
古くは奥寺康彦、最近では槙野智章、大迫勇也などが所属したことで知られるドイツ・ブンデスリーガの1.FCケルン。現在2部リーグに所属し、1年での1部復帰を目ざしているが、ケルンが日本で行なう取り組みが一風変わっている。3月に都内で行なわれたインクルーシブサッカーイベント会場を訪れ、話を聞いた。
ケルンは、育成クラブとして定評があり、サンフレッチェ広島と提携している。ケルンのコーチが年2回訪日し、アンダーカテゴリーの選手を対象にしたクリニックや、コーチングスタッフ同士のオンライン交流を定期的に行なっている。
今回、日本を訪れたのは、ケルンでのプロキャリアもあるU-12監督エヴァンゲロス・ネソス氏。広島のU-12チームやU-15チームを対象にクリニックを行ない、ユースとトップチームの試合を見て、女子チームやU-7の練習にも参加した。
ネソス氏は「クリニックでは頭を使う練習を多く行ないました。現代サッカーに必要なのは、頭の回転を速くすること。普段の練習とは違う教えがあるかもしれませんが、どんなスポーツでも、外部からの新しいインプットをもらうことが大事。それをどう受け止めることができるか、どう生かしていけるかが大事だと思っています」と語り、日本での学びがドイツでも生きているという。
サッカーの技能向上を目ざす取り組みに加え、ケルンが日本で行なっているのは、ケルンが持つクラブの価値観を伝えるインクルーシブな活動だ。クラブのスローガンは、「SPÜRBAR ANDERS(唯一無二)」で、受容や多様性、平等を志向している。
ドイツ国内でもケルンは多様性に富んだ街として知られている。特にLGBTQ+コミュニティーにとって重要な都市のひとつであり、毎年開催されるヨーロッパ最大級のプライドパレード「クリストファー・ストリート・デー」には、クラブ全体で参加。男子チームや女子チームの選手たちも、多様性の重要性を発信する活動に積極的に取り組んでいる。
また、ケルンには180以上の国籍の人々が暮らしており、多国籍なレストランやフェスティバル、文化イベントが数多くある。さらにケルンの人々はフレンドリーで寛容な雰囲気を持っており、様々なバックグラウンドを持つ人々が安心して過ごせる街としても知られている。この価値観を日本にも広げていきたいというのがクラブの狙いだ。
そんなケルンが昨年日本で始めたのが、ユニフォームサプライヤーであるヒュンメルが知的障がい児・者サッカースクール「トラッソス」と行なっているインクルーシブイベント「ゴチャタノ」への参画だ。
もともとヒュンメルとトラッソスが行なっていたイベントにケルンが興味を持ち、ドイツ学校「東京横浜獨逸学園」にも声をかけ、日独交流イベントに発展。今回は、知的障がいのある人とない人が同じチームになって、バランスボールやソフトラグビーボール、風船などを使って、200名がサッカーを楽しんだ。
Jリーグクラブも「ゴチャタノ」に注目しており、今回のイベントにも複数のクラブスタッフが参加した。まだオフィシャルの取り組みではないとしながらも、あるスタッフは「みんなが楽しめる場所をつくったり、サッカーを楽しんでもらうことが我々の仕事で大事なことのひとつ。地域に根差すJリーグクラブとして、障がいのあるなしにかかわらず、みんなが一緒に動ける場所を提供していきたい」と、このイベントから見える意義を語る。
Jリーグクラブにスポンサードしている企業も、このイベントに参加している。大分トリニータのスポンサードで知られる株式会社浅田飴は2023年より協賛。担当者は、「私たちは創業以来、『声』に関わるスポーツや芸能や文化を通じて、皆さまの楽しい『声』を応援しています。参加する人も応援する人も一緒に、笑顔や楽しい声で溢れる「ゴチャタノ」の活動を今後も応援していきたいと考えています」と語る。
福島ユナイテッドFCのスポンサーである株式会社ダイオーも同じく2023年より協賛に名を連ねる。「いもくり佐太郎」というJリーグのスタジアムグルメを代表するお菓子で知られる企業で、代表取締役社長の佐藤卓宏氏は、「私たち株式会社ダイオーはスポーツの魅力を伝えるために、様々な支援や参加をさせていただき、多くの皆さんにスポーツに対する『楽しい』を届けられればと思っています。今回の「ゴチャタノ」にもその『楽しい』がつまっているので、こからもサポートできればと思います」と話す。
トラッソスの吉澤昌好氏は、「1.FCケルンが加わったことで、海外プロクラブと交流できる貴重な機会になりました。国際交流の色合いも濃くなり、まさに障がいの有無、性別、国籍、年齢などに関係なく、ごちゃ混ぜを楽しむインクルーシブなイベントになったと思います。競い合いや勝敗ではない、スポーツを通して人が繋がる楽しさを味わってもらえた1日になりました」と振り返る。
ケルンのネソス氏は、「ドイツでもインクルーシブサッカーは行なっていますが、こんなにもごちゃごちゃなイベントは経験がありません。長年指導者として、数え切れないほどのトレーニングセッションや試合を指揮してきましたが、この日は私にとっても特別な1日となりました。これほど多くの笑顔を見ることができたのは、本当に貴重な体験でしたし、見ているだけでも笑顔が溢れるような素晴らしいイベントでした」と話した。
ケルンのマーケティング部国際化担当の笹原丈氏は、「自分と違うバックグラウンドを持っている人とでも、言葉が通じなくても、コートに立ってボールを蹴れば思いが繋がって笑顔になれるのがサッカーの魅力のひとつだと思います。このようなサッカーの持つ素晴らしさを体感できるイベントを今後も日本で行なっていきたいと思いますし、ゴチャタノのようなインクルーシブイベントをドイツでも実施したいですね」と、ケルンの持つアイデンティティを表現する取り組みを拡大していくという。
ブンデスリーガ2部で首位に立つ(4月1日時点)のケルン。1部復帰というニュースが、日本での取り組みの価値を向上させるのは間違いない。唯一無二のサッカークラブのこれからに注目したい。