思いがけず犯罪に巻き込まれたとき、被害者側に立って司法手続きやマスコミ対応をする弁護士が「犯罪被害者代理人」である。性犯罪、交通事故、殺人など、さまざまな事件の被害者を支援しているのが弁護士の上谷さくら氏。2019年に起きた池袋暴走事故においては、被害者家族・松永拓也さんとともに、加害者である飯塚被告(当時)の裁判に臨んだ。
氏の著書『犯罪被害者代理人』より一部を抜粋し、法廷で交わされる加害者と被害者家族のやり取りを紹介する。
被告人質問
被害者参加制度の大きな柱の一つが、被害者参加人による被告人質問です。被告人質問とは、犯罪事実や情状などについて、弁護人、検察官、裁判官が被告人に質問し、被告人がそれに答える手続きです。
まず弁護人が被告人に対し、被告人について有利な事情などを聞き出します。それを受けて検察官が反対質問を行い、被告人の供述の矛盾点などを引き出します。裁判官は適宜、間で質問を挟むこともありますが、最後にまとめて質問することが多いです。何も聞かない場合もあります。
ここで被害者参加をしていれば、被害者参加人と被害者参加弁護士から、被告人に直接質問することができるのです。通常は、検察官のあとに続いて質問します。
被告人には「黙秘権」があります。全部の質問に答えなくてもいいし、自分が答えたい質問だけに答えることもできます。もちろん全ての質問に答えても構いません。ただし、法廷で話したことは、有利に認定されることもあれば、不利に認定されることもあります。
検察官は、起訴した以上、有罪であるという強い確信を持って公判に挑みます。そのため、被告人が無罪を主張している場合、検察官は有罪立証のためにかなりの労力を費やします。そして、被告人質問では、法廷で被告人が何をどのように話すのか分からないので、あらゆるケースを想定して、反対質問の準備をします。
特に、この事件(2019年に起きた池袋暴走事故)のように、被害結果が重大で世間の注目度がとても高い事件については、有罪が認められるよう、非常に神経を使います。そのような事件で、有罪立証の責任を負わない被害者参加人や被害者参加弁護士が被告人質問をする場合は、検察官との綿密な打ち合わせが必要です。
被害者が、自分が知りたいことを被告人に質問したい、という気持ちは分かりますが、その質問と被告人の答えによっては、検察官の立証を邪魔してしまう恐れがあるからです。
松永さんにもその説明をしたうえで、まずは松永さんに、被告人に質問したいことを全て列挙してもらいました。内容をある程度整理してから、検察官と打ち合わせを行い、検察官から質問したほうがいいことと、松永さんから質問したほうがいいことを分けました。検察官は「公益の代表者」として質問しますので、立場的に質問しにくいこともありますし、同じ質問でも、ご遺族から聞いたほうが効果的なものもあるからです。
どうしても自分から聞きたい
質問事項を整理したあと、松永さんと高橋弁護士、私で被告人質問の練習をしました。質問の仕方にもお作法があり、被告人が端的に答えやすいように質問することが求められます。
例えば、「あなたは週に何回くらい運転していましたか?」という聞き方では、免許を取得したばかりの頃の話なのか、事故の頃のことなのかが分かりません。「この事故が起きる1か月前から事故までの間」など、時期を特定することが必要なのです。そういったことを確認しながら、質問内容を一つひとつ確定していきました。
そして、高橋弁護士と私で、被告人がどう答えるのかを「質問に真正面から答えた場合」「質問に対し、のらりくらりとかわす場合」「答えられない、答えたくない、などと繰り返す場合」などにパターン分けして回答し、それに対して松永さんがどう再質問するのかという練習もしました。
これは、裁判に慣れていない一般の方には相当に難しいことです。ですから、「予期しない答えの場合はそのまま次の質問に進み、あとで被害者参加弁護士から追加質問をする」というルールを決めました。後日、実際に検察官にもそのやりとりを聞いてもらい、了解を得ることができました。
これだけの労力がかかりますので、被害者参加人が被告人質問をすることに対してあまりいい顔をしない検察官もいます。自分で組み立てた立証方法を貫きたい、という気持ちも分かります。
しかし、被害者には「どうしても自分から被告人に聞いてみたい」という質問がある場合があり、この気持ちは最大限尊重されるべきだと思います。自ら質問することが被害回復にプラスになりますし、同じ内容でも、被害者やご遺族からの質問には嘘をつきにくいように感じるからです。その結果として、検察官の有罪立証にプラスになり、あとから感謝されることもあります。
この事件の検察官は、何よりも被害者の心情を第一に尊重してくれて、「これはダメ」と言われることは一切ありませんでした。そのような対応がどれほどご遺族の気持ちを救ったことでしょうか。松永さんら被害者参加人と検察官との間に信頼関係ができていたこともありますが、被害者参加弁護士としても、担当検察官には感謝しかありません。

