誰もが知っている国民的ヒーロー「アンパンマン」は、初期には現在と大きく異なるルックスだったことを知っていますか? そこには、原作者のやなせたかし先生が込めた深い思いがありました。



絵本『あんぱんまん』(フレーベル館)

【画像】え…っ? 朝ドラでは北村匠海さんが演じるけど実際は? こちらが「若い頃のやなせたかしさん」です

クレーム殺到の過去も……やなせ先生が「アンパンマン」を生み出したのはなぜ?

 2025年3月31日(月)より、NHKの「連続テレビ小説」で『あんぱん』が放送されます。本作は、『アンパンマン』を生み出したやなせたかし先生と、その妻である暢(のぶ)さんをモデルに、ふたりが人生の荒波を乗り越えていく物語です。ドラマでは、ヒロイン「朝田のぶ」を今田美桜さんが、やなせ先生をモデルとした「柳井嵩」を北村匠海さんが演じます。

 現在では一般的に広く知られているヒーローの「アンパンマン」には、原作にまつわる意外な裏話が多くありました。

 最初の『アンパンマン』は、1969年に雑誌「PHP」(PHP研究所)で、やなせ先生の童話として発表されます。アンパンマンといえば、顔がアンパンでできているビジュアルが思い浮かびますが、この当時は現在と異なり人間の顔をしていました。

 スカーフのようなものを被り、マントで空を飛ぶ丸顔の人物として描かれたアンパンマンの姿は、『十二の真珠』(サンリオ)という短編童話集で確認できます。見た目は大きく違いますが、いまと同じようにお腹を空かせた子供たちにパンを配るヒーローとして描かれていました。

 正直、空を飛べる以外は「普通のおじさん」に見えるこの元祖アンパンマンについて、やなせ先生は自身の著書『わたしが正義について語るなら』(ポプラ社)のなかで「自分でパンを焼いているから、マントには焼けこげがある。太っているし、顔もあんまりハンサムじゃありません。非常に格好悪い正義の味方を描こうと思った」と語っていました。そして、「正義の味方は自分の生活を守ってくれる人ではないか」と自身の考えを記しています。

 また、2018年5月9日に放送された日本テレビの『1周回って知らない話』では、アンパンマンの衝撃的な姿のせいで、保護者たちから絵本の販売中止を求めるクレームが殺到したことが明かされました。

『だれも知らないアンパンマン やなせたかし初期作品集』(フレーベル館)で確認できる初期のエピソードでは、いまのように一部をちぎって渡すという描写ではなく、アンパンマンが自らの顔を丸ごと差し出して、直接かぶりつかせたり、顔を全部食べられて「首なし」状態で空を飛んだりするという場面もあります。たしかに子供に見せるには、少し怖い描写かもしれません。

 ただ、やなせ先生がここまで「自分を差し出す」ヒーローを生み出した背景には、戦争中の体験があったようです。前述の『わたしが正義について語るなら』で、やなせ先生は当時について「ぼくが飢えを実感したのは兵隊として戦争に行った時でした(中略)耐えられないのは何かというと、食べるものがないということだったのですね(中略)なんでもかんでも食べたくなっちゃう。一番辛いのは食べられない、飢えるということだったんです」と綴っていました。

 続いて、戦争が終わって目にするようになった海外の「スーパーマン」や「スパイダーマン」などのヒーローについて、「彼らは、飢えた人を助けに行くとか、そういうことは全然やらない」と言及しています。そして「まず飢えた子どもを助けることが大事だと思った。それが戦争を体験して感じた一番大きなことでした」と、顔が食べ物のヒーローに込めた思いを明かしていました。

 アンパンマンは、いまや誰もが知っている国民的ヒーローといっても過言ではないでしょう。そこに込められた深い誕生秘話を知ると、違った視点で見えてくるものがありそうです。こういったエピソードが、朝ドラ『あんぱん』ではどのように描かれるのか、楽しみに待ちましょう。