保険法の専門家にインタビュー!知っておいたら損をしない法律知識とは?

みなさん保険関連のトラブルに巻き込まれたことはありますか?

使わないことが一番の保険ですが、ほとんどの人は何かしらの保険には加入しているかと思います。

保険はいざ使えそうな場面がきてもかなり複雑で、契約書や約款を読んでもよく分からず結局、保険金が支払われなかったという声はよく聞きます。

分からないことがあれば、専門家に聞くのが一番ということで、保険法の専門家である中京大学の土岐孝宏 教授によくあるトラブル事例や知っておいたら損をしない保険に関することを聞いてきました。

保険関連で一番多いトラブルは「生命保険金の支払いをめぐるトラブル」

編集部 入江

普段から色々な保険関連の事例に触れることが多いと思うのですが、生命保険において、特に多いトラブルとはどのようなことが挙げられるのでしょうか?

保険金の支払いをめぐるトラブルがやはり多く挙げられますね。

以下は、ある大手生命保険会社において公開されている「保険金・給付金の支払い状況」に関する2020年度のデータです。

土岐教授

編集部 入江

意外と保険金が支払われなかった割合は1%にも満たないのですね。

もっと多いのかと思っていました。

そうですね。全体のボリュームからすれば不払い件数の割合はそれほど大きなものではありませんが、保険契約者側は万一のために保険に加入しているので、そのような時に支払われないというのは契約者からすると大変なトラブルということになります。

土岐教授

編集部 入江

確かにそうですね……

内容を補足しますと「死亡保険金の免責事由に該当したケース」というのは、保険約款の中で保険会社は保険金を支払わなくてもよいと書かれている事故のことを指します。特に自殺が多くを占めていると考えられます。

土岐教授

「支払事由に非該当とされたもの」の多くは、災害保険金・高度障害保険金・入院保険金に共通して、「契約前発病不担保」によって支払事由に該当しないとされたケースだと考えられます。

土岐教授

「契約前発病不担保」とは?
保険期間の開始前にすでに発生した疾病・傷害については、その治療が保険期間の開始後に行われていても、保険金支払いの対象外になること

編集部 入江

具体的に「契約前発病不担保」に該当するのはどういったケースなのですか?

例えば、中学生くらいのときに発症して、20年30年という長い病状の進行を経て、完全失明に至るという「網膜色素変性症」は契約前発病不担保に該当します。(東京高判平成26年9月3日生命保険判例集25巻844頁)
また、糖尿病性の網膜症による失明ケースでの不担保もありますね。(東京地判平成25年7月23日生命保険判例集25巻310頁)

入院保険関連では、契約前にあった大腸ポリープやがん腫瘍の存在により不担保が主張され、トラブルになることが多いです。

土岐教授

また、災害保険金は「急激かつ偶発的な外来の事故」という3つの要件が揃わなければ保険金は支払われないので、紛争の事案としては自殺か高所からの転落事故かが判然としない事案や、自殺か交通事故か判然としない事案はトラブルになりやすいです。

土岐教授

編集部 入江

こちらも具体的にトラブルの事案はありますでしょうか?

最近ですと凍死の事案があります。(福岡高裁令和元年・10月・24日)

ある被保険者が酩酊して自宅で全裸となり凍死したのですが、急激性はないとして災害死亡割増特約の保険金は棄却されました。

土岐教授

編集部 入江

確かに外来・偶発は当てはまるけど、急激性はないようにも思いますね。

先ほどのデータの告知義務違反該当の件についてはどのような事案がありますか?

