1980年代のアニメ誌は、当時のアニメファンにとってネットもSNSもない時代の数少ない情報源のひとつでした。今回入手した「アニメージュ」1980年12月号には、ガンダム映画化の熱狂から驚きの掲載内容まで、いまでは考えられない「昭和の大らかさ」が詰まっていました。



安彦良和さん描き下ろしの「セイラ・マス」が描かれた、「アニメージュ」1980年12月号の表紙

【画像】えっ、「ガンダム」ヒロインのヌードも…こちらが時代を感じる1980年「アニメージュ」です(4枚)

誌面から伝わる『ガンダム』への熱狂ぶり

 現在、世界中で日本のアニメが空前の人気を誇り、配信プラットフォームからSNSまであらゆる場所でアニメ情報があふれています。しかし、いまと違ってネットやSNSがなかった昔のアニメファンは、雑誌という紙媒体に情報を求めていました。

 今回手に入れた「アニメージュ」1980年12月号には、『ガンダム』映画化に沸くファンの熱狂と、現代では考えられない衝撃的な内容が満載。キャラクターの裸体掲載から声優の自宅取材、セル画盗難事件の公開捜査まで――いまも続くアニメカルチャーの「原点」を覗いてみましょう。

『ガンダム』映画化決定の熱狂

 手元の雑誌の表紙には「’81年 春 機動戦士ガンダム 映画化決定! いったいどういう映画になるのか!?」というキャッチコピーが躍ります。現在では3部作として知られる『ガンダム』劇場版ですが、当時はほとんど情報がない状態。ファンの飢餓感が誌面から伝わってくるかのようです。

 表紙は安彦良和さん描き下ろしの「セイラ・マス」。赤い私服姿で拳銃を正面に構えたイラストです。あまり見慣れない衣装について、編集後記にあたるコーナーに興味深い裏話が。『機動戦士ガンダム』第2話「ガンダム破壊命令」の平服姿であり、安彦さん本人が「こんな服装もある」ことを示したかったと語っています。

 10ページに渡る「ガンダム」特集のトップを飾るのは、1980年10月9日に行われた映画化の記者会見レポート。ここでも時代を感じる記述があります。映画化決定の第一報はスポーツ紙の「リーク」(日刊スポーツ/10月2日)だったため、制作側が大慌てで記者会見を開いたというのです。

 誌面で強調されていたのが、松竹系で映画化されることへの驚き。当時は『宇宙戦艦ヤマト』の東映、『ルパン三世』の東宝と比べ、メジャー配給会社の中で松竹だけがアニメ映画の実績がなかったとしています。いまでこそ松竹といえば、「ガンダム」シリーズの劇場作や『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』など、数々のヒット映画を有しており、こちらも時代を感じさせる記述です。

 富野由悠季監督のコメントでは、単なる総集編もののダイジェスト版にはしたくないとして、上映時間は松竹との話し合いで2時間半以内におさめたいと思っているが、43話の話を1本でまとめるのは不可能であり、何本にならざるを得ないと語っています。「1本にというのなら、監督を降ろさせてもらったと思います」という強い言葉も残しています。

 キャラクターデザイン・作画監督の安彦良和さんは「出すからには、お化粧をさせてきれいにしてやりたいのが親心。大画面で見られるよう、いま手直しのまっ最中です」とコメント。この発言が実際の劇場版の美麗作画につながったことを思うと感慨深いものがあります。

いまでは考えられない「おおらか」な掲載内容

 劇場版への期待を語るコーナーで目を引いたのは、フラウ・ボゥやセイラの「ヌード」について言及した部分。「劇場版では見られなくなるのはもったいない」と惜しみつつ、彼女たちのヌードシーンの場面写真が堂々と掲載されているのです。今の雑誌では考えられない「おおらかさ」に驚かされました。

「取材をもとに推測する――キャスティングの問題をどうするのか!」というコーナーでは、ガンダム劇場版のキャスト変更問題について論じています。映画では「ひとり一役が基本」として、TVでダブルキャストだったキャラクターの声優変更は「残念ながらありうる」と指摘。声優・永井一郎さんは「ナレーターのみかな。デギン・ソド・ザビもすきなんだけど…」と誌面で語っており、実際に劇場版でデギン役は、藤本譲さん(第1部)、柴田秀勝(第3部)さんが務めています。こうした製作側の内情に踏み込む記述も、いまのオフィシャル監修を受けた記事ではなかなか見られにくいものです。



『サイボーグ009 超銀河伝説』ビジュアル (C)石森プロ・東映

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声優と一緒に豪華サイパンツアー!?

