
現代の東京の片隅。美咲、優花、さくらの3人は、古い一軒家で一緒に暮らしている。毎日、それぞれ仕事、学校、アルバイトへと出掛けていって、帰ると3人で一緒に晩ごはん。リビングでおしゃべりをして、同じ寝室で眠り、朝になったら一緒に歯磨きをする。もう12年。家族でも同級生でもないけれど、ある理由で強い絆で結ばれている3人は、そんなふうにお互いを思い合いながら、穏やかで、楽しく気ままな日々を過ごしている。けれど美咲には、バスで見かけるだけの気になる人がいて、優花とさくらもそのことに気づく。それぞれが抱える、届きそうで届かない〈片思い〉とはーー。
広瀬すず、杉咲花、清原果耶の3人を主演に迎え、強い絆で結ばれた3人の女性が織りなす日常と究極の〈片思い〉を、オリジナル脚本で描きだす『片思い世界』。『花束みたいな恋をした』(2021)の脚本・坂元裕二と監督・土井裕泰が再びタッグを組み、彼女らの切実な片思いの、その行く末に寄り添う。
予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表の池ノ辺直子が映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』、今回は『片思い世界』の土井裕泰監督に、本作品や映画への思いなどを伺いました。

坂元裕二氏と創った「寓話性とリアリティ」の共存する世界
池ノ辺 今回、『花束みたいな恋をした』で一緒に組んだ坂元裕二さんとの再タッグということですが、最初に坂元さんの脚本を読んだ時、どういう印象でしたか。
土井 よく聞かれる質問なんですけど、実は最初から出来上がった脚本を受け取るわけではないんです。最初は本当に何もない状態で、「また一緒に映画をやりましょう。広瀬すずさん、杉咲花さん、清原果耶さんの3人の主役で書いてみたいんです。」と、そこからのスタートでした。坂元さんから紙一枚で話の初期設定のようなもの、「3人の女の子たちが1軒の家に共同生活をしていて、今日は一番年下の女の子の20歳の誕生日である、実は彼女たちは‥‥」というものが届いたのは、しばらくたってからのことです。

池ノ辺 そこから坂元さんと一緒に考えていったんですか。
土井 一緒にというか、僕たちが感想を返して次の坂元さんのアクションを待つといった感じですね。手紙をやりとりするように。そうやってプロットが少しづつ具体的になっていきましたが、「脚本」という形のものを受け取ることができたのはずいぶん後になってからですね。
池ノ辺 主役の3人は最初から決まっていたんですね。
土井 はい。それで3人のスケジュールが合うのが2年近く先のことになるとわかったので、そこから逆算して作業を始めました。しかし、もうそろそろ準備を始めないと、という段階でもまだ脚本という形にはなってなかったんです。今回の作品は、寓話性とリアリティが共存している、その世界をどう創るかということが一番の肝だと思ったので、まず美術や衣装、撮影、制作のスタッフたちとイメージを持ち寄る作業を始めていきました。



池ノ辺 そうこうするうちにまたお手紙が届くわけですね(笑)。
土井 こちらからも、3人が住む家は、こんなものを考えていますとか、衣装はこんなイメージを持っています、といったところを坂元さんに送りました。そういうをやりとりを繰り返してだんだん精度が上がっていく、そんな感じでした。ですからよく「最初に脚本を受け取った時の感想は?」と聞かれるのですが、坂元さんとの仕事で最初から出来上がった脚本があるという経験は今のところないんです(笑)。

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3人だからこそ生まれたあたたかな一つの光
池ノ辺 主役の3人は最初から決まっていたということですが、映画を拝見すると、すごく3人が生き生きとして可愛くて、それは楽しかったのですが、映画が進むにつれて、次はどうなるんだろうと思ったり切なくなってしまったり、ああ、だからこのタイトルなのねと納得するものもあって‥‥。
土井 今回坂元さんは、大きな「物語」をどう提示するかということをテーマにしているんだなと感じていました。実は脚本になる前のプロットの段階で坂元さんから『片思い世界』というタイトルの提案があったんです。その時に、腑に落ちたというか向かう方向がちゃんと見えた気がしました。先ほど言った寓話性とリアリティの匙加減、その落としどころが、このタイトルの中にちゃんとあると思いました。坂元さんならではの言葉の生み出し方、センスですよね。すごいなと思いました。

池ノ辺 主役級の3人が主演として揃っていますが、いかがでしたか。
土井 彼女たちはそれぞれ1人ずつでもポテンシャルが高いし集中力も瞬発力もある人たちだというのはわかっていたので、そういう意味での心配はまったくなかったです。実際に撮影中、この3人が一つの画面に写っている時の強さというか幸福感は、モニターを見ながら常に感じていました。ただ、それぞれがすごく力があって輝いているんだけれど、それは輝きをぶつけ合うようなものでは一切なかったんです。
池ノ辺 そこはちょっと心配していました。どうなるんだろうって。
土井 確かに「3人主役だと大変じゃない?」と言われることもありましたけど、そういう意味で大変だと思ったことはなかったですね。
池ノ辺 撮影中はどんな感じだったんですか。
土井 気がつくと3人はいつも一緒でしたね。スタジオの片隅でもロケ現場の道端でも、椅子を並べて常に3人で寄り添っておしゃべりしている、そんな感じでした。今回は個々の輝きをぶつけ合ってハレーションを起こすのではなく、3人で何か一つのものを生み出していく、3人が集まったことでしか生まれない特別な光がそこに生まれる、そういうことを目指しているんじゃないかと思いました。

池ノ辺 確かに個性が強くてそれぞれ主役を張るような人たちが一緒に集まって、何か別の光やあたたかさが出ていて、それが逆にちょっと悲しい、切ないと思ったりしました。
土井 この作品にとって、実は一番大事なのは描かれていない12年間のことなんです。ここで描かれている彼女たちの姿は、その前の12年間をどう生きてきたかということの結果なんです。3人がとにかくずっと付かず離れず一緒にいたというのは、その時間を少しでも自分たちの中で埋めていくことが、この映画にとってものすごく重要なことだと認識していたからだろうと思います。



