世界が注目する監督集団「5月」が仕掛ける完全オリジナルのサイコサスペンス「連続ドラマW 災」(全6話)の放送・配信が、4月6日(日)からWOWOWでスタートする。主演の香川照之が演じるのは、人に“災い”をもたらす“ある男”。姿を変え、口調を変え、顔つきを変え、性格や所作まで変えて、全くの別人となって6人の登場人物たちの前に現れる。1作品で6役というドラマ史上前代未聞の怪演に挑んだ香川に話を聞いた。

-オファーを受けた時はどんな気持ちでしたか。
信頼している5月の監督たちなので、僕がやりやすいというか、すごく食指が動くような“奇妙なお話”を書いていただいたので、うれしかったです。
-5月の関友太郎さんと平瀬謙太朗さんという2人の監督の印象は?
もう1人、佐藤(雅彦)監督という東京藝術大学の先生がいて成り立っているユニットなので、今回は佐藤監督がいらっしゃらなかったのがとても残念でしたけど、2人でも十分に楽しくやられていて、それはそれで新しいものを見た感じがしました。佐藤さんが飛行機の機体で関さんはこのユニットのパイロット、平瀬さんがコパイロットだと思うんです。今回の現場ではずっと2人一緒でした。2人が同時に見て、2人が同時に意見を言って、そんなに反対になることはなかったです。
-6人の男を演じる上で、監督たちとどのような話をしましたか。
脚本を書いた時にどれくらいこの人たちを分けていたのかを知りたいと思いました。僕に役作りを任せていた部分が多かったと思うんですけど、職業や大体のタイプを分けて書いて、それを僕がどうやるかを楽しみにしていたのかもしれないなと思いました。役者としては演じ分けるといっても、人間なんてみんな同じようなものですから、そんなには変わらない中で、ちょっと早口でしゃべりましょうとか、ちょっと丁寧な人にしましょうとか、ちょっと低音で話しましょうとか、そんなことの提示はしました。
-監督たちとの間で何か面白いエピソードはありますか。
僕は顔の可動域が広いから、前作の映画『宮松と山下』(22)では、監督たちが稼働させないように、「動かさないで普通にしてください」とずっと言っていたので、僕は何が普通かというのを久しぶりに考えて面白かったです。僕は、眉間にしわが寄る癖があって、「香川さんここですから」とすごく言われて、それを取ったイメージがあります。それで、今回はそれを糧として、顔の可動域は使わないようにしようと思って、いろんな役をやったつもりですが、最終話で稼働させたら2人とも大喜びしていました。
-今回、初めて試したことや挑戦したことがあれば。
6つの役が変わるんですけど、その橋渡しを1本通したということでしょうか。その秘密の1本というのは、監督たちと話をして、共通する視点を作ったんです。それは1話の塾の講師をやっている時に、ふと思いついて、その視点を入れたことはかなりの大仕事だと思っています。なぜかというと、殺人のシーンも残忍なシーンもなく、何が殺意なのかも分からずに話が進んでいく中で、各話のゲストの方にはそれぞれの話の台本しか渡していないので、何のことか分からないわけです。「誰が犯人なんですか」なんて言う人もいました。
それで、その中で、1本橋渡しをする意味で、ドラマの中でトリガーを引く瞬間として何か1つ作ろうと。例えば、同じ動作をするとか、それをするとスイッチが入る瞬間だというふうに。でも見ているだけでは絶対に分からない。ただ、何か違和感として、ポイントとして作ってはいるので。それは今回のドラマだからこそできる力点を、監督と僕と3人で秘密に作って、それを役者さんに毎回僕が事前に、「こういう力点を作りますから、自分の好きなことでいいですからそれに反応してください」と説明しました。演じる役者同士なので、僕から説明するのが一番早いと思いました。
-なるほど。
でも、同一性というのは非常に厄介で、これは本当に同じ人なのかという疑問を持つわけです。本当は同一人物じゃないけど、それをメタファーとして見せているだけなのかもしれないし、もっと高尚に考えれば、その存在自体が本当にいるのかどうかすら分からない。災いが起きる人だけに見えている存在で、ほかの人には見えていないということなのかとか、いろいろと考えられる。台本では「あの男」という役だけど、彼は何が好きで、どういう学校を出て、本当はどういう職業をしていて…とかが一切書かれていないんですけど、こういうふうに役をちりばめた時に、橋渡しをした方が表現としても分かりやすいんじゃないかなと。だから、それを見つけた時はうれしかったし、監督たちがそれを受け入れてくれたのもうれしかったです。
-脚本を読んで、6役をイメージしていく作業は大変だったのではないですか。
それほど大変ではないです。断片をつなげば割と簡単なんです。どういう人でやるかというのをまず決めて、その人がおかしな行動をしてるということ。だから、そのおかしな行動の部分は別に考える必要はなくて、普段どういう生き方をしているのかを考えます。バックグラウンドというか、どういう髪形で、どういう服を着ていて、どんな趣味で、何時に起きて、何を食べてみたいな。そこは実際には出てこないですけど、それを決めれば難しくはないですね。
-6役を演じ分けたコツがあれば。
僕の中では6人全員にモデルがいるんです。いろいろと考えてモデルを見つけて、その人の物まねをずっとしていた感じです。1話と2話は現場で誰の物まねかを発表したんです。でも、3話、4話あたりはもう僕しか知らない人で、4話は昔の無名の俳優さん。6話だけ“香川照之という俳優”でやったつもりです。自分でせりふを覚えているうちに、この役だったらこう言いたいなという人を引っ張り出すんです。そういうしゃべり方をしていた人がいるんですよ。それで、その人の特徴などを考えるとぴったりな感じだと思いながら、全話スルスルっと出てきたので、僕の台本にはその人たちの名前が書いてあります。
-このドラマの見どころは?
さまざまな映画のオマージュカットも取り入れながらも、解決しない上にスカッともしないという新たなスタンスを、関さんと平瀬さんという2人の監督が勇猛果敢に提示するというのが、このドラマの見どころだと思います。でも、それに対して「何じゃこりゃ」という方もいれば、「これがいいね」という方もいるし、「さっぱり分からん」という方もいれば、「これは自分自身だ」という方もいらっしゃる。そういうことでいいと思うんです。ドラマの新しい裾野が広がっていることの一例だと思うし、不思議な魅力がある。それはこの5月のユニットがいつも提示するもので、そこは信頼できます。
-最後に視聴者や読者に向けてメッセージをお願いします。
解決する部分やスカッとする部分がなくて混沌(こんとん)としているドラマなので、本当に視聴者の方の判断に委ねるところが大きいと思います。こちら側が与えているわけではなくて、見る側が判断していくという形は、やはり今の時代の流れなのかなと思います。新しいドラマを提示してみますので、ぜひ見てみてもらってもいいでしょうかという感じですね。
(取材・文・写真/田中雄二)
