根深く蔓延る社会問題を投影した痛快刑事ドラマ『ベテラン』はなぜここまでヒットしたのか?シリーズの見どころとともに振り返り!

4月4日(金)からリバイバル上映される『ベテラン』は、2015年に韓国で公開され、韓国映画歴代5位の観客動員1340万人という驚異的記録を叩き出した国民的大ヒット作。シリーズ続編の『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』(4月11日公開)が待望の日本公開することを記念し、1週間限定で”カムバック上映”される。画面の迫力はもちろん、アクション映画の命である「音響」も、せっかくなら映画館のサウンドシステムで堪能してほしい。

監督はアクション映画の名手として定評のあるリュ・スンワン。主人公の武闘派刑事ソ・ドチョルを演じたのは、人気と実力を兼ね備える名優ファン・ジョンミン。かつて両者はダークな社会派刑事ドラマ『生き残るための3つの取引』(10)でも組んでいるが、『ベテラン』はいわば正反対の明朗快活な娯楽作だ。リュ・スンワン監督と数々の作品でタッグを組んできたチョン・ドゥホン武術監督とのコンビネーションも絶好調で、ジャッキー・チェンばりのコミカルな立ち回り、本気の痛みを感じさせる格闘戦のあわせ技は観客を熱狂させた。どこか重さや救いのなさを含みがちな近年の韓国映画では珍しいほどスカッとさわやかな痛快アクション活劇であることが、大衆に支持された大きな理由だろう。


型破りな熱血刑事ドチョルを筆頭にした広域捜査隊の面々は一丸となって捜査に奮闘(『ベテラン』) / [c]2015 CJ E&M Corporation, All Rights Reserved.

だが、観客のハートをつかんだのはそれだけではなかった。当時、韓国で社会問題化していたスキャンダラスな財閥の横暴を、強い怒りと痛烈な皮肉をもって描いていたからだ。それは現在まで続く格差問題の一端でもある。

■社会問題に切り込みながら、庶民の敵を懲らしめるカタルシス

ソウル地方警察庁広域捜査隊に属するドチョルたちが追うのは、大財閥グループの三世チョ・テオ(ユ・アイン)。生まれ持った地位と財産を武器に、法を無視した悪行三昧に溺れし、悪質な庶民いじめにまで手を染める始末。人の道を踏み外したボンボン野郎に、庶民派刑事が怒りの鉄槌を下す!というストーリーに、現実の不正義に憤る観客は溜飲を下げたのだ。ちょうど2014年の「ナッツリターン事件」に代表される韓国財閥一族の呆れるような不祥事が頻繁にニュースになっていた時期でもあり、誰かアイツらを懲らしめてくれ!という国民の欲求と、この映画のストーリーが見事に合致したのだった。


ドチョルがあるパーティーで出会ったのは、財閥の御曹司テオだった(『ベテラン』) / [c]2015 CJ E&M Corporation, All Rights Reserved.

多くの観客に好意的に迎え入れられる一方、娯楽映画による都合のいい「毒抜き」という辛辣な批評もされた。とはいえ、国民自身によって民主化を実現させた韓国の人々の正義感を、改めて強固にする効能も確実にあったはずだ。その正義感がどこかでねじ曲がり、変質してしまったらどうなるか?実は、それこそが続編『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』のテーマであり(詳しくは後述)、いまこそ『ベテラン』1作目を見返すのに絶好のチャンスとも言える。


テオの右腕、チェ常務。警察やマスコミはもちろん、ドチョルの妻にまで手を伸ばし事件をもみ消そうとする(『ベテラン』) / [c]2015 CJ E&M Corporation, All Rights Reserved.
なお、『ベテラン』には続編にも登板するレギュラーキャストの面々をはじめ、ユ・ヘジン、ソン・ヨンチャン、ペ・ソンウほか、韓国を代表する名優陣がこれでもかと投入されている。もうスクリーンを眺めているだけでも眼福の顔ぶれだが、なかには『ベテラン』以降にブレイクした若手俳優たちもいる。たとえば、チョ・テオの趣味である総合格闘技(MMA)の練習相手役を演じたオム・テグ。端役だがストーリーの劇的展開に一役買うキャラクターであり、当時の映画業界の期待値の高さがうかがえる儲け役である。また、チョ・テオのガールフレンドという役で、『プリースト 悪魔を葬る者』(15)で一躍注目される直前のパク・ソダムも顔を見せる。のちに『エクストリーム・ジョブ』(19)で人気を決定づけたイ・ドンフィの出演も見逃せない。

