
新年度がスタートした。今年も多くの新社会人が、不安と期待を胸に、新しい生活を送り始めたことだろう。だが、学生生活から一転、社会へと飛び出すことで身体や心に強烈な負担がかかってしまうこともある。昨年、新卒で入った会社をすぐに辞めたという遠藤さん(仮名)に話を聞いた。
勤務初日から店頭で声出し
遠藤さんが就活を始めたのは大学3年生の終わり。最初の面接は大学4年の5月で、自分の趣味に近いエンタメ業界を希望していた。
「特に演劇は観劇するのも演じるのも好きで、小中学校の学芸会で役になるのが楽しかった思い出があります。そのような道に進むことも考えた時期はありますが、売れるまで生活が厳しいし、安定感に欠ける職業でもありましたから、出るほうの夢はあきらめました。
ただ、少しでもその業界に接点を持とうと思い、マネジメントや舞台に関する業務を行なう企業にエントリーしました」
しかし希望の職種には内定がとれず、やがて遠藤さんの中の就活の軸がブレていった。大学4年の夏ごろまでは無為にエントリーしては面接を受ける日々で、夏の終わり頃にようやく一つの会社から内定がもらえたという。
「就活対策を何もしてなかったから落ちに落ちまくって。『やっと内定が出た……』という安堵の気持ちが大きかったです。ただそのころから、働くことに関しての憂慮はありました。
当時、塾講師のアルバイトをしていて週3、4日、1日に4時間くらいは働いていましたが、 これの倍を働くとなるとどうなるのか。体力的に大丈夫なのかとずっと考えていました」
遠藤さんが入社した会社のメイン事業は人材派遣。通信業や介護を主に取り扱っており、遠藤さんは家電量販店の客先勤務へと派遣されることになった。
勤務初日、店舗の開店は10 時からだったが、初日ということもあり、上司と一緒に 9 時 40 分くらいに現地に到着。従業員たちと顔合わせしたあと、業務用のタブレットを用いて動画で研修を行ない、すぐに店頭に立つことになった。
遠藤さんに命じられたのは顧客獲得のための声掛け。この業務内容自体はあらかじめ聞いていたため心の準備はある程度できていたが、どれだけ声をかけても客は捕まらず、勤務初日の緊張もあり、遠藤さんは徐々にメンタルをやられていく。
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「働けないならやめてほしい」
声掛けのうまいスタッフを真似てみたところ、店舗のリーダーから褒められることもあったが、結局それから業務終了までの6時間、ほぼ同じ場所に立ちっぱなし。「退勤するころには過呼吸気味で、半泣きになってしまっていた」という。
その帰り道、遠藤さんは気づくと転職サイトに登録していた。
「立ち仕事自体は経験していましたが、動けない場所での立ちっぱなしがここまで辛いとは思いませんでした。それからも数日は出勤していたのですが、お客さんからの視線や、新人に対する店舗スタッフのぞんざいな扱い、突然のワンオペ業務など、さまざまな要因でストレスがたまり、人に声をかけられただけで半泣きになるほどでした。
実は私は抑うつ症状が出てしまう体質で、その悪い波と仕事でのストレスが重なってしまった結果、4月中には休職を申し出ました。そのとき、上司から『こんなことあまり起きたことがないよ』と言われたのもショックでしたね」
休職はしたものの、この状態がいつ回復するのか、店舗に戻ったときどう反応されるのかという心配は尽きなかった。今までの感覚から、半年くらいは戻れないだろうという予測もあった。
そして5月、結局遠藤さんはそのまま退職を決意した。この症状は100%回復できるものではないこと、再発と寛解を繰り返すこと、そのペースが一定ではなく予測がしづらいことを会社に伝えると、会社側は「働けないならやめてほしい」という対応だったそうだ。
遠藤さんは自身の体質について、正直に話せば“不利になるかもしれない”と思い、入社前に会社には伝えていなかったという。
実際、病気や既往歴については、業務に差支えがなければ入社前に伝える必要はなく、会社もまた、強制的に聞いてはいけないとされている。特に、うつ病など精神疾患について、会社側が聞くことは難しい。だが一方で、就活生が持病について意図的に申告をせず、それが業務に大きな支障をきたすと判断されれば、少し話は変わってきてしまう。
遠藤さんは自身の体質について、業務や環境に少しずつ慣れていけば仕事に問題はないと思っていたが、そこが今回のケースの大きな落とし穴だったようだ。
もしあらかじめ会社に報告していれば、最初はもっと心理的な負担が少ない現場からのスタートだったかもしれない。会社としても、遠藤さんが働きやすい環境を整えることができたかもしれない。
だが、持病などを伝えれば内定率は下がる傾向にあるという。こうした慣例がある限り、就活の現場で就活生が堂々と自身のことを打ち明けるのは難しいのだろう。