげていきたいと考えています」

こう話すのは、泉佐野市長を4期務める千代松大耕(ちよまつ・ひろやす=51)氏だ。「今は年間10本程度だから、熱心な映画ファンと言えない」というが、10代の頃は映画館に通い、必ずパンフレットを買うほどだった。

関西圏では撮影所もある京都、兵庫県神戸市、姫路市、滋賀県彦根市などがロケ誘致に積極的だが、泉佐野市ではあまりロケは行われていない。今回の映像フェスも、ふるさと納税の地場産品同様、「なければ、作ればいい」との発想で始まった。


(左から)犬童一心監督、グランプリの全辰隆監督、千代松大耕・泉佐野市長

「エンタメを特産品にすることが実現できるかは別として、そういう発想はあります。映画ロケの誘致によって億単位の経済効果があったという報道もありますし、韓国など海外からのインバウンド観光客も増えてきている中で、そうした文化的コンテンツが地域にとって価値を持つのではと感じています」(千代松氏)

「さぬき映画祭」「くまもと復興映画祭」の運営に携わり、同フェスのプログラミング・ディレクターを務めた制作会社「ROBOT」の丸山靖博氏も、ロケ地としての泉佐野市の可能性をこう語る。

「泉佐野市は大阪市と和歌山市のほぼ中間に位置する10万人都市ですが、関西国際空港があり、市内にはホテルも多くあります。市外からのアクセスは抜群で、商業や文化施設、和泉山脈 (金剛生駒和泉国定公園) も近く、海、山河、緑あふれる恵まれた自然環境もあるので、フィルムコミッションなどの自治体の協力体制があれば、そのポテンシャルは十分あると思います」


丸山靖博 氏 (ROBOT)

「Lemino ROBOT短編映画コンペ」(22〜23日)はNTTドコモが提供する動画配信サービス「Lemino」と制作会社「ROBOT」が共催したコンペティションだ。2021年1月1日以降に完成した60分以内の短編作品が対象だが、計462本の応募があり、入選作10本が上映され、本広監督、『のぼうの城』の犬童一心監督、『ミッドナイトスワン』の内田英治監督、『顔だけじゃ好きになりません』の耶雲哉治監督が審査に当たった。


短編コンペの司会を務めたタレントのヴィトルと俳優の辻凪子

応募作は「PFFアワード2024」の約700本には及ばないが、462本は映画祭の応募作としてはかなり多い部類に入る。グランプリ賞金50万円を始め、機材の無償貸与などの特典が若いクリエーターの心をつかんだようだ。

グランプリ (賞金50万円) には『ミヌとりえ』の全辰隆 (チョン・ジニュン) 監督 (35) 、審査員特別賞 (賞金5万円) には『ボウル ミーツ ガール』の関駿太監督 (2023) が受賞したが、惜しくも受賞を逃した8名の監督にも、サプライズが待っていた。「L R Project」と題した新規事業のパートナーに選ばれたのだ。

「詳細については調整中ですが、入選された10本の監督とは今後も一緒に仕事をしたいと思っています。ROBOTは『ゴジラ-1.0』を始め、さまざまな映画、ドラマを作っていますが、若いクリエーターとの結びつきはあまりないので、フェスを通じて、新たな才能を発掘することが重要だと考えています」と丸山氏。

ゲストが自作を解説するコメンタリー上映では『亜人』(ゲスト:本広監督&テレビ西日本の人気旅バラエティー「ゴリパラ見聞録」のディレクター、富永治明氏) 、『シン・ゴジラ』(ゲスト:樋口真嗣監督&俳優の松尾諭) 、『声優グランプリpresentsスペシャルトークショー』(ゲスト:天野聡美、涼本あきほ、阪口大助) 、活弁士と声優が無声映画にリアルタイムでアテレコする『声優コラボ!活弁映画上映』(弁士:片岡一郎、ゲスト声優:大西綺華、野島健児) などユニークなプログラムが行われたが、動員には課題も残る。


『突貫小僧』で活弁する片岡一郎


『声優コラボ!活弁映画上映』(左から) 弁士・片岡一郎、声優・大西綺華、野島健児

最も動員を集めたのは、鈴木亮平&有村架純共演の『花まんま』(ゲスト・前田哲監督、4月25日公開)の特別試写。同作は朱川湊人氏の直木賞受賞作を原作に、大阪の下町で暮らす兄妹のふれあい、記憶をめぐる感動ファンタジーで、地元を舞台にした話題の新作映画が無料で観られることから、大きな注目を集めた。

丸山氏も「プログラムを考えること、魅力的なゲストを集めることも大事ですが、映画祭を成功させるには、地元の協力が不可欠です。運営には地元ボランティアの協力が欠かせませんし、宣伝のやり方、チケット販売の方法なども考えていく必要があります」と話す。

筆者は、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭、湯布院映画祭、さぬき映画祭、くまもと復興映画祭、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭などを取材してきたが、一番大変なのは、継続することだと実感する。

例えば、温泉地として有名な大分・由布院(ゆふいん)で1976年から続く湯布院映画祭は、観光と文化を融合させた好例だ。地元の旅館と連携し、訪れる観客に地域の魅力を体験させる仕組みができている。映画上映だけでなく、監督とのトークイベントや食とのコラボ企画も人気となっている。

映画祭は単なる文化イベントにとどまらず、町の魅力を内外に発信し、「地域の物語」を紡ぐ場でもある。観光資源や特産品と連動させることで、滞在時間や消費額の増加も見込まれ、自治体にとっては大きな経済的チャンスとなる。エンタメがまちを変える時代。泉佐野発のこの挑戦が、一過性で終わらず、地域の文化として根付くことを期待したい。

文 ・撮影 / 平辻哲也