ふと安らぎやここちよさに身を委ねたくなるようなことや、反対に自分を鼓舞しなければならないことがある日常に、心の拠り所として、またより美しく豊かに暮らすために注目されている「香り」の力。ウェルビーイングなアイテムへと昇華した香りの活用術について、フレグランスアドバイザーのMAHOさんにうかがいました。




長く続いたステイホーム&リモート生活を経て、ライフスタイルも価値観も多様化してきたいまの時代。ふと安らぎやここちよさに身を委ねたくなるようなことや、反対に自分を鼓舞しなければならないことが、きっと誰の日常にもあるでしょう。そんな心の拠り所として、またより美しく豊かに暮らすために、かつてないくらい注目されているのが“香り”の力。ウェルビーイングなアイテムへと昇華した香りの活用術について、フレグランスアドバイザーのMAHOさんにうかがいました。

目次

香りはいま、より自由にジェンダーレスに楽しむ時代
五感のなかでも唯一無二。嗅覚から高める幸福感
香らせ方のバリエーションもアイテムもさまざま
香り使いの上達法は「場所・時間・イメージ」を思い描くこと
誤解されない、失敗しない! 正しいフレグランスのまとい方

香りはいま、より自由にジェンダーレスに楽しむ時代

いま、世代を問わず日々の生活に“香り”を取り入れる人が増えています。その背景について、フレグランス史にも詳しいMAHOさんの見解はこう。「ここ数年続いた行動制限や、嗅覚を鈍らせるマスク生活を送るなかで、これまでは普通に受け止めていた香りの力やありがたみを再認識するようになったのだと思います」

「旅行に行けないぶん香りで旅の気分を味わったり、香りを使い分けることで気分や行動のスイッチングになって単調な1日のなかにリズム感が生まれたり。想像力をかき立ててくれる香りならではのメリットが、日々の暮らしのなかで心を満たす大きな癒やしになっているんです」

ライフスタイルが多様化し、香りとの向き合い方にも変化が。「いまはトレンドの香りを求めるのではなく、“香りを楽しむこと”こそがトレンド。性別や年齢にとらわれることなく香り選びも自由になり、“自分らしさ”を表現する時代です。以前のようにこう使ってはダメ、こう使わなければダメというような固定観念もなくなり、その日の気分や感覚で好きな香りを楽しむのがスタンダードになっています」

五感のなかでも唯一無二。嗅覚から高める幸福感


「好きな香りに包まれる安心感とは別に、香りには感情の奥底にある本能をくすぐる作用もあるんです」とMAHOさん。「入ってきた情報を一拍おいて考えることができる視覚や聴覚などと異なり、香りを嗅ぎ分ける嗅覚は、五感のなかで最も深く“情動”に働きかけるのが特徴です」

呼吸と同時に香りが鼻から吸い込まれると、シグナルとして脳の記憶などをつかさどる部位にダイレクトに届くため、制御できない情動が揺さぶられることに。「これは動物的な本能でもあるのですが、裏を返せば、自分にとってここちよい香りを嗅ぐことで、反射的に幸福度や満足感を高めることができるということ。いい香りがもたらす効果はとても大きいのです」

香りは記憶と連動すると言われ、第一線で活躍するアスリートや企業のトップなどはこれを自らのブランディングに上手に活かしているのだそう。「香りは自己表現の一つであるだけでなく、願掛けとしてまとうことで精神面を落ち着かせたり、同じ香りでつながることでチームの結束感を高めたりすることも可能です。さらに言えば、洗練された香りの力を借りることでカリスマ性を高めることもできたりします」。聞けば聞くほど、香りのパワーは神秘的かつ絶大!

香らせ方のバリエーションもアイテムもさまざま

「香りの好みも種類も多様化しているなか、よりグローバルな香りのトレンドとして、かつては一部の都市や国で限定的に愛されてきたローカル色の強い素材が注目されています。例えば、日本のさくらやゆず、イタリアのミモザなどがそう」(MAHOさん)

また、香りのアイテムも増えていることから、香りの“レイヤリング“を気軽に楽しむ人も多いといいます。「オー・ド・トワレをつける前にボディミルクやクリームで肌を保湿する、というような感じ。自分だけのひそかな楽しみとして、ランジェリーを収納するスペースの一角に香水を含ませたコットンボールやサシェを入れておくのもおすすめです。直接ランジェリーに吹きつけないから布地を傷める心配もなく、身につけるときにふわっとやわらかな“移り香”を楽しめます」

