
カレーにマナーは必要か? 度々炎上する「接遇」
だが平林さんの提唱する「接遇」は物議を醸すことがある。
今年1月に放送されたテレビ番組内で、「カレーライスをどのような向きで配膳するか」といった問題に、平林さんは「利き腕側にライス、反対側にルーを置く」という解答を示した。
「このように配膳すると、ご飯をルーに寄せて食べやすく、お皿が汚れにくくなる。同席のかたも、キレイなお皿のほうが、美味しく感じられると思うんです。さらに、食器を洗うのも楽になりますし、料理を作った方の気持ちもよくなりますよね」
これに対して、「マナーをこじつけている」「カレーにマナーは不要」といった批判が殺到した。たしかにこれを守るべきマナーとして捉えると、抵抗感を覚える人もいるだろう。
ただ、「接遇」とは、人に好かれるための技術であり、一般的なマナーとは本質的には異なる。
人に好かれる方法に絶対的な答えはないが、「好かれやすくなるための提案」という視点では、平林さんの説明は理に適っているように思える。このような接遇はどのような発想から生まれているのだろうか。
「時代に合ったものを提案したいと考えているんです。以前、テレビ番組で配膳の際にお味噌汁を左側に置くほうがよいと申し上げた際、関西では右側に置くのが一般的だというご指摘を頂戴しました。たしかに、座布団に座ってお膳でご飯を食べていた時代には、お膳が低かったので味噌汁が右側でも左手で取りやすかったんです。
でも現代はテーブルで食事をするのが一般的ですから、左手で右側のものを取ろうとすると袖口が汚れてしまう可能性もある。だから、持ち上げるものはすべて左側に、つまむものは右側に置くように指導しています。
私は時代に合わせて、マナーも変化するべきだと考えています。
皆様からのご指摘は、私の慢心を戒める機会となり、新たな学びにもつながるので、大変ありがたく感じています。説明の仕方に不十分な点もあるかとは思いますが、このほうがよいと確信していることは、たとえ批判を受けても、言い続けていかなければと思っています」
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生徒を泣かせても…!
平林さんは、「鬼のマナー講師」とも呼ばれ、厳しい指導が特徴だ。叱責により生徒が涙を流すこともある。この指導方針は平林さん自身にとっても決して容易なものではないという。
「褒める仕事は、指導する側も楽だし、教わる側も気持ちがいいものです。でも叱る仕事は双方がツライ。でも、厳しさがあってこそ成長できると信じているので、私がその役割を担わなければならないと考えています。
それに叱るということは、相手によくなってほしいという想いがあるからこそです。他人の子どもに対して、親は声を荒げませんから。私は幼いころ、叔母さんも叔父さんも、多少遠慮があり、心から叱ってくれていないと感じていました。
お稽古に通っていたときは、本気で叱ってくれる先生がいましたし、できるだけ厳しい指導をしてくれる先生を探していました」
伝統的なマナーと異なる考えを提唱することや、厳しく叱ることへの批判は避けるのは難しい。心が傷つくこともあるという平林さんだが、それでも指導を続ける理由がある。
「私は墓場まで持っていかないといけない経験もしたし、いつ死んでも不思議ではない人生を送ってきました。生きていられるのは、生かされているからだと感じているんですよね。育ててくださった方々への恩返しはもちろんですが、私にできることは、時代に即したマナーを提案していくこと。これこそが私の使命だと、感じています」
取材・文/福永太郎