性犯罪、交通事故、連続殺人など、さまざまな事件の被害者を支援している弁護士の上谷さくらさんは新聞記者として働いていた経歴を持つ。だが被害者家族への強引な取材に参加してしまったことをきっかけに記者を辞め、被害者、及び被害者家族を守るために弁護士になったという。もしあなたが大切な人を突然亡くしてしまったら、その直後に冷静に記者の取材を受けることはできるだろうか?
書籍『犯罪被害者代理人』より一部を抜粋し、記者と被害者、両方の立場から被害者家族が直面するメディア対応の現実について解説する。
「全く記憶にない」─集団食中毒でのメディアスクラム
メディアで報道されるような大きな事件の被害者や被害者遺族の代理人は、事件の発生直後や公判の時の記者会見、取材依頼の取次などのマスコミ対応も大切な仕事です。私は新聞記者の経験があり、メディア内部の事情が分かりますので、そこは被害者を守るために大きな強みになっていると思います。
そもそも記者を辞めるきっかけとなったのが、事件の被害者遺族への強引な取材、いわゆるメディアスクラムに自ら加担してしまったことですが、心ない取材活動は今もなくなることはありません。
大きな事件での被害者や被害者遺族がいきなり経験するマスコミやSNSといったメディアによる暴力と、また逆にうまく付き合えば、被害者にとってメディアはとても強い味方となることをご紹介します。
2011年4月末から5月にかけて国内で大規模な食中毒事件が起きました。富山県、石川県、福井県、神奈川県の四県にあった焼肉チェーン店「焼肉酒家えびす」で生肉を食べた181人が腸管出血性大腸菌O111による食中毒を発症し、うち5人が亡くなったのです。
この事件がきっかけで牛肉や豚肉などの生食の規制が強化されることになったため記憶に残っている方も多いかと思います。豚や牛のレバ刺しが食べられなくなったことを残念に思っている方もいるかもしれません。
私は被害者弁護団の団長として、この事件に約12年間にわたり関わってきました。結果的には、2020年10月、焼肉店の運営会社の元社長、肉の卸売業者の元役員を富山地検が嫌疑不十分で不起訴処分とし、刑事責任を問えなかったことが無念でなりません。
被害者遺族の一人、久保秀智さんは当時中学2年生だった息子の大貴さんを亡くしました。大貴さんは、生肉を食べた翌日に体調を崩し、その後溶血性尿毒症症候群を発症して意識不明となり、そのまま意識を取り戻すことなく半年後に息を引き取りました。
その時、大きく話題になった事件ということで、多くのメディアが取材に殺到したのです。まさにメディアスクラムです。当時、私はまだ代理人ではありませんでした。
大貴さんが亡くなってから数日のことを久保さんは「全く記憶にないんです」と話します。自宅や葬儀の会場に次々と押し寄せる記者たちに対応してコメントをしていたら、通夜も葬儀もわけが分からないまま終わっていて、記憶にないと言うのです。
久保さんの律儀な性格を表しているエピソードでもありますが、皆さん、ご自身がその立場だったらどう思われますか? マスコミに邪魔されて、大切な我が子との最後のお別れを心ゆくまでできない、その記憶がないなどということが許されるのでしょうか。
葬儀社や葬儀会場に片っ端から電話をして突き止める
こうしたメディアスクラムは今も、私が記者をしていた30年前とあまり変わりません。ただ最近は、東京の場合だと警視庁の犯罪被害者支援室が弁護士会に連絡をし、メディア対応をする弁護士の派遣を要請します。
それを受けて、弁護士が記者クラブに被害者の自宅には行かないよう、人が亡くなった事件であれば葬儀会場に取材に来ないよう要請し、可能な時は代わりにコメントを出すことなどを伝えるようになりました。
これで自宅などにマスコミが押し寄せることはかなり減ったと思いますが、大きな事件になると相変わらずメディアスクラムは生じています。
また、最近は新聞やテレビ、雑誌といった既存メディアが自粛しても、ご遺族の自宅住所が「○丁目」まで報じられることもあるため、ネットメディアや一部週刊誌、フリージャーナリストの中には、被害者の自宅の住所を調べあげてやってくる人もいます。
自宅付近の葬儀社や葬儀会場に片っ端から電話をして突き止めるらしく、葬儀の場にも姿を現します。結局、そういったメディアに負けられないということで、既存メディアも取材に向かいます。
自宅や葬儀に取材に来るメディアには、弁護士が直接会場付近に待機してお引き取りを願うのですが、「表現の自由」を盾に従ってくれない場合も多いと聞きます。突然の事件や事故によって大切な人を亡くした遺族は、誰にも邪魔されずに被害者と最後のお別れをすることを何よりも強く願っているのです。
よく記者の人に話すのですが、せめて葬儀が終わるまでは遺族への取材を控えることはできないでしょうか。もちろん報道の意義も認めるところですが、せいぜい数日の話です。大きな事件であれば、その本筋の取材だけで番組や紙面は埋められるはずです。

