空気中の鳥インフルエンザウイルスを「5分で検出」できる小型センサーを開発 / Credit:Joshin Kumar et al . ACS Sensors (2025)

世界が新たな感染症の脅威にさらされた記憶は、まだ色濃く残っています。

そんななか、アメリカのワシントン大学で行われた研究によって、致死性の高い鳥インフルエンザウイルス(H5N1)を、わずか5分以内に検出できる小型装置が開発されました。

複雑な検査手順や長い待ち時間を要しない「キャパシタ型バイオセンサー」と呼ばれる技術を活用することで、現場で素早くウイルスの存在を察知できるといいます。

もしこの技術が普及すれば、ウイルスの拡散を食い止める切り札になるかもしれません。

この装置は本当に、私たちを次のパンデミックから守ってくれるのでしょうか?

研究内容の詳細は『ACS Sensors』にて発表されました。

目次

鳥インフルエンザH5N1の脅威──なぜ“空気中のウイルス”に注目するのか5分で空気中の鳥インフルエンザの存在を判定する仕組み空気中のウイルスを5分で検知できるようになると何が変わるか?

鳥インフルエンザH5N1の脅威──なぜ“空気中のウイルス”に注目するのか


空気中の鳥インフルエンザウイルスを「5分で検出」できる小型センサーを開発 / Credit:Canva

高病原性の鳥インフルエンザH5N1は、「鳥インフルエンザ」という名前からもわかるとおり、もともとはニワトリやカモなどの家禽・野鳥の間で大流行を繰り返してきたウイルスです。

しかし、これがもしヒトに広がったらどうなるでしょうか。

過去には、養鶏場で集団発生したH5N1がヒトに感染し、重症化や死亡例が報告されたこともあります。

その数自体は多くはないのですが、問題はウイルスが変異しやすい性質をもっていること。

いったんヒト同士で容易にうつる“呼吸器経路”を獲得すると、新型コロナウイルスのような世界的なパンデミックを引き起こすリスクが一気に高まります。

人類が免疫を十分に持たない未知のウイルスが蔓延するとどうなるか──これはすでに私たちがここ数年で身をもって体験してきたことでもあります。

そこで「空気中にどれだけH5N1が漂っているのか」を素早く測れる技術があれば、感染爆発の芽をいち早く摘むことができるかもしれません。

これまでにもPCR検査のように、遺伝子を増幅してウイルスを高感度で検出する方法は存在しました。

しかし、PCRには時間と手間、そして専門設備が必要です。

近年では、30分ほどで結果を得られる簡易PCR装置も一部で開発されていますが、依然として従来型は大がかりな機器と作業工程を要します。

現場で何十、何百というサンプルを素早く調べることは、大がかりな出張ラボや熟練技術者のサポートなしには難しい状況でした。

一方で抗体を利用した「イムノアッセイ」などの検査方法も開発されていますが、比較的早いとはいえ最短でも数十分以上かかったり、ターゲットとなる病原体に合わせて反応試薬を用意する必要があったりするのが現状です。

そこで今回研究者たちは、もっと簡単かつ短時間で、空気中のウイルスを直接検出できる方法を開発することにしました。

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5分で空気中の鳥インフルエンザの存在を判定する仕組み


空気中の鳥インフルエンザウイルスを「5分で検出」できる小型センサーを開発 / Credit:Joshin Kumar et al . ACS Sensors (2025)

新たに開発されたセンサーは大きく分けて「空気からウイルスを集める工程」と「ウイルスを検知するセンサーの工程」の二段構えになっています。

まず、空気中にあるごく微量のウイルスを液体内へ取り込みます。

ただ空気中のウイルスは非常に小さいため、そのままセンサーに吹きかけても正確に検出するのは難しいところです。

そこで研究チームは、ウェットサイクロン式サンプラーという装置を用いました。

これは、外部から空気を勢いよく吸い込み、内部で渦を巻く液体と空気を接触させることで、空気中のウイルスを液体へ巻き込み、最後にその液体を回収するという仕組みです。

こうしてウイルスが含まれるかもしれない液体サンプルが得られたら、次はいよいよ新開発のバイオセンサーの登場です。


空気中の鳥インフルエンザウイルスを「5分で検出」できる小型センサーを開発 / Credit:Joshin Kumar et al . ACS Sensors (2025)

このバイオセンサーはPB(プルシアンブルー)とGO(グラフェン酸化物)という素材を特殊な方法で同時に電極に塗り込み、ウイルスが電極に付着すると電気容量(キャパシタンス)が変化する仕組みになっています。

(※要は特定のウイルスが付着したときだけ電気的な変化が起こる電極です)

この電極表面にはH5N1ウイルスに結合しやすい抗体やアプタマーが固定化されているので、ウイルスを含む液体サンプルを電極に浸すだけで、ウイルスの有無による電気的変化が短時間で観測できます。

しかもPCRのようにDNAやRNAを増幅する工程を必要としないため、結果が出るまでにかかる時間はおよそ5分以内という短さです。

さらに、この装置ではウイルスがどれくらいの濃度で含まれているかを大まかに推定する工夫も取り入れられています。

具体的には、サンプル液を何段階かに薄めて各段階での陽性・陰性を判定し、“どの段階まで陽性が持続するか”を見比べることでウイルス量の目安をつかむという方法です。

これを「準定量(Quasi-quantification)」と呼び、PCRほど厳密ではないものの、現場で危険度を素早く把握するには十分だと考えられています。

最終的に研究者たちが示したのは、空気をサッと吸い込んで液体に閉じ込めるサンプラーと、ウイルスを電気容量の変化で検知するキャパシタ型センサーを組み合わせれば、複雑な装置や長い検査時間を必要とせず、空気中のH5N1ウイルスを短時間で捉えられるということです。

PCRなどの従来の手法に比べると、現場ですぐに対応できるというアドバンテージが大きく、複数の病原体に対応する改良やさらなる小型化・自動化にも大きな期待が寄せられています。

研究としてはまだ実験室ベースとはいえ、この技術が実用化されれば、インフルエンザや他の呼吸器系病原体の早期発見に大きく貢献するかもしれません。