
2022年8月3日から降り続き、北陸地方や東北地方に大きな被害をもたらした記録的大雨。国土交通省によると8月5日時点で、9つの県で45河川が氾濫、6つの県で14件の土砂崩れが発生し、福島県、山形県では鉄道橋りょうの倒壊や、福井県では6つの集落が孤立。各地に大きな浸水被害をもたらし、石川県では250棟余りの住宅で被害が確認されている。復旧作業にはかなりの時間がかかる見通しだ。
こうした突発的な豪雨が、気候変動などの影響により近年増えつつある。予測がしづらい水害から命を守るために、どのような備えが必要なのか?
「天気が好きすぎる気象予報士」として、テレビやラジオで大活躍の増田雅昭(ますだ・まさあき)さんに、日本における気候の傾向と水害対策について話を伺った。
突発的な豪雨と日本の気候変化の深い関係
近年、突発的な豪雨が増えている要因は、「亜熱帯的な気候」による影響が大きいと増田さんは話す。
「夏の突発的な豪雨ですが、南から来る亜熱帯的な空気による影響が大きいと考えられます。亜熱帯の空気は高温多湿という性質から、大量の激しい雨をもたらす傾向にあり、近年、温暖化などの影響により国内でも回数や雨量が増加しつつあります」
日本の気候は、ほとんどの地域は春夏秋冬がはっきり分かれた温帯に属するが、地球温暖化の影響により、東南アジアや沖縄が属する年間を通して気温が高く温暖な亜熱帯化しつつあると言われている。
また「豪雨」という言葉だが、増田さんいわく「明確に雨量が決められているわけではなく、あくまで解釈の1つに過ぎない」という。
「一般的に1時間に50ミリ以上も降れば豪雨と感じますが、数時間で終わるものもあれば、半日~2日ほど断続的に降り続けるものもあるので、実は『豪雨』という言葉の意味は幅広いんですね」
気象庁では「豪雨」のことを「著しい災害が発生した顕著な大雨現象」としており、災害の名称としては用いるが「一般に発表する予報や警報、気象情報等では、『豪雨』単独では用いない』」としている。
ちなみに、豪雨と違って「台風」には定義がある。「熱帯低気圧(※)のうち、北西太平洋、または南シナ海に存在し、なおかつ低気圧域内の最大風速がおよそ17メートル/秒以上のもの」と気象庁は定めており、要は風に対してのみの定義で、雨を伴わない台風も存在するということだ。
※
熱帯または亜熱帯地方に発生する低気圧の総称
日本における気候の傾向や、豪雨の定義について語る増田さん
では、昨今テレビや新聞でよく目にする「ゲリラ豪雨」の定義はどうか。
「実は『ゲリラ豪雨』にも明確な定義はありません。そもそも気象庁では、『ゲリラ豪雨』という言葉は使わず、『局地的大雨』『集中豪雨』などと表現します。この言葉が市民権を得たのは2008年からで、その年の夏は日本各地で突発的な豪雨が発生し、それに伴う水害も頻発しました。その際にある新聞社が一面で『ゲリラ豪雨多発』と報じ、その年の流行語大賞のトップテン入りをするまでになったんです。それをきっかけにメディアでよく使われるようになりました」
ちなみに増田さんは、いまもメディアに出演する際、「ゲリラ豪雨」という言葉は極力用いないようにしている。視聴者に、明確に天気をイメージしてもらいたいという思いがあるため、言葉から受ける印象が人によって違う用語はできるだけ使わず、具体的な状況(状態)を伝えるように心掛けている。
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防災は備えと、イメージトレーニングが大事
「長い間、水害が発生していない地域=今後も起こらない」とは限らない。むしろ起こっていないからこそ、「いつかは起こるかもしれない」と心掛けることが、水害から命を守るために大切だと増田さんはいう。
「水害が起こりやすい地域とそうでない地域はありますが、仮に水害があまり起こっていない地域だとしても『自分には関係ない』とは思わず、浸水や土砂災害などの危険性はどれくらいあるのか、ハザードマップなどでしっかり把握しておく必要があります」
「ハザードマップ」とは、水害や地震,津波,土砂災害など自然災害が発生した際に危険と思われる場所や災害時の避難場所などを地図にまとめたもので、主に国や自治体で作成し無料で提供されている。
東京都荒川区が作成し情報提供しているハザードマップ。被災想定区域や浸水の危険度を「赤」「ピンク」「黄色」の3色で表している。出典:荒川区公式ページ「荒川区防災地図(水害版)」
また国土交通省が運営する「ハザードマップポータルサイト」(外部リンク)でも、自分の暮らす地域の情報を調べることができる。
「ハザードマップポータルサイト」
「基本的に、水害に関するハザードマップは1000年に一度レベルの雨量を想定して、浸水の恐れがある地域が色分けされています。最悪の状態を想定したときの結果が示されているので、『まさかここまで水が来るとは』ということは減るでしょう。ただし、ハザードマップの情報が絶対ではありません。想定以上の雨が降って浸水域が広がる可能性や、ハザードマップの色(浸水の高さ)が完全に一致しないケースも十分考えられます。家や職場からの避難先・経路を確認するときは『もっと浸水域が広がったり、崖が大きく崩れたりした場合は、どうすればいいか』といった想定をしておくことも大切です」
また、2020年から、不動産の売買や、賃貸契約の際に行われる重要事項説明の中にも、ハザードマップについて説明することが必須となっている。「一人一人が災害を意識するとてもいい傾向だ」と増田さんはいう。
増田さんは「警戒レベルの詳細も知っておいた方がいい」とも話す。「警戒レベル」(外部リンク)とは、災害発生の危険度に応じて、とるべき避難行動を住民が直感的に理解するために政府が設けた指標だ。
警戒レベルが発令されたときに重要なのは、避難するべきかどうかの見極めだ。「迷ったら警戒レベルの詳細を参考にしてほしい」と増田さんは強調する。
「警戒レベルの避難行動の中には『危険な場所から全員避難』という表現があります。これは“災害発生の危険性がある”川や斜面が近い場所に暮らす人などに向けた情報であって、全ての住民が避難という意味ではありません。川が氾濫しても頑丈なマンションで上階に住んでいれば、浸水の心配もなく安全ですよね?水が溢れている道路に出て避難する方がかえって危険です。警戒レベルが上がった際に、自分が生活しているところではどう行動するべきか、事前にイメージトレーニングをしておくようにしましょう」
「警戒レベル」の図。災害発生の危険度ととるべき行動を5段階で表している。政府広報オンラインより引用
万が一避難行動をする際に、中でも気を付けたいのが「車での移動」と増田さんはいう。
「車は水没するとドアが開けられなくなり、車外へ脱出することが困難になります。そんなときは、サイド(側面)ガラスの角が比較的割れやすい構造になっているので、そこを硬いもので割り、脱出するようにしましょう。また、車の窓を割る脱出用ハンマーが販売されているので、車内に備えておくのも良いかもしれません。ただし、そういう状況に陥らないことが一番なので、水がたまっている場所、流れている場所には車で近づかないようにしたいですね」
サイドガラスの中央部分は乗っている人を保護するため、衝撃を受けた際にたわみ、簡単には割れないようになっているが、窓枠に近い角はたわまないため、1点で衝撃を与えると割れやすい構造になっている。
サイドガラスをはハンマーで割る際には、窓枠に近い角を狙う。阿部モノ/PIXTA
ちなみにフロントガラスは貫通しにくい合わせガラスのため、脱出用ハンマーでも割ることは難しい。