こじんまりとした個人店が集まる西荻窪。マイペースに自分らしく生きる人が多いというこの街には、どこかパリのような雰囲気が漂います。

古本屋を含めて数多くの独立系本屋が存在しているのも西荻窪の特徴。ひと口に本屋といっても、その個性やこだわりはさまざま。今回はそんな数々の本屋の中からPARIS mag編集部おすすめの3店舗をご紹介いたします。

 

西荻窪は“のんびりパンク”。映画批評家の自宅兼新刊書店『本屋ロカンタン』

最初にご紹介するのが、『本屋ロカンタン』という小さな書店。フランスの哲学者ジャン=ポール・サルトルの小説『嘔吐』の主人公から名前をとったという『本屋ロカンタン』は、その店名からも文学的な薫りを感じさせます。

営むのは映画批評家としても活動する萩野亮さん。本がずらりと並ぶスペースは、実は萩野さんのご自宅でもあります。萩野さんが数年前から患ううつ病を抱えながら社会復帰する際、「自分が社会に出ることは難しいけれど、自宅を本屋として社会に開くことはできる」と思ったことがきっかけで、2020年1月、『本屋ロカンタン』はスタートしました。

「2011年に西荻に住み始めて11年が経ちます。僕は、この町のことを勝手に“のんびりパンク”って呼んでいるんですよ(笑)。見かけは上品でのんびりしているのに、こだわりだけはやたら強いお店やひとが集まっています。マイペースなんですよ。うつで長く臥せっているときも、『あなたはあなたのペースで生きればいいんだよ』と、この町自体が言ってくれている気がして、ずいぶん楽になれました。ずっとこの町で生きていきたいと思っています」。

もともと文学青年だったのが、大学入学を期に映画関連の専門書を中心に読むようになり、さらにそこから関心が派生して写真や演劇、美術、ファッション、また哲学や政治など人文全般、と読書の幅が広がっていったそうです。

「並んでいるのは、簡単にいうと“自分が読んできた類いの本”ですね。大量に仕入れることはなく、一冊ずつていねいに選書しています。ひとり出版社さんの本も多いですね。流行りの本よりは、長く読まれる本を並べて、時間をかけてお客さんの手に届けてゆきたいと考えています」。

棚を見て感じるのは、『ロカンタン』ならではの独特な本の並べ方。一見、関係なさそうに見える分野でも、読んでみるとどこかでつながっている。「なぜこの本をここに置くのか」萩野さんは常に自分に問いかけているといいます。

ZINEや展示が並ぶスペース

レジの右横に並ぶスペースでは、ZINEと萩野さんの蔵書である古本、期間限定の展示が行われていました。店主のこだわりが詰まったお店であることはもちろんですが、お客さんからの要望も常にウェルカム。

「お客さんの中には僕よりもはるかに本に詳しい方がいらっしゃいます。だから、僕の趣味を押し付けるのではなくて、お客さんからいろんなことを教えてもらいながら、棚づくりをしています。僕はいまでもあまり外には出れないけれど、だからこそ、この空間は誰にでも開いた場所でありたいと思っています」。

軒先のトランクにも萩野さんの蔵書である古本が入っています

『本屋ロカンタン』は、萩野さんのプライベートスペースでありながら、書店というパブリックな場所でもあるという不思議な空間です。のんびりと長居できる雰囲気がありながら、並ぶ本には尖ったユニークさがたっぷり。まさに西荻窪の“のんびりパンク”を象徴する素敵な本屋でした。

 

 

クラフトビールを片手に、お客さんと作る空間『BREWBOOKS』

次にご紹介するのは、クラフトビールと本のマリアージュが楽しめる本屋『BREWBOOKS』。店主である尾崎大輔さんの好きが高じて生まれたお店です。

2階はビールを飲みながら、尾崎さんの蔵書やお店で買った本を読めるスペース。畳とアンティーク家具で揃えたゆったりと過ごせる空間です。この場所では読書会や句会など、さまざまなイベントも開催されています。

それまでも約10年間、西荻窪に住んでいたという尾崎さん。「独特な空気感を持つ西荻窪で何かお店をやりたい」と考えたとき、本屋を思いついたといいます。

「本とビールは、僕自身が好きなもの。おいしいビールを飲みながら、本選びが楽しめる場所が欲しくて、この店を立ち上げました。ビールは久我山にあるブルワリー『Mountain River Brewery』で醸造されたクラフトビールを提供しています」。

新刊、ZINE、その他展示類のほか、レジのそばには誰でも本を売ることができる棚が2つ用意されています。

「『BOOKSELLER CLUB』といって、棚の一部を貸して売りたい本を売ってもらっています。“本好き”の中にもいろんな人がいるんです。読むのが好きな人もいれば、装丁が好きな人もいる。なかには本を売ることが好きな人もいます。今は約30人の方に貸し出していますが、不思議とセレクトが被らなくて、選ぶ本やテーマによってその人の個性が浮かび上がってきておもしろいですよね」。

「置かせてほしい」と声をかけられたZINEが並ぶ棚

『BREWBOOKS』で開催されるイベントのテーマはお客さんからの提案が多いそう。立ち上げから3年、みんなで作っていく本屋として、尾崎さん自身もお客さんから多くの刺激をもらっているそうです。

