マンガ『フツウの親子』原作者・上原さんじさんが見つめる特別養子縁組

特別養子縁組制度(※)を通じて、不妊治療に悩む夫婦が子どもを迎えるまでの物語を綴ったマンガ『フツウの親子』(外部リンク)。電子漫画・書籍ストア「めちゃコミック」オリジナル作品として発表され、現在は続編である『フツウの親子2~養子のんのんの真実告知~』も配信されている。


  • 特別養子縁組制度とは、親の病気や離婚、虐待などさまざまな事情で親と離れて暮らす子どもを家庭に迎え入れる制度の1つ。子どもの親権は育ての親にあり、生みの親との親子関係は消滅。子どもの年齢は原則15歳未満となり、離縁はできない。参考:日本財団「養子縁組と里親制度の違い」(外部リンク)

この作品の原作者である上原さんじさんは、制作にあたって養子を迎えたいと願う夫婦や、当事者である養子や養親、関係団体など20名近くを取材。日本財団の「子どもたちに家庭をプロジェクト」(外部リンク)もその協力にあたった。

取材活動や作品作りを通じて、特別養子縁組制度にどのような意義を感じたのか。また、課題と思えた事柄とは? 上原さんに話を伺った。

特別養子縁組を「自分ごと」にしてもらえるマンガに

――原作を担当される前は「特別養子縁組」についてどのような印象をお持ちでしたか。

上原さん(以下、敬称略):ニュースの記事で概要を知っている程度で、詳しい知識はありませんでした。ただ特別養子縁組はセンシティブな面を持つテーマであり、表現の仕方を間違えると意図しないところで人を傷つける可能性がある、という意識はあったので、文献や資料での事前学習に加えて、取材をしっかり行って慎重に進めようと思いました。

本作の担当が決まった時に、思い出した過去のエピソードが2つあるんです。1つ目は高校生の時、「子どもはほしいけど結婚はしたくないから、養子をもらいたい」と発言した同級生と大げんかした思い出です。「子どもは大人の道具じゃない!」という怒りを感じたんですね。今思うとあれが、特別養子縁組について身近に考えた初めての出来事でした。2つ目は、大学時代の知人が「子どもが産めなきゃ(養護施設から)もらってくればいいんだよ」と発言しまして、ここでも同じ理由で大げんかに。

2人に共通しているのは「なんでそんなに怒るの? ちょっと言ってみただけじゃない」というある種の無邪気さであり、悪気のなさです。困難を抱えた家庭に育つ無力さや、苦しさといった、子ども側の立場を見つめる視点が抜け落ちているように思えて、なんとも言えない憤りを感じたことを思い出しました。しかし同時に私自身、自分が関心のない問題に対してこういう態度を取っているのかもしれない、とも気が付いて。そこでこの作品では、読んだ人が特別養子縁組を「自分ごと」として受け止めてもらえるものにしたい、と考えたんです。

マンガ
5年間不妊治療に取り組むが子どもに恵まれなかった由香(ゆか)と宏平(こうへい)。『フツウの親子』©ふじいまさこ・上原さんじ/めちゃコミックオリジナル

――マンガという形で表現する上で、まずはどういったストーリーにするか、骨子を作るところから始められたそうですね。

上原:はい。自分ごととして読んでもらうための工夫として、「不妊治療に行き詰まった夫婦が養子を検討する」ストーリーに加えて「妻の子ども時代の親友が養子だった」というストーリーもある、二重の構造を考えました。そうすることで、「育ての親になることを検討する夫婦の思い」だけでなく、子どもらしいフラットな視点を通じた「養子本人の気持ち」なども自然に取り上げることができます。

また、「安っぽい感動モノにはしない」というのも最初から決めていました。育ての親や養子となる子どもの大変な部分のみをピックアップして感動をあおるような作品には絶対にしたくなく、それよりも「つらいこともあれば楽しいこともある」という日常的な感覚を盛り込んで、身近なこととして捉えてもらうことを重視しました。

マンガ
特別養子縁組を検討していた時に、ふと自分が子どもの時に出会った養子である友人の沙羅(さら)のことを思い出す由香。『フツウの親子』©ふじいまさこ・上原さんじ/めちゃコミックオリジナル

――「フツウの親子」というタイトルには、どのような狙いがあったのですか?