 この号では『サイボーグ009 超銀河伝説』(1980年12月10日公開)の特集も組まれていました。なかでも驚いたのが「サイボーグツアー参加者募集!!」という記事です。なんとアニメ公式とファンによる、4日間のサイパン旅行ツアーが企画されていたのです。

 ゲストには原作者の石森章太郎さん、飯島敬プロデューサー、さらには主要声優陣として井上和彦さん(009/島村ジョー役)、杉山佳寿子さん(003/フランソワーズ・アルヌール役)、アニメソングを歌う町田義人さん、山本百合子さんなど錚々たるメンバーが参加予定とのこと。「X島でのサバイバルライフ」「マリンスポーツチャレンジ」「ゴージャスな歌と踊りのステージ」に加え、声優やスタッフによる楽しいショー、さらにはサイン色紙や映画原画セル、記念写真などの特典付き。

 募集人数100人限定で費用は13万5000円。当時の物価から考えると相当な高額ですが、この内容なら安いとさえ思うファンもいそうです。

声優特集の衝撃的な親密さ

 折り込みページには、『機動戦士ガンダム』のマチルダ・アジャン役で人気を博した戸田恵子さんのグラビアが掲載されていました。笑顔ではなくアンニュイな表情に徹しており、黒のレザージャケット姿でクールな印象です。タバコをくゆらせる場面もあり、「大人の女性」として演出されていたのも印象的でした。

 さらに衝撃だったのは、人気声優インタビュー「声優24時」のコーナー。『戦国魔神ゴーショーグン』のレオナルド・メディチ・ブンドル役や『宇宙戦士バルディオス』のマリン・レイガン役などで知られる、故・塩沢兼人さんが特集されており、いまでは考えられない取材スタイルに驚きました。取材場所はなんと塩沢さんの自宅で、「適当な喫茶店もないから、いっそ僕んちきます?」というフランクさで記者を迎え入れたそうです。

 記事では両親はおらずおばあちゃんとふたり暮らしであることや、「お酒を飲んでジャズを聴いているときが最高」といった私生活まで赤裸々に語られています。現代の声優インタビューではなかなか見られない親密さです。

セル画盗難事件の公開捜査

 雑誌末尾で最も驚いたのは、『ルパン三世』の銭形警部のイラストとともに「WANTED!! 『あしたのジョー・2』セル画盗難!!」と題された記事です。銭形警部の口調で記された文章によれば、1980年10月13日の深夜、東京ムービーに「怪盗」が忍び入り、セル原画12000枚(!)を盗んだとのこと。

 うち850カットは過去の話数のものでしたが、新エピソードでは20カットが紛失。撮影前だったため、描き直しを余儀なくされたそうです。記事末尾には「10月20日現在、事件は未解決です。何かお心あたりのある人はご連絡ください」と、まるで公開捜査のような呼びかけまで。

 昔は、いまよりも気軽にアニメ制作現場に訪れることができ、それゆえこうした窃盗事件もしばしば起きたとされます。「おおらかな時代」ゆえの弊害だといえるかもしれません。

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 今回手に取った一冊の古いアニメ誌は、当時のファンが必死に求めた、アニメの数少ない情報源のひとつでした。月に一度の発売日を心待ちにし、雑誌の隅々まで読み込み、記事を切り抜いてスクラップブックに貼り付けるーーそんな文化がいまや懐かしく感じられる一方、当時の雑誌とファンが育てたアニメへの情熱が、途切れることなく現代へと続いてることを思えば、とても感慨深いものがあります。