無事に時間が過ぎるのは当たり前のように思えるが、実は大変なことなのである。それなのに、さらに多くを望むから日々に不満を感じる。毎日が不満だと人は大きな喜びを求める。人は欲望が強過ぎると現在の状況への対処を間違える。そういう人は自分で自分の問題を作っている。〈人生を豊かにする心理学 第7回〉【解説】加藤諦三(作家、社会心理学者)

解説者のプロフィール

加藤諦三(かとう・たいぞう)

作家、社会心理学者。東京大学教養学部教養学科卒業後、同大学院社会学研究科修士課程修了。東京都青少年問題協議会副会長を15年歴任。2009年東京都功労者表彰、2016年瑞宝中綬章を受章。現在は早稲田大学名誉教授の他、ハーバード大学ライシャワー研究所客員研究員、日本精神衛生学会顧問、早稲田大学エクステンションセンター講師などを務める。近著『心を満たす50歳からの生き方』(大和書房)が好評発売中。

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自称・不幸な人

毎日心配ごとが続くと、「自分はなんて不幸なんだ」と考えてしまうもの。しかし、この思考こそが、自分をさらに苦しめる悪循環につながります。今回は、そんな「不幸を作り出す人」のお話です。

私は、アメリカの心理療法士であるジョージ・L・ウォルトンの『今の悩みは無駄でない』という本を訳した(※)

※ジョージ・L・ウォルトン著、加藤諦三訳『今の悩みは無駄でない――あのとき悩んでよかったと思う時が必ずくる』(三笠書房、1993年刊)、P12

これは、100年以上も前に出版された本である。その中には、「英雄崇拝論」などで名高いイギリスの言論人・カーライルが、自分の身体的な欠陥に対して、どんな態度をとっていたかが書かれている。

ここでは、「困難に対して対処能力のない人の典型」として、カーライルという人物を考えてみたい。

カーライルは、自身の生活について次のように語っている。「毎日、何とも言いようのないあがきと苦しみの餌食です。しかも、それらは私の神経を大いに逆なでします。こうした感情が雑音になって、いつも耳についているので、3週間全く眠れていません」。

本来、病気でもない状態で、朝目が覚めたら、「今日もこうして穏やかな朝を迎えられた」と感謝しなければならない。

しかし、彼はそれを「3週間全く眠れません」と、後ろ向きに捉えることから始める。

このような「ぐっすりと眠れなかった」とか、「寝坊してしまった」とか、「朝ご飯がおいしくない」とか、今の状態からさらに多くを求める欲張りな気持ちこそが、心を落ち着かなくさせる原因になる

無事に時間が過ぎるのは当たり前のように思えるが、実は大変なことなのである。それなのに、さらに多くを望むから、日々に不満を感じる。

例えば、今日の仕事が効率よく進んでいくことを当たり前と思い、「もっと、もっと」と多くを求める。そして、自分の思うようにいかないと、焦りを感じてくる。

毎日が不満だと、人は大きな喜びを求める。哲学者のフレデリック・スカイベークも「人の幸福は、大きな楽しみの問題というより、むしろ、ささやかなものの問題かもしれない」と述べている。

ささやかなことの積み重ねの中でこそ、真の幸せは来る。

・・・

カーライルは、健康に関しても、非現実的なほどの完璧さを求めていた。実際、彼はその考え方でも苦しむことになる。

カーライルが胃の不調に悩んだとき、彼は次のように述べた。

「だんだん病気が悪くなっています。私がほしいのは健康、健康、健康です! 健康のことで、私はひどく腹を立てています。すぐに回復しなければ、私は永遠にみじめな存在となるでしょう……。私の現在の悲惨な状況の9割、そして、私のあらゆる欠点の9割以上が、このいまいましい胃の不調のせいだ」。

胃が不調な人はたくさんいるが、それでもカーライルのように苦しむ人は少ない。それは、彼のように飛び切りの健康を要求していないからである。つまり、カーライルのように、欲張りではないということだ。

人は、欲望が強過ぎると、現在の状況への対処を間違える。そういう人は、自分で自分の問題を作っている。

「不健康、それはあらゆる不幸の中で、最も恐ろしいものです」と、カーライルは言う。

おそらく、カーライルは失恋すれば「失恋、それはあらゆる不幸の中で最も恐ろしいものです」と言うであろう。そして、貧乏になれば「貧乏、それはあらゆる不幸の中で最も恐ろしいものです」と言うはずだ。

私は先に『心の整理学』(PHP研究所)という本を出版した。そこでは、「心を整理すると、たいがいの問題はらくになる」と書いている。ここでいう整理は、「捨てる」か「素直になる」かすることを指す。

胃の不調な人でも、カーライルのようにパニックにならないのは、その問題が自分にとってどのくらい深刻なものか、順位付けができているからだ。つまり、胃の不調はそれほど大したことではないとして、切り捨てることができている。

一方、カーライルは、胃の不調とは自分にとってどういうものであるかが、心の中で整理されていない。死に至る病なのか、それともほぼ無視をしてよい病気なのかを判断しないまま、ただ大騒ぎをしているのだ。

胃の不調と交通事故に遭うのと、どちらが自分にとって重大なことなのか。親友が亡くなるのと胃の不調とでは、どちらが深刻なことなのか。

こうした問題の優先度が付けられていれば、深刻でないものは捨てて、心を整理できる。しかし、彼にはそれができていない。その上、対処できる自信もないし、そもそも対処することに生きる意味を感じていない。

アメリカの精神医学者・シーベリーは「不幸を受け入れれば、することが見えてくる」と言っている。心の整理ができれば、不幸を受け入れることができるようになり、することも見えてくるはずだ。

カーライルは、胃の不調に加え、次のことも述べている。「それに、このところ風がなく蒸し暑い日が続いて、たまらなく不快です」。

彼は「あー、風がなく蒸し暑くなければ」と、一人で勝手に「たら、れば」をしている。そして、終始嘆いているだけで、快適に過ごす具体的な努力は、決して始めないのだ。

イラスト:中島智子

この記事は『安心』2021年12月号に掲載されています。

画像参照:https://www.makino-g.jp/book/b593632.html