
広島湾の砂浜は、いまも普通の砂浜です。波が寄せて、砂が乾いて、人が歩いていきます。
裸足で踏めば少しざらつく、どこにでもある砂です。
けれどその中に、ガラスのように光る小さな粒がまじっています。
1945年8月6日、街の上空に数秒だけ存在した火の玉が降らせたものです。
イタリアのフィレンツェ大学(UniFI)で行われた研究によって、この原爆投下によって生み出された小さな粒「ヒロシマアイト」を分析したところ、その内部に報告例のない奇妙な構造の金属合金が含まれていたことが報告されました。
研究者たちは、原爆によって「それまで存在しなかった物質」が残されたと述べています。
広島に落ちた原爆の熱は、いったい何を作ってしまったのでしょうか。
研究内容の詳細は2026年7月29日に『Science Advances』にて発表されました。
目次
- 広島の原爆が生んだ「ヒロシマアイト」という物質
- 広島の原爆投下が新物質を生み出していた
- 並び方に、前例がなかった
- 数マイクロメートルの記録装置
広島の原爆が生んだ「ヒロシマアイト」という物質

1945年8月6日、原子爆弾は、市街地の上空およそ600メートルで炸裂しました。
威力はTNT火薬にしておよそ1万5000トン分。生まれた火の玉の温度は、摂氏7000度を超えます。
太陽の表面がおよそ5500度ですから、太陽より熱い球が、街の真上に現れたことになります。
この熱の前では、硬いものと柔らかいものの区別はありません。
火球に近いところでは、鉄骨も、ガラスも、瓦も、土も水も、固体のまま残ることを許されませんでした。
火球に巻き込まれたのは物質だけではありません。そこには人の暮らしと命がありました。
この爆発により、その年の暮れまでにおよそ14万人が亡くなったとされ、市内の建物の約7割が破壊・焼失したとされています。
そうして原爆の熱はあらゆるものを気体、さらには電子がはがれたプラズマの状態にして、空高く立ちのぼる雲に変えていきました。
しかし蒸発した物体は、そのまま消えたわけではありません。
火の玉がふくらみながら冷えていくにつれ、気体は小さな液の玉に戻り、そのまま固まって、広島一帯に降り注ぎました。
砂粒ほどのガラス質の玉です。
2019年の研究で初めて報告され、研究上「ヒロシマアイト」と呼ばれるようになりました。
固まるまでにかかった時間も、すでに見積もられています。
2024年の研究のモデルによれば、大部分が固まったのは、雲がおよそ2900度から700度まで冷える間のこと。時間にして、1.7秒から5.5秒です。
まばたきほどの間に、蒸発したガラス質の中にさまざまな元素が取り込まれ、ヒロシマアイトになりました。
今回の研究を行ったビンディ氏は、この火の玉を「巨大な偶然の物質科学実験室」と呼び「火の玉は、それまで存在しなかった物質を残していきました」と述べています。
街を構成していた鉄や銅、アルミニウムといったさまざまな金属が、僅かな時間で急速に固まって、小さな粒の中に閉じ込められました。
悲惨な出来事が、結果として稀有な現象を残したことになります。
こうした条件は、実験室でそのまま再現することはできません。
だとすれば、まだ誰も見たことのないものが混ざっていてもおかしくない——研究者たちはそう考えました。
広島の原爆投下が新物質を生み出していた

そこでビンディ氏らは、ヒロシマアイトの断面を電子顕微鏡で調べることにしました。
すると、ある1個の内側に、こまかな金属のかけらがたくさん閉じこめられている区画が見つかりました。
玉全体から見れば、体積でほんの1〜3パーセントほどの量で、ガラスの海に浮かんだ、金属の島のようなものでした。
34個のヒロシマアイトのうち、金属を多く含んでいたのは、この1個だけでした。
研究者たちはその断面から、見込みのありそうな4片を選び、細い針で摘み出しました。
金属片の直径はおよそ10マイクロメートル。1ミリの100分の1ほどしかありません。
赤血球と同じくらいのものを、針の先でつまみ出したことになります。
次に研究者たちは、その組成を調べてみました。
すると3粒は、ありふれた鉄クロム合金でした。
原子の並び方も、鉄と同じ、何の変哲もない形でした。
しかし4粒目だけが、違いました。
研究者たちが調べたところ、重さの6割強が鉄。あとはクロムが約15パーセント、ニッケルが約9パーセント、そこにマンガン、モリブデン、アルミニウムが少しずつ含まれていることがわかりました。
ここまでは他の3粒と、元素の顔ぶれはほとんど変わりません。
どれも蒸発した建物や街の資材から来たと考えて無理のない、ありふれた材料ばかりでした。
鉄とクロムとニッケルの組み合わせにいたっては、台所のステンレスと同じ顔ぶれです。
変わっていたのは、そこに一つ加わっていたものでした。
4粒目には、ケイ素が7パーセントほど含まれていたのです。
そして、この多すぎるケイ素が、思いもよらない場所に座っていました。

