やっぱりポン・ジュノ監督作品は一味違う ! 『ミッキー17』の近未来は人間臭くてたまらない  (vol.64)

新作『ミッキー17』の公開に合わせて、監督の業績を彩る回顧展がロサンゼルス,アカデミー映画博物館で公開。過去作品が常設の映画館で上映されるなど、監督の人気が窺える。ジュノ監督は全米公開前に、NY のフィルムフォーラムのQ&Aに参加し、「僕の作品の主人公は『デューン砂の惑星PART2』のような立派なSF映画ヒーローとはちがい、靴下に穴が空いているような底抜けの小心者なんだ。」と語って観客の笑いを誘っていた。常に、世の中の空気を取り込んで、エンターテインメント映画を展開させてきたポン・ジュノ監督。重いニュースに潰されそうになっている人にうってつけの娯楽大作『ミッキー17』は、SF作品でありながら、人間臭さが残る作品で五感にあふれ、新たなポン・ジュノ作品の境地に我らを誘ってくれる。

全人未踏のヒューマン・プリンターが人類を滅ぼす ! ?

映画の舞台は近未来。小心者のミッキー・バーンズは友人にそそのかされ、借金地獄に陥り、その危機から脱出するために、宇宙コロニー開拓を目指す企業の宇宙船の船員となって人生のやり直しを決意 。しかし、地球でもついていなかったミッキーは宇宙でも同じ。契約書を読んでいなかったために、気づけばエクスペンダブル、つまり使い捨て人間の契約を結び、自らのDNAデータを悪徳企業に売却していた。現代の3Dプリンターはこの映画では過去の話。進化した近未来では、医療や生命科学の発展に欠かせない動物実験の代わりに、全身スキャンに同意した使い捨て人間が実験動物。ミッキーは、その精巧なコピーとして誕生したミッキ-1から、未知の新薬開発などの危険な任務に身を投じ、死んではすぐに新コピーとして生まれ変わる日々を送っていた。

ロバート・パティンソン演じるミッキー・バーンズは“ミッキー17”として再度生まれ変わる。しかし、これまでスキャンされたミッキーたちの記憶はそのDNAに残されていて、文句も言わずに17回もコピーされてきたミッキー17は、これまでより哲学的。さすがに誰一人として17回目の誕生を祝わなければ、彼の命を尊ぶ者もいない。これでいいのかと悶々とする時間は使い捨て人間にはない。営利まっしぐらの宇宙開拓リーダーの指令で、異生物の採取という危険な任務を遂行。氷の惑星に降り立つものの、雪渓の深い割れ目にはまり置いてきぼりにされる。誰も助けに来るはずはなく静かに死を待つミッキーの前に、お調子者のティモが登場し「きみはミッキー16だっけ?」とおどけてみせる。彼は、ミッキー17を助けにきたわけではなく、武器を取り戻しにきただけ。使い捨て人間になったミッキーには、友達からも無下な扱い。いざ、自らの運命を受け入れて宇宙生物クリーパーに食われると思いきや、ダンゴムシのようにコロコロ動くクリーパー集団はミッキー17をクレバスから脱出させる。初めて命を救われた喜びを味わったのも束の間、悪徳企業はすでにミッキーの新コピーをスキャン済。目の前に現れたミッキー18の性格は自身とは違う、たちの悪い攻撃的なミッキー。しかも、自分の部屋で唯一、信頼している彼女のナーシャにやさしくされ、鼻の下を伸ばしているのだった。

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感性に訴求するSF世界のオリジナリティ

3Dプリンティングで武器や家の建築を作成できるなど、今まで考えられなかったことが現実化されてきている現在。ヒューマン・プリンティングという発想は、人口知能AIの脅威とともなって刺激的な仮説となり、本作ではそのプリンター映像が、 視覚、触覚にあふれるVFX映像で表現されていて斬新。トンネル型のMRIのような装置の中からスキャンされるミッキーは培養液のようなひたひたの液に包まれていて、生まれたてのロバート・パティンソンの白い裸体が何度も出力される 。

