「重音テトが歌って踊る“生演奏ライブ”がやりたい!」という志のもと、ベーシスト・亜沙(VOCALOIDクリエイター / 和楽器バンド)と重音テトの声を制作している小山乃舞世がタッグを組んで開催した<重音テト×亜沙 テトライブ2025>。

◆ライブ写真

開催のためのクラウドファンディングは目標金額の253%を達成し、支援者の楽曲リクエストの反映、豪華VOCALOIDクリエイター陣によるDJプレイ、原口沙輔率いるクリエイター集団CDsによる書き下ろしテト曲を収録した限定盤『lite to.flac』のリリース、後日配信と映像作品化など、ネクストゴールによるクオリティアップが多数盛り込まれた。

初音ミクを草分けとして現在は様々な歌声合成ソフトウェアが波及しているが、なかでも重音テトはなかなか異端な存在である。2008年に巨大掲示板にてユーザーたちの手によりエイプリルフールの企画として誕生したものの、その後すぐに歌声合成ツール・UTAUによりテトボーカルの楽曲制作が可能となった。2023年にテト仕様のSynthesizer V AI用ライブラリがリリースされるとテトブームは再燃し、「オーバーライド」、「人マニア」(※使用ソフトはUTAU)、「ライアーダンサー」などたちまちヒットソングが多数生まれた。つい先日、2010年に発表されたゴジマジP/ラマーズPの楽曲「おちゃめ機能」でマクドナルドとコラボレーションしたことも記憶に新しい。

亜沙は2012年夏にテトを使用してソロ楽曲「吉原ラメント」を発表した。ちなみに同曲MVの動画、イラスト、台詞、調声は小山乃が担当している。2014年には重音テトボーカルのフルアルバム『吉原ラメント〜UTAU盤〜』をリリース。両者とも、テトの歴史を語るうえで欠かせない人物だ。そんな彼が小山乃と二人三脚で1年以上の時間を掛けて企てた祭典<重音テト×亜沙 テトライブ2025>は、隅々まで両者のクリエイターとしての美学とテトへの愛情が貫かれた一夜となった。

SEに乗せてステージバックのスクリーンにオープニングムービーが流れ始める。観客はテトの髪色に合わせて赤いペンライトを点灯させ、ステージには亜沙バンドの面々とテトが登場。「おちゃめ機能」でライブをスタートさせた。スクリーンに映し出されたテトはしなやかな身のこなしで観客を魅了するだけでなく、実際にステージに登場や退出をする様子まで捉えられる。加えて歌唱はすべてこの日のために小山乃が特別な歌唱を制作したものだ。テトがその足でステージへと入場し、亜沙バンドの生演奏と親和性の高いボーカルを響かせ、音に乗って華麗に舞う姿は、重音テトという歌姫が生きてこのステージに上がっているようにしか見えない。亜沙が「盛り上がっていきましょう!」と呼びかけて間髪入れずに「浮気者エンドロール」へとつなぐと、観客のボルテージは急上昇した。

ドラムのビートに乗せてテトは「皆さんテトライブ2025にようこそ! 今日は最後までテト三昧のライブだけどついてこられる? それじゃあ会場をひとつにして一緒に盛り上がりましょう!」と観客にコール&レスポンスを促す。会場の熱量に満足した彼女は「みんなやればできるじゃん! ねえ、亜沙氏?」と亜沙に話を振ると、亜沙もテトに負けじと積極的にフロアを煽った。

「哀愁レインカフェテリア」の後、晴れやかな面持ちの亜沙は「1年以上かけて準備をしてきたので、僕も今日をすごく楽しみにしてました!」と興奮気味に語る。その後のMCでテトは「ついでにフランスパンを食べようかな」など小ネタを入れたり、「僕の足をせいぜい引っ張らないように」とバンドメンバーに悪態をついて亜沙にツッコミを入れられるなどし、会場は和気あいあいとしたムードで包まれた。

するとここから亜沙以外のクリエイターの楽曲を4曲連続で披露する。「人マニア」のイントロが鳴った瞬間、原曲のフックとなる部分を活かしながら構築したリスペクトのある斬新なアレンジ、想像を超える生演奏と楽曲のフィット感に大いに高揚する。亜沙曲以外でも亜沙バンドがこれだけのグルーヴを作れるのは、亜沙のアーティストとしてのポリシーやバンドの結束や信頼感があってこそだ。「ライアーダンサー」は亜沙の低音がクールかつダイナミックに楽曲をドライブし、テトのボーカルもそれに触発されるようにエモーショナルに響く。「右に曲ガール」ではもともとのバンドアレンジを生演奏で躍動的に、「黒塗り世界宛て書簡」ではミステリアスかつユーモラスなムードを生々しく彩り、チーム全体が高い志でこのプロジェクトに向き合い続けていたことが音からダイレクトに伝わってきた。

