
日本出版販売が発表した2024年の作家別絵本販売冊数で『アンパンマン』の作者・やなせたかし氏を抑えて1位を獲得した柴田ケイコ氏。代表作『パンどろぼう』シリーズは累計430万部を超えている。いま、いちばん読まれている絵本作者・柴田ケイコ氏にインタビューを行ない、制作の裏側に迫った。
名刺に描かれていたイラストが『パンどろぼう』の出発点だった
累計430万部を超える『パンどろぼう』シリーズ、同作の主人公は、美味しいパンが大好きで、パン屋からパンを次々に盗む“パンのどろぼう”だ。
少し間抜けで茶目っ気たっぷり、思わず笑ってしまう「まさか!」の表情を見せながら、周囲を巻き込んで成長する姿などが幅広い読者層から支持を集めている。
いま、いちばん読まれている絵本作者・柴田ケイコ氏に話を聞くと、『パンどろぼう』の人気の秘密が見えてきた。
——『パンどろぼう』はどのようにして生まれたのでしょうか。
柴田ケイコ(以下、同) 2020年に『パンどろぼう』を発売する前から、しろくま×食べ物の絵本シリーズを描いていました。私自身食べることが好きで、食べ物シリーズが得意だったんです。
あるとき、名刺を交換したKADOKAWAの編集の方が、私の名刺に描いてあった、パンをかぶったしろくまのイラストに注目してくださったんです。実は、この絵が“パンどろぼうの結城さん”というタイトルで、『パンどろぼう』の前身にあたります。
——動物がパンをかぶる、というのが斬新です。発想の原点は?
私自身、パンが大好きで、毎朝欠かさずにパンを食べています。今朝もチーズを乗せた食パンを焼いて食べましたし、パン屋さんで“季節のパン”が売っていると思わず手が伸びます。
そんな毎日を過ごす中で、ふと“動物が帽子みたいにパンをかぶったら、おもしろいのでは?”と急に降ってきて“描きたい”と思ったのがきっかけです。
——『パンどろぼう』では、しろくまではない動物がパンをかぶっていますね。
最初、いろいろな動物が脳内を駆け巡りました。お猿さんもひとつの案でしたが、ただ、動物は体が見えるとなにかわかってしまうので、パンがすっぽりかぶれるサイズ感がいいな、と。
さらに、どろぼうというイメージに合うのはなんだろう?と考えた結果、しろくまよりも作中に出てくる動物がぴったりだ!と思い、決めました。
——柴田さんにとって“忘れられない絵本”との出会いはありますか。
私は、絵本作家になる前からイラストレーターとして活動しているのですが、駆け出しだった頃、ある絵本に出会いました。当時、たまたま立ち寄った古本屋で長新太さんの『ぼくのくれよん』(講談社)を手にとり、ページをめくった瞬間に衝撃を受けました。
ゾウがクレヨンを持っているのですが、そのクレヨンがゾウに合わせて大きく描かれているんです。見開きでドーンとクレヨンが並んでいる。見せ方ひとつでこんなに変わるんだ、と。
それまで私は、童話、昔話が絵本の世界だと思っていたので、世界が広がった瞬間でもありました。長新太さんの絵本は今でもよく読みます。
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「シリーズ化して続けていくなかで毎回ちょっと苦労しています」
——パンが主人公の物語といえば『アンパンマン』を思い浮かべる人も多いと思いますが、読み手の反応など、心配事も多かったのでは?
そもそも“どろぼう”のお話なので、特に意識することや心配することはありませんでした。
心配だったのは、『パンどろぼう』ってどろぼうだけど、そもそも子ども向けの絵本のキャラクターとして大丈夫かな? 受け入れてもらえるかな? ということでした。
——『パンどろぼう』の魅力はどこにあると考えますか?
(主人公が)パンに対する熱い愛があって、出会った周りの人たちを成長させていくとともに、パンどろぼう自身も成長していくところではないでしょうか。
シュールな表情や間抜けなところも愛らしく、毎回、新しいキャラクターが出てくることも魅力のひとつとして捉えていただいているのかな、と感じています。
あとは、読み進めていっても間延びしないように“おもしろい!”と思いっきり笑える、オチのようなポイントをひとつ作ることにこだわっています!
——『パンどろぼう』1作目での「まずい」のセリフと表情には、笑わせてもらいました。「まずい」を大々的に書くことに、迷いはなかったのでしょうか。
迷いはなかったのですが、ただ“気持ち悪いと思われないか?”という不安は少しありました。
しかし、日々いただくファンレターには、“パンどろぼうが大好きです”という言葉とともに、“まずい顔”のパンどろぼうの絵が添えられていることも多く、描いてよかったです。
——25年1月には『ぬりえ絵本 パンどろぼう』も発売されましたね。
当初は『パンどろぼう』という作品を一冊、世に送り出せたらいいかなと思っていました。後のことは考えていなかったので、実は、シリーズ化して続けていくなかで毎回ちょっと苦労しています。
ストーリーが浮かばなかったり、うまく下書きが描けなかったりすることはよくあります。1作目はキャラクターありきで描くことができたのですが、通常は“こんなストーリーにするなら、こんなキャラクターがいいかな”と同時に考えていきます。一人で、というよりも、編集者の方とアイデアを出し合い、頭の中を整理しながら形にしていきます。
ストーリーとキャラクターを練り始める段階から、できあがるまでに早くて半年、長くて10ヶ月ほどかかることもあります。
新たに発売された“ぬりえ”は、いつの時代も子どもたちが好きなので、編集者のみなさんから“いつか出しましょう”と提案をいただいていていた企画なんです。