種類が格段に増えているルームフレグランスで部屋ごとに香りを変えて楽しんだり、リネン用フレグランスを愛用するなど、こだわりの使い方をする人も。「近年、ラグジュアリーホテルや有名なアパレルショップでも、空間に香りを漂わせてドラマティックな演出をすることが増えています。そんなところからもインスピレーションを得て、よりホテルライクに、またはラグジュアリーに、おうち空間をランクアップするために香りを使う人が増えているのではないでしょうか」

香り使いの上達法は「場所・時間・イメージ」を思い描くこと

「もはや香りの使い方にNGはない時代。その日の気分に合わせて自由に楽しむべき。それがウェルビーイング&マインドフルネスに生きることにつながる時代なんです」とMAHOさん。

ただし、人の多い場所や飲食店では強い香りは使わない、というのは覚えておきたい最低限のマナーだと。「もし飲食店に香りをまとって行く場合は、その場に自然になじむ香りを選ぶようにするとスマートです。例えば、お寿司屋さんに行くなら、ゆずやレモンなどの柑橘系を、中華ならアニスやペッパーなどが入っているものを選んでみて」

普段使いにどんな香りを選べばいいのか迷ってしまうなら、まとう時間帯やシーンで香りをセレクトしてみるのも一策。「朝はさわやかな柑橘系、夜なら落ち着いたウッディ系、気分を高めたいときは花の香りでフェミニンに。あるいは、家族と過ごすとき、女子会で、ここちよく眠りにつくためになど、シーンを思い浮かべると似合う香りを見つけやすいです」

新生活や新年度が始まるいまの時季は、スーツを新調するような気分で、より自分らしさを意識して香りを新調する絶好機。「相手に不快感を与えず安心感を持ってもらえるように、元気で明るい雰囲気になど、なりたいイメージを膨らませると香りを選びやすくなります」

誤解されない、失敗しない! 正しいフレグランスのまとい方

フレグランス使いの名手になるには、まず基本のまとい方を学んでおくべき。「“香水は素肌にまとうランジェリー”と言われるとおり、洋服の上からではなく、素肌にまとうのが基本です」とMAHOさん。

「香らせたい部分から15〜20cmほど離して、斜め上の角度から2〜3プッシュスプレーすること。つい近くからスプレーしてしまいがちですが、香水が液だまりすることなく細かな霧状になって広がる距離をとることが大切です」

左:パンツスタイルの日は、隠れすぎない足首に
右:スカート着用時は、動くたびほのかに香り立つひざ裏へ

そしてもう一つ大切なのが香水をまとう場所で、どのくらい香らせたいかによって選択を。「ポイントは、香りを吸い込む“鼻”からの距離。ほのかに香らせたいなら、鼻から遠い足元へ。ひざより下につけると、脚を組み変えたときなどにふわっと感じるくらいのやさしい香り立ちが楽しめます。肌が隠れるパンツスタイルなら、足首に近いアキレス腱あたりにスプレーを。香りが拡散しやすいスカートなら、ひざ裏あたりにまとうと同じくらいのソフトな香り立ちになります」。職場でまとう場合は、この使い方が比較的相手を選ばず安心度も高め。

左:程よい距離感を保てる相手と会うときは、ウエストラインに
右:しっかり香らせたいときは、肩に霧が落ちるようにスプレーを

女子会や友人たちと会うときなど、少し強めに香らせたい場合は……。「ウエストラインにまといましょう。ひじの高さで香水を持ち、やはり15〜20cmほど肌から離して、斜め下へ向けてスプレーしてみて」

香りをアピールしたい親しい相手なら……。「より鼻に近い肩口にまとうと、印象に強く残りやすくなります。さらに外出先での香りのリタッチであれば、ひじの内側あたりに軽めに。それだと香りが強く感じるのであれば、ひざ裏や足首にリタッチするのがおすすめです」

最後に、MAHOさんからこんなメッセージが。「香りはここちいい空間や、自分らしさを演出するための一つのエッセンス。香りを意識することで感受性を高めることもできるうえに、“いい香り”は脳にとってもプラス作用をもたらすことがわかっています。自分らしい香りとの出合いが、自信を与えてくれることもある。いろいろな香りを試して、ウェルビーイングな毎日に役立ててください」



フレグランスアドバイザー MAHO(マホ)

「PRIVATE TOILETTE」主宰。日本フレグランス協会(JFA)常任講師、日本調香技術普及協会(JSPT)事務局理事。フレグランスブランドや関連企業勤務を経て独立。一人一人に合う香水をスタイリングするプライベートサロンを運営するかたわら、メディアでの香水レクチャーや講演なども精力的に行い、香水の魅力を広める活動を続けている。
https://private-toilette.com/


取材・文/田中あか音
撮影/村松成美
構成/江尻千穂
デザイン/WATARIGRAPHIC