染谷将太インタビュー この役を演じなければ、自分が一番悔しがるだろうなと思った『BAUS 映画から船出した映画館』

2014年に惜しまれつつ閉館した吉祥寺バウスシアター。名前を変えながら約90年、映画ファンに愛された吉祥寺の顔の一つであった映画館は、どうやって変化しながら人々を見つめてきたのか。原作(「吉祥寺に育てられた映画館 イノカン・MEG・バウス 吉祥寺っ子映 画館三代記」(本田拓夫著) を元に故・青山真治監督が映画化を切望し書き連ねた脚本を、映画『はだかのゆめ』(2022)の甫木元空監督が引き継いで完成した本作。青森から上京し、ある出会いから映画館を運営することになる主人公【サネオ】を染谷将太さんが演じ、活弁士として活動する兄【ハジメ】に峯田和伸さん(銀杏BOYZ)、サネオの妻【ハマ】を夏帆さんが演じています。時代の流れに翻弄されながら娯楽を愛し、映画館を守り抜いた男の回顧録をどう演じたのか、主演の染谷将太さんに自身と照らし合わせながら語っていただきました。

――本作『BAUS 映画から船出した映画館』は青山真治さんの遺作となる脚本の1本です。この作品の主演のお話を頂いた時、どのような気持ちでしたか。

最初は、青山さんも吉祥寺バウスシアターに対しても個人的な想い入れが強かったので“もっと客観的に映画を見られる人が演じられた方がいいのではないか?”と思っていました。でも、冷静に考えて、“この役を自分が演じることが出来なければ、自分自身が一番悔しがるだろうな”と思ったんです。それに監督を務めた甫木元 (空) くんがリライトした脚本がしっかり青山さんの脚本に詰まった想いを受け取った上で、甫木元くんらしい作品になっていたんです。それを読んで、“自分も客観的に現場に立つことが出来る”と強く感じることが出来ました。

――青山監督とはまた違うアプローチで 、新鮮で夢心地な気分になりました。音楽が溢れていて、甫木元監督だからこそ、この形になったのだろうと思いました。

そうですね。プログラムに青山さんオリジナルバージョンの脚本が入っているのですが、全然違います。もちろん描いているものは一緒なのですが、形が全然違うんですよね。そこも是非読んで頂けると嬉しいです。それに青山さんが書いた脚本は、まだ映画化されていないものが何冊も眠っているので、もしかしたら今後も映画化されるかもしれませんね。憶測ですが‥‥ (笑)。

――染谷さんは、映画館が好きで、吉祥寺バウスシアターにも行かれていて、青山真治監督とも縁がある方です。本作の中で、特にお気に入りのシーンを一つあげるとしたらどこですか。

鈴木慶一さん演じる【タクオ】の、少年時代のシーンですかね。その役は、僕が演じる【サネオ】の息子なんですが、彼が登場してから【タクオ】少年の目線から切り取られている部分が出て来るんです。あのシークエンスが凄く好きです。子供時代の【タクオ】は、時代も場所もある種、まったく気にせず、劇場だということも気にしていないように思えて、その自由な感情であの場所を只々走っているだけでももの凄くいいんです。

――染谷さんは7歳でデビューでしたが、子役時代の体験で印象に残っていることを教えて下さい。

小学生の頃は、ご飯も食べられなくなるぐらい緊張していました。「セリフをちゃんと言わないといけない」ということと戦っていました。

――ミニシアター系の作品だけでなく、『はたらく細胞』(2024) 、『聖☆おにいさん THE MOVIE~ホーリーメンVS悪魔軍団~』(2024) のようなド・エンタメ、ファミリーで楽しめる作品にも出演されるようになりましたが、心境の変化があったのですか。

変化というか‥‥ 、一番はそういう作品のオファーをもらえるようになったからです。それがありますね。「まさか?!いいんですか?」という気持ちです(笑)。正直、理由はわからないです。もしかすると年齢ですかね?これまでは自分に対して、エンターテインメント作品のイメージがあんまりなかったんじゃないかと思います。『聖☆おにいさん』とかも最初にお話を頂いた当時はビックリしました。でも子供たちが見られる映画にも出られるようになって嬉しいです。

――『怪物の木こり』(2023) で殺人鬼を演じられている姿を観た時、さすがの演技で恐ろしいと思いました。

あれは三池崇史監督に言われた通りに演じたんです。結果的にあのようになりました(笑) 三池監督がサイコパスなのかもしれませんね (笑) 。

――いろいろな作品の出演オファーが来ていると思いますが、ご自身が出演するうえで大切にしていることを教えて下さい。

責任を強く感じる年頃なので、映画に失礼がないようにちゃんと自分が演じられる役というのが大前提になります。自分がしっかり役を掴んで頑張って演じれば、その映画への責任にきちんと応えることが出来る。それを大事にしています。自分が変な不安をもったまま演じるのも、映画に失礼だと思っているので、そういう感情を大事にしているのかもしれません。

――脚本を読んで“このキャラクターなら演じられる”というのがあるのですか。

そうですね。来た仕事に対して、“演じられないといけない”と思うんです。自分を面白がってくれて、自分を必要としてくれているということを凄く感じた時、自分自身も自信を持ってその場に立つことが出来るという感覚があります。上手く言えないので、感覚的なものでしかないのですが‥‥ 。

