
立ち上がった多くの住民が女性だった
このレジデンスの歴史において分水嶺となったのは2018年2月21日に開催された総会だった。
例年の総会と違ったのは、管理費が約30年ぶりに増額することが可決され、1.67倍という小さな上昇ではなかったことが大きかった。これまで、数多の謎ルールもマンション生活のためならと我慢していた住人たちだったが、さすがに毎月の持ち出しが大幅に増えることはよしとしなかった。住民たちの怒りは爆発したが、委任状の過半数を持っている管理組合側の主張だけが通った。
総会に出た人たちの会合を重ねていく中で、リーダーとなった手島は理事会打倒の道を模索し始めた。そこで理解したのは、「マンション管理において、過半数の賛同を得ているのは絶対的な効力を持つ」ということだった。
反・理事会メンバーは「有志の会」と名乗るようになり、総会での負けを経験し、コロナパンデミックで活動に制限がかかるなど、分裂の危機を何度か迎えながら、「レジデンスをより良くする会」(通称「より良く会」)へと名称を変える。
そして2021年11月6日、過半数を取らなければならない総会という闘いの幕が開いた。
この1票を巡る闘いは僅差で「より良く会」が過半数を制することになった。長い間取材してきた栗田さんは何が勝因になったと感じていたのか。
「僕の中ではわりと大きなポイントだったのは会を指揮したり、実行部隊的な役割を担って委任状のことで他の住民に電話したり、手紙を直筆で書いて送ったりしていたのがおもに女性たちで、男性の活躍はかなり限定的だったことです。
手島さんという強烈なリーダーがいて、彼女を支える人たちもほとんどが女性でした。でも、彼女たちは市民団体のように主義や思想が根幹にあるわけではなく、ピュアに自分たちの生活を守りたいという人の集まりだった。
彼女たちはマンション自治を取り戻すために過半数の委任状を取ろうと活動していましたが、『女がやってもできるわけない』と時代錯誤的なことを他の住民たちに言われても、みなさん仕事も子育てもしながら諦めずにやり続けたんです。なぜそこまでできるのか、単純にすごいな、と思いました。
その純粋さと継続的な熱量が彼女たちにあったからこそ、理事会の交代に繋がったと思っていますし、その姿に惹かれたから最後まで執筆できました」
彼女たちのレジスタンス(抵抗運動)によって、“渋谷の北朝鮮”と揶揄されたマンション自治は住民たちの手に戻り、謎ルールは廃止された。
しかし、日本各地に建てられているマンションでも「高齢化」が目立つようになり、管理組合を発端とした住民とのトラブルは今も起き続けている。
取材・文/碇本学 写真/毎日新聞出版提供
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ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス
栗田シメイ
2025年3月5日1760円(税込)単行本ISBN: 978-4620328263新宿駅からわずか2駅、最寄り駅から徒歩4分。都心の人気のヴィンテージマンションシリーズにもかかわらず、相場に比べて格段に安価なマンションがあった。 その理由は、30年近くにわたる一部の理事たちによる“独裁”管理とそこで強制される大量の謎ルールにあった。 身内や知人を宿泊させると「転入出金」として1万円の支払い、平日17時以降、土日は介護事業者やベビーシッターが出入りできない、ウーバーイーツ禁止、購入の際の管理組合との面接……など。 過去、反対運動が潰された経緯もあり住民たちの間に諦めムードが漂うなか、新たに立ち上がった人たちがいた!! 唯一の闘いのカギは「過半数の委任状集めること」。正攻法で闘うことを決め、少しずつ仲間を増やしていくが、闘いは苦難の連続だった……。 マンションに自治を取り戻すべく立ち上がった住民たちのおよそ4年にわたる闘いをつぶさに描いたルポルタージュ。
———————– 目次 ————————–
プロローグ 第1章 立ち上がる住民たち 第2章 海辺の町のもう一つの闘い 第3章 有志の会、戦略を練る 第4章 変化を受け入れ再出発 第5章 決裂と再生――そして迎えた運命の日 エピローグ