
昨今、副業を推進する企業が増え、スキマ時間を活用した「スポットワーク」が流行している。そんななかSNSでは“タイミー営業”なるものが話題を呼んだ。これはスポットワークサービスのタイミーを使い、そのバイト先で本業の仕事の営業活動を行うことを指すが、これが一部で物議をかもしている。人材サービス事業に20年以上従事し、雇用労働関連の研究を行うワークスタイル研究家の川上敬太郎氏に話を聞いた。
SNSで賛否両論の“タイミー営業”、その実態は?
働き方の多様化や人材不足を背景に、近年、急速に広がりつつあるスポットワーク。そのなかでも、履歴書や面接不要でスキマ時間を利用して単発バイトができるアプリとして「タイミー」は利用者が多くなっている。
そんなスキマバイトでは、今「タイミー営業」なるものが話題を呼んでいる。
最近だと、SNSではこんな投稿がバズっていた。
〈忙しすぎて急遽タイミーを呼んだ話なんだけど。急遽呼んだので申し訳ないなと思っていたら。ニコニコ笑顔でいちご農家です。静岡から来ましたと言っており、えっなんでわざわざ東京まで来てくれたんですかと聞いてみると……〉
このポスト主はスイーツを製造・販売する会社のオーナーとみられ、自社の製造工場でタイミーを使って労働者を雇ったところ、その労働者がたまたま「いちご農家」だったという。そこでそのいちご農家の商品を使ったスイーツを考案し、販売したという経緯だ。
上記は成功例であるが、なかにはこんな意見も。
〈タイミー営業の話題。展覧会に営業に来る人が割といて、業務中に拘束されて「弊社のビジネスの話を聞いて!」というのが多いので、だいぶ苦手です。ご案件は事前にご連絡してからご来場下さい。この例みたいな騙し打ちみたいな営業いやすぎる。〉
雇用主側からは「タイミーを使って働いてもらうつもりが、業務中に関係のない話を聞かされて不快だった」という意見もみられ、賛否両論あるのだ。
川上氏に、こうしたタイミー営業の実態について聞いてみた。
「近年はタイミーなどのスポットワークが流行し、営業ツールとして用いられるケースが“新しい現象”として目立ってきていると思いますが、実は以前から存在している『日雇い労働』でも、似たような現象はあったと考えられます。
日雇い労働も基本的には同じ単発アルバイトの働き方ですので、就業先で知り合い、親しくなった人と本業の仕事の話で盛り上がり、契約などにつながるというケースはあるでしょう。
こうした“意図せぬ営業”は、日ごろ接点がない人と出会える場でよく起こるものです。タイミー営業と呼ばれる行為の多くも、営業目的ではない場所で起こっているケースがたまたまタイミーだっただけだと考えられます。
ただ、意図的である場合については、本来営業先ではない場所に潜入して営業行為をする、いわば “潜入営業”の一種と捉えられるでしょう」(川上氏、以下同)
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タイミー営業のメリットとデメリット
ではタイミー営業にはどんなメリットやデメリットがあるのか。まずは雇用主側についてはどうなのだろうか。
「雇用主にとってはデメリットの方が大きいといえるでしょう。例えば、接客業を行う企業がタイミーを使って採用した人物が、勝手に顧客に自社のサービスと関係のない営業行為をすれば、それはその企業にとって顧客の信用を失いかねない危険な行為であり、大変迷惑なわけです。
そして、業務時間中に営業行為をされた場合、その営業行為に費やされた時間は、純粋な労働時間として含まれません。例えば8時間労働の契約でも、営業行為に30分費やされたとすると、雇った企業側から見れば7時間半しか働いていないことになるのです。
デメリットが大きい一方、メリットがあるとすれば、人手不足が深刻な企業であれば、就業先での営業行為をオープンに容認する姿勢を見せることで、その企業の求人に多くの応募が見込めるかもしれません。しかし、人手不足のために労働者に営業の機会を提供する企業は少ないでしょう」
では、タイミー営業を行う被雇用者にとってはどんなメリットがあるのか。
「メリットとしてはやはり本業の仕事の売り上げを獲得するチャンスが増えるということが挙げられます。また本業の営業目的としてだけではなく、マーケティング目的でもスポットワークを活用できるでしょう。
取引企業や競合企業に潜入して市場調査をすることで、自社の商品を改善するための情報を収集したり、営業方針を学ぶ機会になったりするわけです。このように、自身の学びのためにスポットワークを活用するというメリットもあるのではないでしょうか」
このケースとしては、冒頭で紹介した「いちご農家が市場調査のためにタイミーを使ってスイーツ工場を回っている」というXのポストが当てはまるだろう。
しかし川上氏は、他人に迷惑をかけるような身勝手な営業行為を働くことは自身のデメリットにつながると指摘する。
「多くの企業では服務規律が定められており、労働にきちんと従事することを約束し、労働内容と関係のない行為を行うことは原則禁止されています。
もし就業先に事前に申告せず、勝手に営業行為を働けば、服務規律の違反となり、雇ってもらった企業からの信用を失うことになります。
最悪企業から損害賠償請求されることも考えられますので、こうした“騙し討ち営業”はすべきではないでしょう」