「告知義務」とは?
契約申し込みの際に現在の健康状態や職業・過去の病歴など、保険会社が確認する重要な事項について報告する義務。
その内容に虚偽や秘匿があると、告知義務違反となる。

最近ですとこのような興味深い裁判の事案がありました。(東京地判平成27・1・29事例研レポート336号14頁)

ある被保険者が健康診断で前立腺がんの可能性を調べる検査をした結果、要精密検査の判定を受けました。後日、病院で再検査を受けてMRI検査まで行われたのですが、医師から「明らかな異常は認められない、以後は検診フォロー」との指示を受けました。

土岐教授

その後、がん保険に加入する際「過去2年以内に健康診断・人間ドックを受けて、検査の結果について異常(要経過観察、要再検査、要精密検査、要治療を含む)を指摘されたか」という質問を受けていましたが、MRI検査で異常が認められなかったので、それ以前に要精密検査と判定を受けていた事実を告知しませんでした。

結局、この被保険者は前立腺がんと診断されて保険金請求をしましたが、告知義務違反として保険金は支払われませんでした。

土岐教授

編集部 入江

確かにこのケースだと「MRI検査で異常がなかったから大丈夫だろう」って僕だと思ってしまいますね。

この事案から、「検査結果は全て伝えなければならない」ということを読者の方には学んでいただければと思います。

土岐教授

保険金支払い状況の表を見ても分かるように、ほとんどの人に保険金は支払われます。

しかし、もちろん支払われないことがあるというのも事実なので、自分が知らず知らずのうちに「支払事由非該当」になってしまわないように、しっかりと契約書や約款に目を通すことは大事だなと教授の話を聞いて思いました。

続いては、同じトピックで損害保険について聞いてみました。

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損害保険は「急激かつ偶然な外来の事故」であることが支払要件

編集部 入江

損害保険においては、特に多いトラブルとはどのようなことが挙げられるのでしょうか?

やはり保険金の支払いをめぐるトラブル、特に損害保険の場合は自動車保険の支払いに関するトラブルが散見されますね。

以下は警視庁が発表している2021年の交通事故に関するデータです。

土岐教授

参照:道路の交通に関する統計 | 警視庁

編集部 入江

思ったより年間でかなりの交通事故が起きているのですね……

基本的に相手方の被害の補償に回る「賠償責任保険」は保険会社としても、支払い責任を争うことは控える傾向にあります。

しかし、自分自身にかける「人身傷害保険」や「車両保険」は、社会的に許容できない運転をしている場合に生じる事故等について、保険金の支払い義務を争うことがあります。

土岐教授

編集部 入江

「社会的に許容できない運転」とは、具体的にどういったことがありますか?

一例として挙げられるのは、酒気帯び運転についての免責主張です。

道路交通法上では、「呼気1リットル中のアルコール濃度0.15ミリグラム未満」であれば罰則はないのですが、保険では0.15ミリグラム未満のアルコール保有でも免責とするという厳しい裁判例が続いています。

土岐教授

また、傷害保険においても「急激かつ偶然な外来の事故」による傷害を被ることが保険金支払いの要件になるので、保険金支払いトラブルに陥りやすくなります。
ここで重要なことは、「故意によらない事故である」ということを保険契約者が証明する必要があるという点です。

土岐教授

編集部 入江

例えば、どのような事案が挙げられますか?

例えば、目撃者が誰もいないところでダムに落ちてしまった事案において、「故意にダムに落ちていないことの立証ができていない」として請求が退けられた事案があります。

土岐教授

編集部 入江

そんな証明を素人がするのはほぼ不可能に近いですよね……

ですので、そのようなトラブルをなくすためにも証拠を残す意味で例えば、ドライブレコーダーの搭載を含めた、契約者側の自衛措置が不利にならないためにも大切になってきます。

土岐教授

年間の交通事故発生数が約30万件というデータを見て、いつ自分が事故に巻き込まれるか分からないなと強く感じました。

巻き込まれないことが一番ですが、もし巻き込まれたとしても自分が不利にならないように教授が仰っていた通り、「自衛措置」を普段からしておこうと思います。

続いては先ほどとはトピックを変えて、「知っておいたら普段の生活で役に立つ、保険に関する法律」を聞いてみました。