圧倒的な旅立ちを見せた料理家・舘野真知子の存在。「食卓を囲もう」に込めた、自分らしい生き方の追求

2022年5月1日、料理家である舘野真知子さんが逝去されました。テレビや雑誌、書籍の執筆などを通して、発酵食品の魅力をさまざまなかたちで伝えていた舘野さん。ハッコラでもぬか漬けのアドバイス白菜漬けのこと、そして漬け物に特化したご著書から漬け物への思いなど、たくさんのお話を聞かせていただきました。

今年2022年の春先から新しい本の制作に取り掛かっていた舘野さんは、お医者さまも驚くほどたくさんの奇跡を見せながら、全ての仕事を全てやり終えた三日後に息を引き取られました。11月に発売された『がんばりすぎない発酵づくり』(文化出版局)は文字通り、舘野さんの人生の集大成です。

2022年11月に発売された新著『がんばりすぎない発酵づくり』表紙。キッチンで手軽に仕込めて、日常的に活かせる発酵食品とレシピ、舘野さんのコラムなどと一緒にまとめられています。

体調の変化を自覚しながら、どんなお気持ちでお料理に向きあっていたのか。あの弾けるような笑顔の影にどんな思いを抱えていらっしゃったのか。舘野さんのお仕事を振り返ることで、少しでもその情熱や思いを感じることができたらと思い、舘野さんに最後まで伴走されたマネージャーの松本岳子さんを訪ねました。

松本さんは取材場所に舘野さんのご自宅を提案くださり、舘野さんの夫・小林一匡さんと、最後の瞬間に付き添われた親友の木戸久美子さんもご一緒くださいました。

マネージャーの松本さん(写真左)と舘野さん(右)

使う人の気持ちに寄り添う料理本をつくる

ー今度の書籍『がんばりすぎない発酵づくり』はどんな本ですか。

松本さん 以前、雑誌『ミセス』で(舘野)先生が担当した内容を元に、新たなレシピやコラムを追加したものです。書籍の製作はそれ自体がかなりの熱量を要するもので、ひとつ前の本『くり返し作りたい 糖尿病のおいしい献立』を出した後は、先生も特に新しい本の制作は考えていませんでした。しかし編集の鈴木百合子さんから「発酵の本をつくりませんか」とお話をいただき、体調などを考えて少しだけ悩んだ様子はありましたが、思い入れのある企画だったし、よく知る鈴木さんが編集を担当くださることが大きかったようです。

鈴木さんに「発酵は一過性のものではなく、日本人に寄り添ったものだと思う。以前の企画も身近な道具でつくれるのがとても良かった」と言っていただいたことに、先生も心を動かされていました。

それに鈴木さんは、本の完成イメージもお持ちだったんです。「真知子さんの料理は生活の中にあるものだと思うから」と、シンプルで、わかりやすく、コンパクトなサイズで、いつも台所に置けて、気軽に手にとって作れるようなレシピ本をイメージして提案くださって、先生も信頼を強めていましたね。打ち合わせの後、気持ちを理解してもらえて「すごく嬉しい」と仰っていました。

舘野さんはこれまでも、発酵食や家庭料理の魅力を数々の書籍などを通して紹介していました。

松本さん 「体力がもつかな」と心配そうなことも言っていましたが、私も「先生がやりたいならサポートします。だって私がその本、欲しいですもん」と背中を押したんです。その日の夜、こばさん(舘野さんの夫・小林一匡さん)が帰宅後すぐに相談して、先生がやりたいならやろう、と書籍の話が決まりました。

書籍の追加撮影は全てこのご自宅のキッチンで行ったので、今までの本よりもさらに先生らしさを感じていただける一冊になりました。葉山に引っ越してからの先生がどんなライフスタイルだったのかも伝わると思います。

松本さん この前に出た糖尿病の本も、先生のキャリアと人柄が集約されています。先生がすごく考えながら、とても時間をかけて作った本です。というのも最初は、管理栄養士としての先生のスキルを活かして、糖尿病の人が楽しめるレシピ集を、という企画だったんです。でも途中で「病気になっても食べられる料理ではなく、生活習慣病に向き合えるような、日常生活を変えられる食事内容が必要なのでは?」と話し合いました。

結局、1週間ごとの買い物リストを作り、その食材を余らせずに使い切れるレシピを組み立てることになったんです。もちろん糖尿病の方でも食べられる栄養バランスで、それも、ご家族と一緒に同じ食事ができるように考えてあるので、糖尿病ではない方もおいしく楽しんでもらえます。手に入りやすい食材で再現性の高いレシピを考える先生はかなり大変そうでしたが、それでも「病気の人だけが違うメニューになってしまうのは、自分も家族も辛いはず。精神的な支えとして家族と一緒に食事ができることが大事」と、本を手にする方のことをものすごく考えていました。