――いつから映画が好きになったのですか。

もともと父親が映画好きだったので、その影響もあり映画が好きでした。ただ、観る作品については偏っていたんです。それが成長すると共に、いろいろな現場も経験させてもらって、映画を観ることと現場で体験すること、外側と内側からいろいろと経験させてもらうことで、より映画が好きになっていきました。

――今、ミニシアター系の映画館が減ってきています。吉祥寺バウスシアターも閉館してしまいました。染谷さんが映画館と付き合う上で、大切にしていることはなんですか。

自分は街と映画館は一体型だと思っているんです。例えば1本の映画を観ようと思った時に新宿と渋谷で上映されていたら「この映画は新宿で観たい」とかあるんです (笑) 。その街と映画館の一体型を個人的には大事にしているというか、映画を観る時に楽しんでいるポイントです。どの駅で降りて、どの道を歩いて、どんな映画を観るか。映画を観た時は、必ず帰り道を変えたくなって、行きとは違う道を歩いて帰るんです(笑)。街と込みで映画館が一体型という点も好きなポイントです。

――面白いですね。私もその気持ちなんとなく分かります。「ドキュメンタリーはポレポレ東中野で観たいな」と思ったりとか。

それこそ吉祥寺バウスシアターに行く時もそうです。自分にとって吉祥寺という街は、吉祥寺バウスシアターに行く入口みたいなものだったんです。吉祥寺に行く時は吉祥寺バウスシアターに行くために行くことが多かったので、駅を降りた時から体験が始まっているんです。それが凄く楽しみでした。

――私の中で染谷さんは映画と対になっている俳優さんの1人です。本作で、サイレント映画からトーキー映画への変化が描かれていたように、今、劇場型から配信映画、3DCGのアニメなど様々な形で映画が変革しています。染谷さんが映画と付き合う上で俳優として大切にしていることはありますか。

自分が演じた【サネオ】は、とても器が大きくて、変化をもの凄く受け入れる人物でした。実際に本田拓夫さん(バウスシアター元館主・原作者)が書かれた「吉祥寺に育てられた映画館イノカン・MEG・バウス吉祥寺っ子映画館三代記」にもそのように描かれています。変化を寛大に受け入れることが出来ることこそ、ある種、自分が好きなものを守ることに繋がるということをこの作品を通して自分は学びました。「映画は、こうでないといけない」と色々なものを否定していくと結局映画は潰れてしまう気がしています。なので、その変化を「面白いじゃん」と一緒に面白がって、ちゃんと受け入れる。受け入れるとは、ただ見守るという意味ではなく、ちゃんと自分の中で消化出来たうえで受け取れることこそが大事な気がしています。変化を楽しみながら映画を観られたら、自分が好きな映画というものをこれまでと変わらず、楽しめ続けられるのではないかと思います。

――俳優として次に楽しみにしていることを教えて下さい。

明日の現場ですかね(笑)。先にある仕事は楽しみです。基本的に自分の力を最大限に発揮出来る場所は、現場くらいしかないですから、現場は好きですし、先に決まっている仕事がやって来るのはドキドキもするけど毎回楽しみです。1つ1つの仕事を大切に、しっかり楽しんでやりたいと思います。まぁ、自分は現場が好きなんだと思います。

映画人と言うと勝手に頭に浮かぶ俳優のひとりが染谷将太さん。それはミニシアター系からメジャー映画まであらゆるジャンルで変幻自在に姿を変えてしまう才能の持ち主だから。いやいや当時18歳で演じた『ヒミズ』(2011) での狂気の瞬間を見せた衝撃のアプローチと、最近の『陰陽師0』(2024) で源博雅をフンワリした愛嬌あるキャラクターとして表現してしまうところも含め、演技者としてやっぱり面白い。時代ものから現代劇まで、はたまた『聖☆おにいさん』のブッダまで演じられるスクリーンが似合う俳優・染谷将太さんが、映画館への愛を時代と共に綴る『BAUS 映画から船出した映画館』。これほどその世界に染まりきれる俳優が何処にいるだろうか。

取材・文 / 伊藤さとり
撮影 / 奥野和彦

作品情報

映画『BAUS 映画から船出した映画館』

1927年。活動写真に魅了され、「あした」を夢⾒て⻘森から上京したサネオとハジメは、ひょんなことから吉祥寺初の映画館“井の頭会館”で働き始める。兄・ハジメは活弁⼠、弟・サネオは社⻑として奮闘。劇場のさらなる発展を⽬指す2⼈だったが、戦争の⾜⾳がすぐそこまで迫っていた。

監督:甫木元空

原作:「吉祥寺に育てられた映画館 イノカン・MEG・バウス 吉祥寺っ子映画館三代記」(本田拓夫著/文藝春秋企画出版部発行・文藝春秋発売)

脚本:青山真治、甫木元空

出演:染谷将太、峯田和伸、夏帆、渋谷そらじ、伊藤かれん、斉藤陽一郎、川瀬陽太、井手健介、吉岡睦雄、奥野瑛太、黒田大輔、テイ龍進、新井美羽、金田静奈、松田弘子、とよた真帆、光石研、橋本愛、鈴木慶一

配給:コピアポア・フィルム、boid

©本田プロモーションBAUS/boid

公開中

公式サイト bausmovie