「もともと1人で本屋をやっていけるとは思っていなくて、いろんな人の力を借りていますね。句会を定期的にやっていますが、それも最初、漫画会つまり読書会の漫画バージョンを開催したときのお客さんが提案してくれたものです」。

ビールのラインナップはその時々で変わります

そういったイベントを開催するのは、一見敷居が高く感じる俳句の魅力を知ってほしいという想いから。

「俳句は特に年配の方がやるイメージで、敷居も高く感じませんか?でも実際に自分で詠んでみると、物事の見え方が変わっておもしろくなっていくんです。今まで俳句や短歌詩集の棚をスルーしていた人が、このイベントを通じてその棚に足を運ぶようになる。それはその人の世界が広がった証で、すごく豊かなことだと思うんですよね」。

2階には尾崎さんが好きな村上春樹に関する蔵書の棚が。自由に読むことができます

『BREWBOOKS』で開催されるイベントは、コアなファン向けのものでなく、誰にも開かれたものであるといいます。本を読むという楽しみ方はもちろんですが、ビールを片手に感想を誰かとシェアしたり、時には作る側に回ってみたり、棚を借りて本を売ってみたり。自分らしい新たな本の楽しみ方に出合えるユニークな書店です。

 

 

小さな書店から世界へ。旅行専門の本屋『のまど』

最後に訪れたのは、駅から徒歩5分の旅専門の本屋『のまど』。青で縁どられたガラス扉とオレンジ色の明かりが灯る店内は、どこか異国情緒を感じさせます。

国やエリアごとに分けられた棚には、観光用のガイドブックだけでなく、旅行記やグルメ本、歴史書、写真本など、その国やエリアに関する本が所狭しと並んでいます。

もともと吉祥寺にあった『のまど』は西荻窪に場所を変え今年で15年の本屋。今では、西荻窪の街並みにすっかり溶け込む『のまど』ですが、西荻窪との出会いはたまたまいい物件に出合えたからだと店長の川田正和さんは言います。

「ここは昔ブックカフェだったんです。この物件を本屋として使ってくれる人を探しているということで、立地もいいし、この場所を選びました。西荻窪のことはほとんど知らなかったんですけど、こだわりのある個人店が多くてぴったりの場所でしたね」。

本棚は当時のブックカフェから引き継いだものなのだとか

「旅」がテーマの本屋という着想は、川田さんが大学生の頃に行ったニューヨークでの経験から。日本では「旅コーナー」というと、ガイドブックが主流なイメージですが、海外ではガイドブック以外にも衣食住をテーマとしたさまざまな書籍が混在した旅行専門の本屋が多くあったといいます。

「旅のスタイルって人それぞれだと思うんです。グルメに惹かれる人もいれば、風景を見に行く人もいる。はたまた歴史やその国の言語かもしれない。最初は実用的なガイドブックを中心に置いていたんですけど、いろいろな興味関心を持つ人が楽しめる場所を目指していたら、今のような形になりましたね」。

書籍のセレクトは旅行につながってさえいれば何でもOK。新刊と古本を分けず混在して置かれているのも『のまど』の特徴です。

旅行に関する雑貨や個人出版のZINEなど、「置いてほしい」という依頼が多く来るのも、旅好きが集まる本屋だからこそ

コロナ禍によって海外旅行が難しい現在は、旅を追体験できるような旅行記や比較的近所の魅力を再発見できるような都内の本が人気なのだとか。

「北欧は基本的に人気なのですが、その時代の旅行のトレンドによって、売れる本は全然変わってきますね。今は韓国の本が人気で。世の中の関心ごとがどこに向いているのか、直にわかってくるのも本屋をやるおもしろさだと思っています」。

レジ前で開催されているのが「K-BOOK フェスティバル」。今の旅のトレンドが感じられる一角となっています

さまざまな国の本が並ぶ棚を眺めているだけで、旅行欲がぐっと掻き立てられます。お客さんの中には、『のまど』で出合った本を通じて、その国へ赴いたという方がいらっしゃるそうです。

「今ではネットで行った気にもなれるけど、やっぱり現地でしか感じられない空気や香りがありますよね。現地の人のちょっとした所作からも、文化の違いが感じられ、旅行って本当に視野を広げてくれるものだと思っています。今海外旅行に行くことは難しいけれど、『のまど』が旅行に行くきっかけになってくれたらうれしいです」。

『のまど』という小さな本屋は、さまざまな国や地域に導いてくれる案内所のような場所。今まで知らなかった場所や文化を知り、世の中が落ち着いたら実際に足を運んでみる。ネットや自分ひとりでは出合えなかった新しい好奇心をもたらしてくれるでしょう。

 

 

ネットでも簡単に本が買える時代ですが、街の本屋は時間を忘れさせてくれる空間のように感じます。店主のこだわりが詰まった棚の中から本を選んでみたり、人から教えてもらったり、イベントで新しい楽しみ方を発見したり…。そういった小さな出合いを大切にする本屋には、新しい繋がりや発見があるはずです。