2021年に発売された『くり返し作りたい 糖尿病のおいしい献立』(株式会社西東社)から

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大好きな人たちと、愛のある活動を

ー松本さんと舘野さんのご縁はいつ頃からですか。

松本さん 先生のマネージメントをしている会社に入ったのが2016年なので、丸6年ですね。私はキッチンスタジオの運営とPR業務のアルバイトとして入社して、先生はその頃、料理家としての仕事が多くなった頃でした。

細かな調整や撮影準備などがおひとりでは難しくなり始めて、弊社にマネージメントもしてもらえたら、と相談してくれたんです。私は元々パティシエだったので調理補助もできるし、先生も喜んでくれたのを覚えています。先生との仕事がとにかく楽しくて楽しくて、会う度にいろんな話をしました。一緒に出張に行くことなども増えたので、入社の時には考えてなかったのに、先生との仕事がしたくて正社員になったくらいです。

松本さん 料理研究家にもいろんな方がいて、それぞれに魅力がありますが、先生のすごいところは、網羅していることの幅広さにあったと思います。元々ご実家が農家さんで、生産者さんの気持ちや立場も理解されていましたし、何より食材の良さが料理に影響することを本当に強く実感されていました。いろんな事におおらかな先生でしたが、食材選びにはとてもこだわっていました。

またキャリアの最初が管理栄養士で、実際に病院の食事を担当していた実績があり、その後、再び学んでから飲食店のキッチンを切り盛りしていた経験もある。さらに料理研究家になってからはメディアの仕事もたくさんしていました。どれも似ているようで異なる領域なので、それぞれの経験を発揮していたんです。野菜の切り方は的確で、大きさもきれいに揃ってるし、それでいて作業はものすごく早くて無駄もない。栄養バランスが考えられたレシピと、見た目の華やかさと、さらに実際に食べたらおいしい、というバランスを取るのは簡単ではないことですが、先生はそれができる料理家でした。

取材中、舘野さんの夫・小林さんが焼いてくださったレアチーズケーキが登場。香ばしくもしっとりしたビスケットに、ふんわりクリーミーにとろけるチーズが絶妙な、とってもおいしいケーキでした。

ーなんておいしいチーズケーキ!小林さんが焼いてくださったんですか。

小林さん このチーズケーキはまち(舘野さん)と一緒に素材を研究したレシピで、友達が遊びに来る時に作ったりしてるんです。以前、すごくおいしいお店のチーズケーキを食べて、どうにか自宅でも作れないかと思っていたら、偶然にもそのお店がテレビで紹介されてるのを見たんですよ。作り方も話していたので、じゃあやってみようと作ったものの、なんか違う。そしたらまちが、そのお店がどのチーズを使っているのか探り始めたんです。ネットで根気よく調べて、いろいろ試した結果、今の味になりました。(おいしいおいしいと連呼する筆者に)ありがとうございます、素材が決め手ですよ。

松本さん 先生もこばさんのチーズケーキが大好きでしたよね。

舘野さんの夫、小林さん。出会ってから19年の時間を一緒に過ごされた。

ー木戸さんはお住まいもお近くですね。

木戸さん 4年前にまっち(舘野さん)とこばちゃんが葉山に引越してきてくれたのでご近所になりましたが、知り合ったのはもっと前です。まっちが「六本木農園」という飲食店の初代料理長だった時に、私は運営母体の会社に勤めていたのがご縁でした。かれこれ付き合いは10年以上になります。普段からよく連絡を取り合っていましたし、今年に入ってからはまっちの体調を心配しながらも、かつての同僚たちと旅行に行くこともできました。

舘野さんと一緒に梅仕事をする木戸さん(左)。仕事を通して出会い、家族ぐるみで親しかった木戸久美子さんは、舘野さんを最後まで暖かく励まし、そして見送られました。

木戸さん 春にまっちが体調を崩してからはちょくちょく様子を見に来て、特に最後の10日間は毎日来ていました。亡くなられた日は、来たときになんとなく予感がして、泊まることにしたんです。連日の看護で寝ていなかったこばちゃんに休んでもらって、私がまっちの隣で寝ていた時でした。眠りながら、とてもおだやかに逝かれたまっちに付き添えて、改めて彼女の人徳の高さを感じた経験でした。



木戸さんは、舘野さんを見送った時のことをSNSで丁寧に綴っています。