ダイソン球を理論的に安定化させる方法を発見 / Credit:Canva
太陽のような恒星を丸ごと覆い、そのエネルギーを余さず活用するという壮大な構想「ダイソン球」。
SF作品でもしばしば取り上げられ、未来文明の究極兵器やエネルギー源の象徴として描かれてきました。
しかし、理論的には「中心からわずかにずれるだけで構造全体が崩壊しかねない」とされ、長らく実現は不可能だと思われてきたのです。
ところがイギリスのグラスゴー大学(UofG)で行われた研究により、ダイソン球を安定化させる理論的枠組みが提示されました。
はたして、私たちが夢見るこの“恒星スケール”のメガストラクチャーは、本当に安定して存在しうるのでしょうか?
研究内容の詳細は『Monthly Notices of the Royal Astronomical Society』にて発表されました。
目次
ダイソン球はなぜ“不安定”と思われてきたのかダイソン球を安定化させる新理論メガストラクチャーを支える「ダイソン球理論」
ダイソン球はなぜ“不安定”と思われてきたのか
ダイソン球を理論的に安定化させる方法を発見 / Credit:Canva
ダイソン球とは、一つの恒星をまるごと覆うほど巨大な球殻を築き、その内側で恒星のエネルギーを余すところなく収集・利用してしまおうという壮大な構想です。
SF作品でも頻繁に登場し、「もし実現できれば、事実上無尽蔵のエネルギー源を手に入れたも同然だ」と多くの人を魅了してきました。
しかし一方で、19世紀にジェームズ・クラーク・マクスウェルが土星の環を調べた際、「環が剛体だった場合は中心からわずかでもずれると漂流してしまい、安定にはならない」という結論を導いたことはよく知られています。
マクスウェル自身がダイソン球を論じたわけではありませんが、「中心天体と環(または球殻)の二体問題では、ズレを修復する力が働かず、やがて崩壊に至る」という考え方は、のちに恒星を覆う構造にも不安定性を示唆するものとして広く引用されてきました。
では、この話を「恒星を覆う球殻(ダイソン球)」に当てはめるとどうなるか。
理屈の上では、やはり中心の恒星からの引力バランスが少しでも崩れると、その崩れを取り戻す力が働かず、どこかで衝突か完全な漂流を起こすのではないか――そんな不安定説が長らく定説でした。
しかし、現実の宇宙に目を向けると、恒星が二つ以上ペアを組んでいる「連星系」は決して珍しくありません。
さらに惑星や衛星が複雑に絡み合う多体系も数多く存在します。
実は、重力源が一つしかない二体問題では、中心からわずかにずれたときに元へ引き戻す力が働かず、やがて衝突か漂流に至るケースが多いのですが、複数の重力源が同時に引っ張り合うと、お互いの重力井戸(ポテンシャル)が干渉し合う「場」が生まれます。
その場のなかには、少し動いても反対側の引力や回転力によって元に戻されるという“安定点”が出現する可能性があるのです。
いわば、綱引きを想像してみてください。
片側だけの綱引きでは引き戻してくれる役がいませんが、複数方向から綱を引かれると、うまくバランスを保てる場所が生まれることがある――それに近いイメージです。
こうした視点から考えると、「もし中心が一つとは限らない状況なら、ダイソン球やリング構造が意外な安定性を示す余地があるのではないか?」という疑問は、近年になって再び注目を集め始めたのです。
実は、このような制限三体問題の視点からリングや球殻を考えてみると、昔からちょっとした“余地”を指摘する声はありました。
SF作家ラリー・ニーヴンの『リングワールド』や、他の作家が描く“二つの星をまたぐ大規模構造物”といった物語でも、連星系下での巨大環や人工天体がちらっと語られることがあります。
また、19世紀にはラプラスが土星の環について色々と調べたり、ウィリアム・ハーシェルが環の形状安定に関する仮説を示唆したという歴史的エピソードも残っています。
けれども、具体的に「どんな条件で安定なのか」を数値解析や線形安定性理論まで踏み込んで突き詰めた研究は多くはありませんでした。
ところが近年、地球外知的生命体(ETI)を探すSETIプロジェクトの一環で、「奇妙な赤外線放射源が見つかったら、それはダイソン球などの超巨大人工物かもしれない」という可能性が真剣に検討され始めています。
(タビーの星と呼ばれるKIC 8462852が一時期“エイリアンのメガストラクチャー説”で注目を浴びたのも記憶に新しいかもしれません。)
もし連星系の片方を囲むダイソン球が自然に安定して存在できるなら、それこそ“メガストラクチャーが宇宙に実在する”という非常に刺激的なテーマになります。