上原:個人的な印象として「特別養子縁組」という名称はちょっと長いなと。それに「特別」という単語が入ると、いかにも普通じゃない感じがして。もっと肩ひじを張らず、ごく当たり前の日常の風景として気軽に呼べる名称があればいいのにと思ったんです。取材を通じ、多様な養子縁組当事者の方たちと会うことで、「血のつながりがなくても幸せな家庭は築ける」と実感させられました。きっかけが特別養子縁組だとしても、その延長には幸せな家族の「フツウ」の日常がある。そんなイメージを込めてこのタイトルに決めました。

――イラストを使った表現もマンガならではの魅力ですが、どういう絵にするかイメージはあったのでしょうか。

上原:漫画はふじいまさこさんに依頼しました。ふじいさんは多くの雑誌や書籍でコミックエッセイやイラストを手掛ける、たいへん人気のある漫画家さんです。コミカルでかわいい絵の魅力はもちろんなのですが、テーマにおける大切なポイントを把握してマンガに昇華する技術が素晴らしく、常々尊敬していました。そこで、今回のようにセンシティブな面を含むテーマでも、ふじいさんならきっと分かりやすく魅力的に表現してくれるだろう、と考えたんです。企画と趣旨にご賛同いただき、作品の方向性と漫画家さんが決定したところで、特別養子縁組の関係者インタビューへと進んでいきました。

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子どもが「ありのままの自分」でいられる居場所を

――取材活動では、どういった人たちにお話を聞いたのでしょうか。

上原:日本財団さんや養子縁組あっせん団体、養親さんのコミュニティなどを通じて合計20名近い当事者の方たちにお話を伺うことができました。この取材に臨む前提として、事実に忠実で、偏らない内容にしようという思いを強く持っていました。例えば、生みの母親や父親は「子どもを託す」という事実から、世間的に悪く受け取られかねない面を持っています。しかし、そういった選択をするまでには人それぞれ異なる理由や事情があるはず。だから、どこかの立場に肩入れすることなくフラットな視点で描こう、と。そのため、特別養子縁組の当事者や関係者の中でも、できるだけ立場の異なる方々の声を聞くことを意識しました。

――特別養子縁組の当事者の方たちとお話しして、どのような印象をお持ちになりましたか。

上原:養親さんにお会いして、本当に楽しそうに子育てをしている人が多いな、というのが印象的でした。お話を伺う中での言葉選びや態度もそうですが、アンケートに答えてくれた養親さんの回答からも子どもへの思いがあふれていて、取材中は目頭が熱くなったことが何度も(笑)。皆さん、子どもが幼い頃のエピソードを本当によく覚えていらっしゃるので、作品の中にもいくつか使わせてもらっています。父親が育児に積極的なことも印象的でしたね。

当事者である養子さんは、とても冷静な印象でした。というのも、養親さんもあっせん団体の方もとにかく養子さんを傷つけないよう、養子さんのためを一番に思って行動されています。でも、養子さんにとっては物心ついた時からある自分の問題ですから「周りの人がすごく気を使ってくれるんですよ」と落ち着いて話してくださる方が多くて。ただそれは、何も気にしていないということではなく、生みの親が自分を育てられなかったという悲しみや望んでも手に入らないものと向き合ってきたはずですし、その上でどう生きていくかを考え、自分なりに答えを出してきた。そんな方たちが取材を受けてくれているのだ、と理解しています。

マンガ
由香と宏平、養子ののんのんの何気ない温かな日常が描かれている。『フツウの親子2~養子のんのんの真実告知~』©ふじいまさこ・上原さんじ/めちゃコミックオリジナル

――取材を通じて、特別養子縁組にはどのような意義がある、と感じましたか?

上原:「血のつながり」と「幸せな家庭」は、決してイコールではないと強く感じました。血がつながった家族の仲が良いのは素晴らしいことですが、世の中には肉親であることが苦しいという家庭も存在します。人の数だけ人生があり、幸せがあると考えた時、血のつながりがなくても家族の縁を結ぶ、特別養子縁組という制度を選択できる社会に暮らせて良かった、と私は思いました。

一方、特別養子縁組という制度に対して「子どもが自分で判断できない年齢のうちに、本人の意志を確認することなく親子関係を結んでしまうのはどうなのか」という考えから、生みの親に親権がある「里子」を選択する人がいる、という事実も今回の取材で知ることができました。これはどちらにも意義があり、正解のない問題です。ただ、重要なのは子どもが安心で、安全な環境で暮らせること。そして、「自分のことを気にかけてくれる大人」に出会い、肯定的に受け入れられる経験をすることです。

養子であれ里子であれ、「ここにいていいんだ」「ありのままでいいんだ」と感じられる居場所ができる。それが子ども自身、自分の存在を認めることにつながっていくのではないでしょうか。

『フツウの親子2』では、特別養子縁組で大きな壁となる「真実告知」を中心に綴描かれている。『フツウの親子2~養子のんのんの真実告知~』©ふじいまさこ・上原さんじ/めちゃコミックオリジナル