脚本執筆中だったポン・ジュノ監督が、パティンソンを主役にしたいと思ったのは、ジョシュ&サフディ兄弟が監督・脚本を手がけた『グッド・タイム』(2017)を観た時。ロバート・パティンソンは数多くの映画に出演していて、クリストファー・ノーラン監督作『TENET テネット』(2020)や、A24で製作・配給された、ロバート・エガース監督のサイコロジカル神話ホラー『ライトハウス』(2019) など、演技の幅も広い。時代をさかのぼれば、『ハリー・ポッター』シリーズの『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』(2005) 、『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』(2007) に出演したり、『トワイライト』(2008~2012) シリーズでティーンを熱狂させた時代もあり、役者として常に前進している。今作は一人二役を、見事に違う人間として演じているのが見どころ。『トワイライト』シリーズで演じたヴァンパイアも不死だったが、今回もまた「使い捨て」という不死の役どころで、コミカルながら違う意味で不死を苦悩している 。人は永遠に生きられないことを逆手にとり、今をどう生きるかを主人公を通じて問いているところも、ポン・ジュノ監督映画らしいディープな味わいがある。

監督の名をグローバルに有名にした映画『パラサイト 半地下の家族』(2019) は、貧富の差からうまれた社会の歪みを大胆に描き、激しい憎しみで人がどう変わるかを描いていた。監督の過去作では『母なる証明』(2009) や『殺人の追憶』(2003) といった確固としたジャンル映画も人気だが、VFXを起用したマルチなビジョンなエンターテインメント娯楽作もすごい。『ミッキー17』はSF風刺コメディで、どちらかというと『グエムル -漢江の怪物-』『Okja/オクジャ』の傾向に近い。『Okja/オクジャ』は当時、Netflixオリジナル作品で配信サイト向け作品だったにもかかわらず、カンヌ国際映画祭で上映されたりと、コンセプトの斬新さとエンターテインメント性で、じわじわと人気を博した映画だった。階級格差はこれらの娯楽映画でもフォーカスされ、農業参入の大企業と一農家が育てた改良豚のオクジャをめぐって繰り広げられる冒険物語は、絵本「シャーロットのおくりもの」を思い起こさせるようで、食肉の環境課題を、大胆なファンタジー作品で表現して画期的だった。

『Okja/オクジャ』に出演以来、監督とコラボを始めた韓国系アメリカ人俳優スティーブン・ユァンはこの映画では、ミッキーをそそのかして2人で借金を抱える自分勝手な友達ティモを演じる。開拓企業では一人だけ、かっこいいパイロット役になってミッキーを見下す信用の置けない人間なのに、ミッキーにとってはただ一人の友人という役を好演している。

悪徳開拓企業の長、ケネス・マーシャルを演じる俳優マーク・ラファロもまた存在感抜群。近年、ヨルゴス・ランティモス監督作『哀れなるものたち』(2023) でも味のある役を演じていたが、今回は、ほぼ独裁者でナルシストな宇宙開拓リーダーを演じていて、『オースティン・パワーズ』シリーズ (1997~2002) でマイク・マイヤーズが演じたドクター・イーブルを思い起こさせる。監督は「脚本は2022年に完成しているので、今のアメリカ政治には一切関係がない」と話していたが、米批評の中には、マーシャルと世界有数の富豪、イーロン・マスクと重ね合わせて見てしまったというコメントに納得させられる部分もあった。

原作「ミッキー7」には存在しないのがマーシャルの妻役。常にハイクオリティを目指し、原始的な宇宙コロニーをいかに進化させるかは、ソースが決めてなのだ、と食にこだわる独裁的なパートナーの役は、監督のこだわりあふれるキャラクター 。ベテランのトニ・コレットが粋な演技でリードし、そのほかの若手女優陣、ナーシャ役のナオミ・アッキー、魅力的なレズビアン戦士、カイ役のアナマリア・バルトロメイ、セクシーなヒューマン・プリンター技師、アーカディ役のキャメロン・ブリットンたちもそれぞれ魅力的で、ミッキー17、そしてミッキー18の未来をめぐる攻防戦は、映画館に行って楽しみたい娯楽大作である。

文・撮影 ( ポン・ジュノ展) / 宮国訪香子

作品情報

映画『ミッキー17』

人生失敗だらけの“ミッキー”が手に入れたのは、何度でも生まれ変われる夢の仕事、のはずが‥‥ !? それは身勝手な権力者たちの過酷すぎる業務命令で次々と死んでは生き返る任務、まさに究極の“死にゲー”だった!しかしブラック企業のどん底で搾取されるミッキーの前にある日、手違いで自分のコピーが同時に現れ、事態は一変。使い捨てワーカー代表、ミッキーの反撃が始まる!

監督・脚本:ポン・ジュノ

原作:「ミッキー7」エドワード・アシュトン (早川書房)

出演:ロバート・パティンソン、ナオミ・アッキー、スティーブン・ユァン、トニ・コレット、マーク・ラファロ

配給:ワーナー・ブラザース映画 

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公開中

公式サイト mickey17