安定していれば長期間にわたって崩壊せず、それを遠くからでも赤外線観測によって検出できるかもしれません。
「巨大なフタ」がかぶっている恒星は、通常とは異なるスペクトルを示すはずだからです。
こうした背景を踏まえたうえで、ある研究チームが新たに注目したのが、「連星系や惑星–衛星系などの制限三体問題を前提にしたとき、リングやシェル(ダイソン球)に平衡点が生まれるかどうか、そしてそこが安定解になる条件は何か」という疑問です。
言い換えれば、マクスウェルが示した“剛体リングの不安定性”をさらに拡張し、もう一つの重力源がある状態でのシミュレーションを詳しく行うことで、安定化の秘密を探ろうというわけです。
もし本当に“もう一つの天体”が加わることで微妙な重力バランスが生まれ、ダイソン球の不安定説に例外が見つかるなら、理論面でのインパクトは大きいでしょう。
そこで今回研究者たちは、三体問題を応用した数理モデルと数値解析を用いて、「連星系などにおけるリングやシェルの安定化条件を徹底的に解析する」ことにしたのです。
仮にリングやシェル自体の質量が十分小さく、主星同士の運動に影響を与えないという前提が守られれば、そのポテンシャルの地形から安定的な平衡点を求めることができます。
そこで得られた知見は、これまでただの空想と言われがちだった巨大構造物の実在を、少なくとも理論面では再評価するきっかけになるかもしれません。
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ダイソン球を安定化させる新理論
この図は、連星系を想定したシンプルなモデル内で、リング状の構造がどこに安定して留まるかを示しています。 図中には、2つの主要な天体(例えば連星)が配置され、その周囲に軽量なリングが展開される様子が描かれています。 リングがとることができる7つの平衡点が示されており、そのうちのいくつかはリングが片方の天体を包み込む配置となっている点が特徴です。 また、図中で示された「衝突集合」部分は、リングが実際に天体に接触してしまう危険な領域を表しており、平衡点の位置が安全な範囲内にあるかどうかが確認できます。 このように、図は従来の二体問題で予想された不安定性が、複数の重力源の存在によってどのように打破され、安定的な平衡状態が実現可能になるかを視覚的に理解できる非常に象徴的なものとなっています。/Credit:Colin R McInnes . Monthly Notices of the Royal Astronomical Society (2025)
調査にあたってはコンピュータ上で“仮想の宇宙”を作り出してシミュレーションを行いました。
イメージとしては「二つの星がぐるぐる回っている状況」に「とても大きいけれど羽のように軽いリング(または球殻)」をそっと置いてみるわけです。
二つの星は互いの重力で引き合って回転し、リングや球殻はそこから受ける引力を頼りに「どこに落ち着こうとするのか」、あるいは「少しでも揺らすとすぐに転げ落ちてしまうのか」を見るのです。
実際にやってみると、あたかも何本もの綱引きロープの真ん中にリングや球殻を据えたような状態になることがわかります。
もし星がひとつしかないと、少し引っ張られればあとはドミノ倒しのように崩れてしまいます。
ところが二つの星がちょうどいい位置関係で引っ張り合っていると、リングや球殻が引かれる向きが多方向から微妙に均衡するため、まるで“ぐらぐらだけど倒れない”シーソーの真ん中に乗っているような状態が生まれるわけです。
研究チームはこの均衡点を時間をかけてシミュレーションし、ほんの少し揺らしてみても大崩壊せずに安定するパターンが存在するのを確認しました。
特に印象的なのは、「小さいほうの星を取り囲むようにリングや球殻を配置すると、意外にも長い間崩れずに維持できる」という発見です。
通常の二体問題では「中心が恒星なら、そこから外れた瞬間に終わり」という話だったのに、連星系の場合は「小さな星を取り囲む」ことで、全体の重力のバランスがうまくいく可能性があるのです。
ただし、これは一定の質量比やリング・シェル半径など、パラメータが限られる上での結果であることも同時に示されています。
いわば、片側だけの綱引きではすぐに引きずられてしまうところを、もう片方の星も加わることで複数方向から引っ張られ、かえって“どっちにも行けない安定域”に落ち着く――そんなイメージです。
もちろん、この結果だけで「ダイソン球が当たり前のように存在するはずだ!」というわけではありません。
「恒星を覆う構造は不安定だ」という従来の常識に対して、“連星系という舞台ならそうとも限らない”という可能性を提示した点は大きいでしょう。