「道玄坂ネオンアパート」では観客のスマホライトが道玄坂のネオンとして煌めき、東京を歌った「明正ロマン」では楽曲の世界、テトの存在、いまこの瞬間の現実を融合させる。切なさとポップネスを併せ持つサウンドと、主人公の心情がありありと綴られた歌詞で織り成す亜沙の楽曲は、生演奏とテトのヴォーカルの力も相まってさらに胸へと染み入った。

バンドメンバーが袖に下がると、原口沙輔、フロクロ、マサラダとテトを語るうえで欠かせないVOCALOIDクリエイター陣が主にテトのオリジナル曲やテトのカバー曲でDJリレーを行う。3人のリミックスやマッシュアップセンス、VJ演出、つなぎ方や運び方がまったく違うため、同じ楽曲でも印象が異なるのはDJの妙だろう。そしてテトを好むクリエイターは、独自のユーモアセンスを持ち合わせていることをあらためて実感する。インターネットカルチャーが生んだ“嘘から出た実”を地でいく奇跡的な存在のテトは、クリエイターの茶目っ気といたずら心を十二分に引き出してしまうのかもしれない。煽情的な数十分間だった。

そして再び亜沙バンドとテトによる生演奏ライブへ。「オーバーライド」「頭ン痛」「イガク」とたたみ掛けると、テトが「後半戦始まりましたけど、まだ元気残ってますか!?」と会場を盛り上げて、テトと亜沙のデュエットソング「花街暗中膝栗毛」を届ける。ふたりのハーモニーはスリリングで、亜沙は重音テトの声そのものを活かして耽美と憂いを内包した世界観を追求してきたことをあらためて実感するセクションだった。亜沙がメインヴォーカルを取った「好きな惣菜発表ドラゴン」では亜沙バンドの好きな惣菜や亜沙の好きな焼酎を発表するなどファニーな空気を作り、一転「31 secrets」ではシリアスかつエモーション溢れる歌と演奏で観客の心をまっすぐ射抜く。歌心溢れるベースラインは、さらに楽曲の感傷性を際立たせていた。

テトと亜沙がテンポよくMCを繰り広げると、亜沙の迫力あるベースから「ウルトラトレーラー」へなだれ込み、亜沙が「最後にお届けする曲は2012年に僕が投稿した楽曲です」と告げると、本編ラストは「吉原ラメント」。切なくも艶やかな音色がこの日の祝祭感と溶け合い、軽やかに響いた。

アンコールで再びステージに登場した亜沙は、クラウドファンディング支援者への感謝を告げ、満員のフロアに「感無量です」と頭を下げる。「僕も今日のDJチームもテトが大好きです。これからもみんなで一緒にテトを盛り上げていきましょう」と呼びかけると、フロアからは大きな歓声と拍手が沸いた。

『吉原ラメント〜UTAU盤〜』をSynthesizer Vのテトでリメイクした『詠み人来たりキメラは謡う ~再来盤集~』のボーナストラック「優しくなれたら」でテトのボーカルをしっかりと支えながら演奏すると、初音ミク楽曲のカバー「ODDS&ENDS」ではさらに情熱的な音を響かせる。“価値のないガラクタ”と歌声合成ソフトウェアの存在を掛け合わせた楽曲を彩るテトのボーカルは、生命が宿っていると錯覚するほどだった。

「まだまだ僕は止まらないぞ! これからもみんなで一緒に楽しいことたくさんしようね」「みんな最後に一緒に盛り上がれる!?」とテトが呼び掛けると、1曲目にワンコーラス演奏した「おちゃめ機能」をフルコーラスで披露する。バンドメンバーは最後の力を振り絞るようにすがすがしい音色を鳴らし、テトもエアギターやエアドラムで会場を盛り上げた。

エンドロールの後、テトが影アナで「またこうして歌えたらいいな。近いうちにまた会いましょう!」と今後のビジョンを語ると、亜沙もそこにかぶせるように「このような機会がまたあるならばさらにレベルを上げて皆さんにお見せしたい」と意欲を語る。そんな熱い思いに観客も三本締めで応えた。

重音テトは独特の出自がゆえにユーモラスもしくは飛び道具的な楽曲を歌う機会が多いが、ロックバンドとしてのキャリアを積み続けてきた亜沙バンドのグルーヴとセンス、このクオリティを巧みに操る小山乃の技量は、重音テトの正統派シンガーとしてのバイタリティを知らしめることとなったのではないだろうか。<テトライブ2025>は重音テトの新たな未来を切り開いたイベントとして、今後も語り継がれるだろう。

取材・文◎沖さやこ
写真◎山内洋枝

セットリスト

・前半
おちゃめ機能(ショート)
浮気者エンドロール
コールアンドレスポンス
哀愁レインカフェテリア
人マニア
ライアーダンサー
右に曲ガール
黒塗り世界宛て書簡
道玄坂ネオンアパート
明正ロマン

・DJタイム
原口沙輔
フロクロ
マサラダ

・後半
オーバーライド
頭ン痛
イガク
花街暗中膝栗毛
好きな惣菜発表ドラゴン
31secrets
ウルトラトレーラー
吉原ラメント

・アンコール
優しくなれたら
ODDS&ENDS
おちゃめ機能