その後、韓国映画界では刑事アクションが人気ジャンルに返り咲き、『ベテラン』終盤にカメオ出演したマ・ドンソクの主演作『犯罪都市』(17)の大ヒットがそれを後押しした。ちなみにマ・ドンソクの出世作の1つが、前述の『生き残るための3つの取引』。のちに「ベテラン」シリーズのシナリオ作りに協力した警察関係者をスンワン監督に紹介したのもマ・ドンソクだったという。なんていい人なのだろうか。

■新作では、おなじみの顔&新入りで連続殺人犯と対峙


【写真を見る】ベテラン刑事ドチョルのもとに、新人パク・ソヌが加わりともに捜査へと繰りだす(『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』) / [c] 2024 CJ ENM Co., Ltd., Filmmakers R&K ALL RIGHTS RESERVED
大ヒット作『ベテラン』の続編は多くのファンに待ち望まれたものの、ジャンルの隆盛のおかげでほかと差別化するために企画は難航。約9年という時を経て、ついに誕生したのが『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』である。この間、前作の関係者にもいろいろあったが、結果的に多くのメンバーがカムバック。もちろん監督のリュ・スンワン、主演のファン・ジョンミンという鉄壁のコンビはそのままに、ボヤいてばかりだが頼れるチーム長役のオ・ダルス、変装&潜入捜査を得意とするミス・ボン役のチャン・ユンジュ、当たりはキツイが誰よりも夫ドチョルのことを理解する妻ジュヨン役のチン・ギョンなど、おなじみの顔ぶれの続投も嬉しい。


ドチョルが逮捕した前科者、ソグ所長(『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』) / [c] 2024 CJ ENM Co., Ltd., Filmmakers R&K ALL RIGHTS RESERVED
加えて、意外なキャラも再登場。前作では暴力団まがいの下請け運送業者だったチョン・ソグ(チョン・マンシク)が、嫌われ者の元服役囚として、さらに新聞記者パク・スンファン(シン・スンファン)が、視聴者数稼ぎに血道を上げる配信者「正義部長」として帰ってくる。これも新作観賞前の要チェックポイントだ。


今回の事件の鍵を握る謎の人物ミン・ガンフン(『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』) / [c] 2024 CJ ENM Co., Ltd., Filmmakers R&K ALL RIGHTS RESERVED
さらに本作の新顔としては、ソヌ役のヘインのほか、「梨泰院クラス」や「ユミの細胞たち」などで知られ、日本でも高い人気を誇るアン・ボヒョンが出演。事件のカギを握る重要人物ミン・ガンフンを演じている。

今回の敵となるのは、正義の名のもとに殺人を繰り返す謎のシリアルキラー“ヘチ”。その犯行はSNS上で熱狂的な支持者を生みだし、法の制約を超えた”真の正義の執行者”として、ドチョルたち本職の刑事たちを追いつめる。特に、正義のための暴力を遂行してきたドチョルは、高校生に成長した息子ウジンのいじめ問題という複雑な事態にも直面。正義とはなにかを改めて問われることになる。このドチョルの葛藤も、続編ならではの新機軸だ。


