デザインの力で「障がい」を可視化。“パラ卓球台”に込めた思い

教育にもパラ卓球台を。出前授業などの実績がカンヌ受賞へ

作ったからには1人でも多くの人に体験してほしい。「教材」として活用したらどうだろう。そんなアイデアから、立石さんの大学卓球部の同期が教員として務める杉並区の小中一貫校にパラ卓球台を持ち込んで出前授業を行ったところ、予想以上の盛り上がりを見せたという。

「台の変形している側に代表の小学生に立ってもらって、選手とプレーしてもらうんです。当然子どもたちはうまくできないから、『ずるい~』なんて声も出るんですが、選手が『でも、それが僕に見えている世界なんだよ』と言うと、『すげぇ!』と一気に反応が変わるんです。そんな子どもたちの姿を見て、この台を作って本当に良かったと思いました」


イベントにてパラアスリートに興味津々の小学生たち。「パラアスリートがヒーローになってる。大好きな写真です」と立石さんは語る。画像提供:パラ卓球協会

このほか、商業施設での展示やイベント開催、スポーツ庁長官室に持ち込み“お墨付き”をもらうなど、少しずつ活動を広げ、2019年には渋谷区の公立小・中学校の学級文庫にパラ卓球台のコンセプトをまとめたリーフレットが導入された。

リーフレット制作を担当した木村さんはこう語る。

「僕自身、このプロジェクトを通して教わったこと、気付いたことがたくさんあり、それを子どもたちにも伝えたいと思いました。きっと、子どもの頃からパラ卓球を体験したり、早いうちから障がいのある人と接したりすれば、フラットに障がいを捉えられるはず。そうすれば、世の中は変わっていくのではないでしょうか」


実際にリーフレットを渋谷区に届けた際の様子。左手前は区長の長谷部健(はせべ・けん)さん。画像提供:パラ卓球協会

選手からの評判も上々だ。過去のインタビューで八木選手は「こういう風に見えているというのが伝わって良かった。届かない目標であっても『なんらかの手段を使えば、きっと達成できる』。それを実感できる台になったらいいなと思います」と答えている。

また、パラ卓球台は選手の心にも大きな変化をもたらしたと立石さんは話す。

「実際に制作した卓球台は3種類ですが、ナショナルチーム全員分のデザインがあって、それぞれのパラ卓球台と同じ形の名刺を作ってお渡ししました。もらった側は必ず『何これ?』となって、会話が始まりますよね。障がいを表に出すことを避けてきた彼らが、うれしそうに名刺を渡して、相手の反応を見ているんです。『どや?』みたいな(笑)。このプロジェクトは選手たちがマインドチェンジし、自信を持つきっかけにもなりました」


パラ卓球選手に実際に渡した名刺。選手それぞれのパラ卓球台の形になっている。画像提供:パラ卓球協会

障がいや魅力の可視化以外にも、商業施設への展示、小学校等への取り組みといった実績が認められ、パラ卓球台は2019年カンヌの広告賞を2部門で受賞した。


左の写真はカンヌライオンズアワードの様子。右の写真はカンヌライオンズの像を持つ立石さん(右から2人目)と浅井さん(右端)。画像提供:パラ卓球協会

コロナ禍の影響で実現できなかった企画もあるが、このプロジェクトや活動が海外にも広がってほしいと話す3人。「パリ大会に向けて、フランスチーム版も作れたらいいな」と、取材の席でも次々にアイデアが湧き出していた。

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パラ卓球を通して「障がい」を知り、更なる思いやりを

「スポーツは可能性を広げてくれる」

立石さんはスポーツの重要性をこう話す。

「スポーツを通じて自身の障がいと向き合い、壁を乗り越えるためにチャレンジをする。そして、成功体験を重ねる中で仲間ができ、また新しい目標ができる。こうして段階を踏んでいく内に、いつの間にか大きな壁を乗り越えているんです。スポーツというものは人間の可能性を引き出す、障がい者にとっても健常者にとっても『なくてはならないもの』だと思います」

今後も、体験会や交流イベントを積極的に開催していきたいという立石さん。参加者に伝えたいのは、他者に興味を持ち、自分との「違い」を受け入れること。


「少しの思いやりの気持ちが社会を変える」と立石さん

「パラ卓球を通して『障がい』を知ったら、今度は身近にいる車いすの友人や、高齢者の方にも興味を持ってほしい。そして、障がい者=とにかく助けが必要な人ではなく、どんな助けが必要なのか、自立のために必要なことは何かを考えてもらえたらうれしいです。それは障がいに限らず、誰にでもある『得意、不得意なこと』にも通じるかもしれません。身近にいる人に興味を持つと、『この人はこれが苦手だからサポートしよう』という思いやりが生まれる。こんな風に、自分なりに生活の中で活かしてもらえれば」

パラスポーツをあまり見たことがない人は、「障がいのある人たちのスポーツ」というフィルターを取り除き、スポーツという素直な視点で観戦を楽しんでほしい。自身の限界に挑むアスリートたちの姿に、いつ間にか夢中になっているはずだ。

写真:十河英三郎