LGBT関連新法の誤解…「“心が女だ”と主張すれば女湯に入れる」ワケがないと弁護士が断言する理由

トランスジェンダー女性の公衆浴場やトイレの利用を巡り、SNSを中心にヘイトが広がっていることを受けて、当事者団体と弁護士が16日に記者会見を開いた。

「心は女性」=「女湯に入れる」という誤解

LGBT関連新法の整備に向けた議論が進む中、一部で「LGBT差別禁止法や理解増進法が成立した場合、『心が女性だ』と主張する人を女湯に入れなければ法律違反になる」という話が広まっていることについて、⽴⽯結夏弁護士は「誤解です」ときっぱり否定する。

「法案を見れば明らかですが、差別禁止法にしろ理解増進法にしろ、現行法上の権利を変更するものではありません。すでに認められた性的マイノリティの権利を明確にするものに過ぎず、新法が成立したからといって、直ちにトランスジェンダー女性を女湯に入れなければ法律違反になるとは、およそ考えられません」(立石弁護士)

そもそもほとんどのトランスジェンダー当事者は、自身が公衆浴場やトイレを利用する際、社会的にトラブルになることなど望んではいないだろう。LGBT法連合会顧問でトランスジェンダー女性の野宮亜紀さんは「(当事者たちは)男女別のスペースでも自分の外見や身体的な特徴をもとに、第三者からとがめられることがないよう、トラブルが生じないようにする方をずっと使ってきた」と言う。

また立石弁護士は「『心が女だ』と主張したからといって『トランスジェンダー女性になれる』わけではない」と指摘する。

「犯罪目的で女性用スペースに入ってきた人が『自分はトランスジェンダー女性だ』という主張を盾に言い逃れようとしても、本当にそうであるかは、成育歴や通院歴、家族への聞き取りなどによってすぐに分かるため、極めて難しいことです。

そもそも性犯罪、性暴力、性的な迷惑行為は、トランスジェンダーであっても許されることではなく、これらの誤解は加害者が加害しやすい環境にもつながることを知っていただきたいです」(立石弁護士)

トランスヘイトは「男女不平等な日本社会の象徴」

東京レインボープライド共同代表でトランスジェンダー男性の杉山文野さんは、男女両方のジェンダーを経験した立場から「(トランスジェンダーヘイトは)日本におけるジェンダーギャップの大きさを象徴するような問題なのでは」と語った。

杉山さんは物心ついたときから性自認は男性だったが、女子高生として過ごした高校時代、通学電車内で痴漢被害に遭った友人が「抵抗できなかったあなた自身の責任だ」と、先生たちに責められ傷つく姿をたくさん見てきたという。

しかし20代半ばから性別移行を始めると「男なら相手に嫌がられても無理やり触るくらいしなければ」など、まるでアドバイスかのように語ってくる男性も少なくはなかった。

「もちろん、すべての男性がそうだと言うわけではありません。しかし『私』という事実は何も変わらないのに、ジェンダーが変わっただけでこれだけ見えてくる景色が変わるのかと、そのギャップにがくぜんとし、現在でも同じような話を見聞きする現状には耐え難いものがあります。

私にはトランスジェンダーというマイノリティ性はありますが、ジェンダーが男性というマジョリティ側になったことで、逆に暮らしやすくなったこともたくさんあります。

そのような経験から、私個人としては『トランスジェンダーヘイト』のほとんどがトランスジェンダー女性に対するものであるということ自体が、日本社会におけるジェンダーギャップの大きさを象徴しているように感じてなりません」(杉山さん)

現実の検討課題は他に山積している

一言で「トランスジェンダー」と言っても、当事者それぞれの考え方はもちろん、性別適合手術をして戸籍変更している人もいれば、何らかの事情(金銭的な理由、身体にかかる負担の精神的苦痛など、多岐にわたる)によって性別適合手術を受けていないため戸籍変更ができないなど、1人ひとりの事情はまったく異なる。

前出の野宮さんは「LGBTQの当事者だからといって、他の当事者への偏見を持っていないとは言えません。特定の有名人のポジショントークにとらわれることなく、当事者団体や支援団体、多くの当事者を知っている専門家の話を積極的に聞いてほしいです」と言う。

立石弁護士は「『トランスジェンダーのふりをした男性が女性スペースに入ってくる』といった話は、トランスジェンダーの権利擁護の文脈に対して、トランスフォビア(トランスジェンダーに対する差別や嫌悪)をあおる材料として登場しています」と指摘する。

「LGBT関連法案の議論の中で、トランスジェンダー、あるいはトランスジェンダーのふりをした男性による性暴力を論じたり、『女湯に入ってくる』『社会が混乱する』といった話し方をすることは、この問題をよく知らない方に偏った“トランスジェンダー像”を植えつけ、当事者の方々をさらに苦しめています。

現実の社会問題になっているわけでもないのに、シスジェンダー女性とトランスジェンダー女性が対立しているかのように論じたり、どちらを優先すべきかという議論を展開することは、いたずらに社会の分断を進めるものでしかありません。また、現実の性犯罪に関する検討課題が他に山積している中で、このような議論をする実益は乏しいと言えます」(立石弁護士)