暗黒エネルギーは時間とともに変化し標準的な宇宙論モデルは崩壊する可能性がある / Credit:Canva
宇宙を加速膨張へと導く「暗黒エネルギー」は、何十億年ものスケールで変化しない“定数”と長らく信じられてきました。
しかしアメリカのハーバード大学(Harvard University)で行われた研究により、この暗黒エネルギーが時間とともにわずかに変化している可能性が取り沙汰されています。
もし「宇宙定数」が恒久的ではないなら、現在の標準的なΛCDM(ラムダ・シー・ディー・エム)モデルには大きな再検討が必要になり、私たちが思い描いてきた「宇宙の姿」も書き換わるかもしれません。
一見、壮大な理論上の話に思えますが、実際には最新の観測データや弦理論・超重力理論の枠組みが、この“変化する暗黒エネルギー”シナリオを後押ししつつあります。
本当に暗黒エネルギーは時の流れとともに変動しているのでしょうか?
研究内容の詳細は『arXiv』にて発表されました。
目次
暗黒エネルギーの傾きはあるのか?暗黒エネルギーを総当たり 仮想空間で発見された“坂道”の正体新時代の宇宙論へ 暗黒エネルギーの傾きを捉えられるか
暗黒エネルギーの傾きはあるのか?
暗黒エネルギーは時間とともに変化し標準的な宇宙論モデルは崩壊する可能性がある / Credit:Canva
暗黒エネルギーという言葉を初めて聞いたとき、多くの人は「宇宙の加速膨張を生み出す、正体不明のエネルギー源」として戸惑いと興奮を覚えました。
その発端は、1990年代後半に遠方の超新星観測を詳細に行ったことです。
超新星の光を「宇宙の明るさの標準灯」とみなし、その距離や速度を調べたところ、宇宙は想像以上に急激なペースで膨張していると判明し、天文・物理の世界は一夜にして大騒ぎになりました。
かつてアインシュタインは自身の理論に「宇宙定数」という項を導入しましたが、それをうまく観測と結びつけられず、「最大の誤りだった」と嘆いたと言われます。
それなのに超新星観測が見事に「暗黒エネルギー=宇宙定数説」を裏付けたため、いったんは“失敗作”扱いされていた概念が、再び脚光を浴びることになったのです。
こうして暗黒エネルギーは、真空にほぼ一様に染み渡る定常的なエネルギー──いわゆるΛCDMモデルの中心的存在として広く受け入れられるようになりました。
ところが近年、この暗黒エネルギーが本当に変化しないのか、という疑問が再燃しています。
例えて言えば、私たちはこれまで「宇宙という巨大プールの底は完全に平ら」と思い込んでいましたが、実は“少し傾斜した床”なのではないか──すなわち時間や場所によってエネルギーの分布に微妙な変化が生じうるのではないか、という見方です。
もし暗黒エネルギーがわずかに“坂道”を下るように動いているなら、宇宙膨張の速度や将来の運命までも、私たちが従来考えてきた以上に多様なシナリオを生み出すかもしれません。
こうしたアイデアの背後には、弦理論や超重力理論など先端的な研究の数理的アプローチがあります。
真空エネルギーをきわめて厳密に構成しようとすると、完全に平らな状態(定数)を維持することはむしろ特別なケースで、少し傾いたポテンシャルをもつほうが自然かもしれないという議論が出始めました。
さらに観測の面でも、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の測定や遠方銀河の光度分布解析など精度の高いデータを調べると、「暗黒エネルギーがごくわずかに変化している兆しがある」と報告する研究が増えています。
証拠が完全に揃ったわけではありませんが、ΛCDMモデルの微調整だけでは説明しにくい観測結果が見つかり始めており、「時間変化する暗黒エネルギー」への関心が高まりつつあるわけです。
(広告の後にも続きます)
暗黒エネルギーを総当たり 仮想空間で発見された“坂道”の正体
暗黒エネルギーは時間とともに変化し標準的な宇宙論モデルは崩壊する可能性がある / Credit:Canva
暗黒エネルギーが実際に時間変化するかどうかを確かめようとしても、実験室でビーカーを使って測定するわけにはいきません。
そこで研究者たちが行ったのは、理論計算と数値シミュレーションによる“仮想実験”です。
具体的には、弦理論や超重力理論で扱われる複数のスカラー場、さらに「フラックス(場の巻きつき方を定量化する量)」などを組み合わせ、あらゆるパラメータを変化させながら「暗黒エネルギーがどう振る舞うか」を総当たりでチェックするという手法を取りました。
この作業は、いわゆる“ノーゴー定理”や“Swampland条件”という数理ツールを駆使し、「本当に安定したdS(デ・ジッター)真空を弦理論の枠内で作れるのか?」「暗黒エネルギーがわずかに勾配をもった状態のほうが、理にかなうのではないか?」といった疑問に光を当てる試みでもあります。
さらに高次元でのコンパクト化を考えたり、複数のスカラー場が相互作用したりするケースまで網羅的に調べた結果、暗黒エネルギーが完全なる定数として安定するのは極めて特殊な条件が必要で、むしろ少し傾いた方が矛盾が起きにくい可能性が浮上しました。
また、その微妙な“傾き”は宇宙の膨張速度や構造形成に時間とともにじわじわ影響しうる、という示唆も得られています。
特に、「強いエネルギー条件(SEC)」や「Nullエネルギー条件(NEC)」と呼ばれる相対論由来の制約をどう扱うかが研究の焦点になりました。
これらの制約は通常、重力理論に厳しい縛りをかけますが、パラメータの調整や一部条件の緩和を試みると、メタ安定なdS真空が作れない場合や、不安定化する場合が次々と明らかになったのです。
一方で、暗黒エネルギーを“少しだけ傾斜した状態”に置くと、理論と噛み合い、パラメータの不自然な微調整も減らせるという結果が示されました。
この一連の研究成果は、「時間変化する暗黒エネルギー」シナリオが単なる思いつきではなく、実際に理論的な裏付けを持つものへと進化しつつある事実を示唆します。
もし近い将来、CMBの超高精度観測や大規模な遠方銀河サーベイなどで“わずかな傾斜”の痕跡が見つかるなら、私たちが当然視していたΛCDMモデルに置き換わる新たな宇宙像が一気に現実味を帯びるかもしれません。