1億年前のハチは「尻」で獲物を捕まえていた / Credit:Qiong Wu et al . BMC Biology (2025)
約9900万年前の白亜紀に生息していたある化石寄生バチが、「尻」で獲物を捕まえていた――。
そんな驚きの化石証拠が、中国の首都師範大学(CNU)で行われた研究によって明らかになりました。
ミャンマー北部のカチン琥珀に閉じ込められていたメスの寄生バチ16体を調査したところ、腹部の末端がまるでハエトリソウのようにパックリと“開閉”する構造を備えていることがわかったのです。
通常、寄生バチの多くは前脚や顎(あご)を使って宿主を捕まえたり麻痺毒を注入したりします。
しかし、今回見つかったこの新属新種(Sirenobethylus charybdis)は尾(腹部の先端)のほうが主役。長く伸びた“トリガーヘア”(感覚毛)が獲物の接近を感知すると、瞬時にふた状のパーツを閉じて挟み込む――そんなシーンが白亜紀の森で繰り広げられていたと考えられます。
これまでに報告がないほど奇抜な捕獲戦略に、専門家も「まるで小型のハエトリソウが獲物を待ち伏せしていたかのようだ」と驚きを隠せません。一体、“尻の挟み込み装置”はどんなふうに機能し、当時の生態系でどのような役割を果たしていたのでしょうか?
研究内容の詳細は『BMC Biology』にて発表されました。
目次
古代生態系の謎―白亜紀に息づいた捕獲の進化1億年前の怪奇:お尻で獲物を捕らえる寄生バチ寄生バチが語る失われた捕獲戦略
古代生態系の謎―白亜紀に息づいた捕獲の進化
1億年前のハチは「尻」で獲物を捕まえていた / Credit:Qiong Wu et al . BMC Biology (2025)
古代の昆虫がどんな方法で獲物を捕まえ、当時の生態系にどう関わっていたのかは、化石の断片的な手がかりから推測するしかありません。
昆虫は地球上でもっとも多様な動物グループとされ、現在だけでも100万種以上が知られています。
中には、カマキリやカマキリモドキ(Mantispidae)が鎌状の前脚をもったり、ドライニッドバチ(Dryinidae)がはさみ状の前脚でヨコバイを捕まえたり、トラップジョーアント(trap-jaw ants)がバネ仕掛けの顎をもつなど、獲物を捕獲するために進化したユニークな構造が存在します。
しかし、こうした“捕獲武器”が白亜紀の昆虫にもあったのか、そしてどのような仕組みだったのかはまだ十分に解明されていません。
そんな謎に挑む材料として近年注目されているのが、約9900万年前の樹脂が化石化したカチン琥珀です。
ミャンマー北部のカチン地方で産出する琥珀からは、当時の昆虫が精巧に封じ込められた姿が多数発見されており、「サーベルのような顎」をもつ絶滅アリなど、現生種には見られない特殊形態が次々と報告されています。
今回の研究チームが注目したのは、このカチン琥珀から見つかったメスの化石寄生バチ16体です。
一見すると普通のハチに近い姿に見えますが、腹部(※腹の部分)の先端を詳しく調べると、上下2枚と中央1枚、合わせて3つのふた(小さな扉のような板状パーツ)が重なり合っていました。
さらにふたの縁には長い毛が並び、食虫植物のハエトリソウがもつ感覚毛のようにも見えたのです。
どうしてこのような“ハエトリソウ的”な構造を腹部が獲得したのか。当初、研究者たちは首をかしげましたが、現生の寄生バチもホストを一時的に動けなくするための多彩な手段をもっていることから、捕獲や産卵時の戦略として進化した可能性が浮上しました。
実際、同じカチン琥珀から見つかった他のバチやアリにも、現生にはない捕獲戦略を思わせる痕跡が認められています。
そこで今回の研究チームは、微小CTスキャン(X線で標本を3次元的に可視化する方法)など最先端の観察手法を使って、この腹部内部の構造と筋肉の痕跡を詳しく調べ、さらには近縁の寄生バチや捕食性昆虫と比較することにしました。
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1億年前の怪奇:お尻で獲物を捕らえる寄生バチ
1億年前のハチは「尻」で獲物を捕まえていた / Credit:Qiong Wu et al . BMC Biology (2025)
研究チームが詳しく分析したのは、ミャンマー北部のカチン地方で採取された琥珀に閉じ込められたメスの化石寄生バチ16体(Sirenobethylus charybdis)です。
保存状態が非常に良好だったため、腹部の微細な構造まで観察できたのが大きなポイントでした。最大の見どころは前のセクションでも触れた「腹の先端にあるふたのような板状のパーツ」(以下「ふた」と呼びます)が上下2枚、中央1枚の合計3枚重なっていることです。
この「ふた」がどのように動き、何のために機能していたのかを解明するため、研究チームは微小CTスキャンという特殊なX線撮影を実施。琥珀を破壊することなく、その中の構造を3次元的に可視化できる方法です。
すると、ある標本ではふたが閉じた状態、別の標本では開いた状態で保存されていることを突き止めました。さらに腹の内側には、ふたを動かすために筋肉が取り付いていた痕跡も確認。
これらのデータを総合すると、獲物をパチンと挟んで逃げられなくする仕掛けだった可能性が濃厚だとわかったのです。
より具体的には
3枚の「ふた」が重なっている
おしりにあたる腹部の先端に、上下2枚と中央1枚の板状パーツがあり、それぞれ独立して動ける構造が確認されました。
長い毛(トリガーヘア)がセンサー役
「ふた」の縁には長い毛があり、獲物が触れた際に感知して瞬時に閉じるきっかけになると考えられます。
内側にトゲ状構造
微小CT画像から、「ふた」と「ふた」が合わさる内面に小さなトゲが並んでいることが判明。獲物を挟み込んだ際に逃げにくくする仕組みとみられます。
捕獲と同時に産卵や毒の注入が可能
「ふた」のすぐ近くには産卵管(毒針を兼ねる場合も)と考えられる針があり、獲物をしっかりホールドしたまま刺したり卵を産みつけたりできたようです。
という結果が得られました。
これらを総合すると、この化石寄生バチは後方に待ち伏せして、獲物が近づくと“ふた”をパチンと閉じて捕らえ、逃げられないうちに産卵や毒の注入を行ったと想定できます。
現代の多くの寄生バチが前脚や顎でホストをつかまえるのとは異なる、きわめてユニークな戦略だったわけです。
なぜこの研究が革新的なのか?
尻の先端の「ふた」を駆使して獲物を捕らえる寄生バチは、現生の昆虫でも報告例がなく、化石から直接わかったのは今回が初めてです。
しかも、開閉の異なる状態で保存された複数の標本を比較したことで、この構造の仕組みを具体的に復元できた点が画期的といえます。
白亜紀の昆虫が現代に匹敵するほど多様な捕獲システムを進化させていたことを明確に示す事例であり、“からだ”そのものが巧みに獲物を挟む仕掛けを約9900万年前から備えていたという事実は、昆虫進化の見方を変える発見です。