雷に打たれることが恩恵になる木が存在する / Credit:clip studio . 川勝康弘

「雷に打たれた木は、ほとんどの場合すぐに枯れてしまう──そんな常識をくつがえす発見が、パナマの熱帯雨林で報告されました。

アメリカのケリー生態系研究所(Cary Institute)で行われた研究によって「雷に打たれるほど元気になる奇妙な樹木」が存在することを示しました。

研究チームの調査によれば、この木は落雷で周囲の競合相手を失う一方、致命的ダメージをほとんど受けずに生き延びるため、より長生きして大量の種子をつける可能性が高まるそうです。

研究者の1人はさらに落雷によって恩恵を受ける木は「自ら雷に打たれやすい樹形をとっている可能性もある」と述べています。

落雷をも“自分の味方”にしてしまうこの樹木はいったいどんな戦略を持ち、なぜ雷に打たれることで恩恵を受けられるのでしょうか?

研究内容の詳細は『New Phytologist』にて発表されました。

目次

雷に打たれた木が元気になる? 非常識を覆す発見雷が「ご褒美」になる木の謎雷が選ぶ勝ち組と負け組:あなたの知らない森林の競争

雷に打たれた木が元気になる? 非常識を覆す発見


雷に打たれると元気になる木が存在する / Credit:Canva

昔から落雷は「森にとっての大災害」であり、山火事や台風と並ぶ主要な破壊要因と考えられてきました。

それもそのはず、実際に世界中の森林では毎年数多くの木が雷に打たれて命を落としています。

「雷=厄介な天敵」というイメージは、私たちが子どもの頃から抱いてきたごく自然な理解といえるでしょう。

ところが、歴史をさかのぼると、18世紀末のヨーロッパではすでに「雷が直撃した大木がなぜか生き延びていた」という報告があり、20世紀初頭のアフリカや北米でも似たような逸話が多く見受けられます。

単なる“運の良い木”かと思いきや、「毎年のように雷を受けながら、むしろ枝ぶりを広げている」「枯れるどころか周囲の木がなぎ倒され、結果的にその大木だけが日光を独占している」など、まるで雷を“自分に都合よく利用している”かのような話が各地で伝わってきました。

一部の研究者はこの現象に注目し、「たまたま雷に耐えただけではなく、実は雷がその樹木にとって有利に働いているのではないか」と考え始めます。

落雷といえば森をかき乱す“破壊神”というイメージですが、同じ雷が特定の木にとっては“味方”になり得るとしたら、実に奇妙な仮説です。

これまで雷の影響を正確に把握することは難しく、「雷によって死んだ木」の記録が中心でした。

しかし近年、雷が落ちる瞬間に出る電磁波を分析して落雷地点を高精度で特定し、さらにドローンを使って上空から生存状況を確認する技術が実用化され、どの木が雷を受けてどうなったのかを詳細に追跡できるようになりました。

すると、周辺のライバル樹木やツル植物が次々と枯れていく中、中心の木だけは驚くほど軽微なダメージで生き延びている事例が数多く見つかったのです。

研究者たちはますます「雷の正体はただの破壊者ではなく、森林内の競争関係を大きく変える力を秘めているのではないか」と強く関心を抱くようになりました。

特に近年では「より高い樹木ほど雷に打たれるリスクは大きいが、そのぶん周囲のライバルが一斉に排除され、結果的に自身の生存や繁殖が有利になるかもしれない」という仮説も提起されています。

一見、降りかかる“災難”にしか思えない雷が、一部の木にとっては“ありがたい潤滑油”のように機能している可能性があるわけです。もちろん、単なる逸話や偶然の例ではなく、長期間にわたる系統的な観察データが必要であり、さらにメカニズムや他種との違いも解き明かさなくてはなりません。

そこで今回研究者たちは、パナマの熱帯雨林において雷がいつ、どの木を直撃し、打たれた木がその後どう成長して種子を残すのかを徹底的に追跡する、前例のない大規模調査を始めたのです。

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雷が「ご褒美」になる木の謎


雷に打たれると元気になる木が存在する / Credit:Canva

研究チームが最初に導入したのは、雷がどの樹木を直撃したかを迅速かつ正確に割り出す“落雷追跡システム”です。

雷が走る際に放出されるかすかな電磁波を複数地点で検出し、信号到達のタイムラグを三角測量する手法によって、落雷地点をほぼリアルタイムで特定できます。

従来は焦げ跡や地上の被害状況から推定するしかなく、隣の木に伝播した電流との区別が曖昧になりがちでしたが、こうした高精度なシステムにより「どこに雷が落ちたのか」を確実に把握できるようになりました。

システムが示す地点にはすぐに調査隊が向かい、ドローンを飛ばして上空から木々の状態を撮影します。

背の高い密林を人力でかき分けるよりはるかに効率的で、真上からの映像によって折れた枝や枯死範囲が一目瞭然です。

とりわけ、中心となった木の幹や樹冠、周囲の林床に至るまで、どこがどんなダメージを受けているかを瞬時に俯瞰できる点が新しいアプローチだといえます。

状況によっては実際に木に登って幹や枝の状態を詳しく観察しますが、まずはドローンが“現行犯逮捕”のように落雷の影響を捕捉するため、無駄がありません。

こうして一定期間調査すると、93本の木が雷に直撃していたことが判明し、そのうち約56%は最終的に枯死してしまいました。

しかし、なかには驚くほど被害の少ない木があり、とくに大型樹として知られる「エボエ(Dipteryx oleifera)」は10個体すべてが致命的ダメージを逃れたのです。

平均して8%程度の枝枯れ(crown die-back)は見られたものの、いずれも大きく衰えることなく生き延びたことが確認されました。

しかも雷の電流が周囲の樹木やツル植物に波及し、それらが次々と枯死するケースが複数回目撃され、エボエ(Dipteryx oleifera) 本体は“ほぼ無傷”のまま日の光や生育空間を独り占めするような状況になっていたのです。

調べていくうち、同じ雷が巻き添えで枯らすツル植物の多く(約78%)がこの木から離れ、結果的に負担が大幅に減るという事例もわかりました。

ツルは木の成長を妨げることで知られますが、電流の通り道として優先的に被害を受け、エボエ(Dipteryx oleifera) はむしろ身軽になるわけです。

さらに、大径の個体ほど生涯で平均5回ほど落雷を受けると推計されており、その都度ライバルを減らせば、寿命と繁殖機会が大幅に伸びる可能性が浮上してきます。

実際、研究チームの数理モデルでは、この耐雷性が寿命や種子生産量(fecundity)を最大で14倍程度に増やすシナリオが試算されました。

このように大規模かつ詳細な調査によって、研究者たちは「一見危険な落雷が特定の樹木には大きなアドバンテージをもたらす」という仮説を裏づける証拠を示しました。

雷による死者数や破壊力だけでなく、「雷を得意とする木が存在し、生態系の競争バランスを塗り替え得る」という新しい視点を、定量的なデータと映像から見いだした点に大きな意義があります。

また、Dipteryx oleifera 以外にも少数ながら生き延びた大型樹が認められたことも、同様の戦略を持つ種が他にもいる可能性を示唆しています。