ドチョルに心酔する若手、ソヌにはチョン・ヘイン(『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』) / [c] 2024 CJ ENM Co., Ltd., Filmmakers R&K ALL RIGHTS RESERVED
そんなドチョルを試すかのように次々と事件を仕掛ける新人警官パク・ソヌの謎めいた存在感からも目が離せない。頭脳派かつ武闘派という異色のキャラクターを、チョン・ヘインが持ち前の純真さと透明感を逆手にとって巧演。その息詰まる心理戦を盛り上げるのが、スプリットフィルターを多用したブライアン・デ・パルマ調のトリッキーなカメラワークだ。さらに、Nソウルタワーでのチェイスシーンや、雨の屋上でのダンスのような格闘シーンなど、斬新なアクションも目白押し。これらの要素をパワフルに融合させてしまう豪腕ぶりが、さすがリュ・スンワン監督である。

■作品の礎を築く、“ベテラン・スタイル”


ドチョルらは、刑事としてのプライドを胸に偽りのヒーローに迫っていく(『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』) / [c] 2024 CJ ENM Co., Ltd., Filmmakers R&K ALL RIGHTS RESERVED
見どころは、やはりストーリーそのものだろう。あまりに巨大な期待を集めることになってしまった続編制作にあたり、いかに作り手が“ベテラン・スタイル”というべきものと向き合い、徹底的に掘り下げてみせたのかが伝わる内容だからだ。

これは当事者としてはなかなか難しい作業でもある。作り手のやりたいことと、観客が見出だしたシリーズの魅力が食い違ってしまう続編作品の例は、枚挙に暇がない。『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』はその点を見事にクリアしつつ、難易度の高いチャレンジも同時におこなった意欲作でもある。

作品の根幹に関わる“ベテラン・スタイル”の1つに、テーマを描くアプローチがある。たとえば「犯罪都市」シリーズは、実際に起きた犯罪事件をもとに、綿密なリサーチと巧みなアレンジによってシナリオが作られている。だが「ベテラン」シリーズが見据えるのは個々の事件ではなく、より大きな「韓国社会の病巣」というモチーフだ。1作目のテーマは「格差社会における富裕層の暴走」、そして2作目は「インターネット社会における正義の暴走」と言えようか。作り手がこのテーマを見つけだし、ストーリーを練り上げるまでに、とことん時間をかけたことは想像に難くない。


前作に引き続き、ジョンミンがドチョルとして奔走!(『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』) / [c] 2024 CJ ENM Co., Ltd., Filmmakers R&K ALL RIGHTS RESERVED
劇中、本作の悪役“ヘチ”は、主人公ドチョルが生んだモンスターでもある、とも受け取れるように描かれている。正義の熱血ヒーロー刑事への憧れが、思うようにいかない現実とのギャップ、そこから生じる絶望に拍車をかけ、極端な犯行に走らせたのではないか?というような想像もできる。それは『ベテラン』1作目に熱狂し、ドチョルの活躍=正義の暴力に快哉を上げた我々観客の姿なのかもしれない。もちろん作り手にもその責任は跳ね返ってくるわけで、そういう意味でリュ・スンワンはなかなか危険な題材に挑んだとも言えよう。

また、劇中には「正義」を声高に語る人間が、偏った情報に踊らされてしまうという描写も盛り込まれている(いまの日本人なら痛いほどわかるはずだ)。ベトナム人のシングルマザーという社会的マイノリティの登場人物を絡め、いわれなき差別的思想に染まりやすい現代社会の問題点を鋭く突いてみせる。このように娯楽一辺倒には終わらないところも、また“ベテラン・スタイル”のひとつだ。


ドチョルらは、刑事としてのプライドを胸に偽りのヒーローに迫っていく(『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』) / [c] 2024 CJ ENM Co., Ltd., Filmmakers R&K ALL RIGHTS RESERVED
ファン・ジョンミンが満身創痍になりながらも犯人に立ち向かっていく雄姿、そして同じく打たれ強い仲間たちとの共闘関係など、本作を『ベテラン』の続編たらしめている要素は数多い。それらも含め、作り手が自分たちの成し遂げた“ベテラン・スタイル”を決して外さなかったことが、9年ぶりの続編を成功させた最大の要因なのではないだろうか。まずはこの機会に『ベテラン』1作目とスクリーンで再会し、しかるのちに新作『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』と相対するのが、最高の流れである。

文/岡本敦史