「事業成長担保権」の法制化で何が変わる?  金融機関に問われる 「事業を見極める力」とは

「事業成長担保権」という言葉を各メディアなどで目にする機会が増えたのではないだろうか。

2022年11月に金融庁は、「事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方に関するワーキング・グループ」を金融審議会に設置。2023年度中には国会に法案提出することを目指し法案の骨子をまとめている。

「事業成長担保権」とはどのような制度で、従来の資金調達とはどう違うのだろうか。創業間もないベンチャー企業や事業継承時にもその活用に期待ができそうだ。この法制化により、社会は何を目指し、どのような変化が生じる可能性があるのだろうか。

担保権の対象となる「無形資産」とは?

『事業成長担保権』とは、不動産などの有形資産だけではなく、ブランドや技術といった無形資産を含んだ事業全体を担保として、金融機関から資金を調達できるようにする制度。つまり、事業成長担保権の担保の対象は、「事業」そのものとなる。

具体的には、従来の担保権の対象である不動産、動産、株式、債権といった有形資産のほか、無形資産(著作権、特許権等、ブランド、企業が有する顧客ネットワーク、各種取引契約など)が担保権の対象となる。

現行制度では、民法で抵当権や質権を設定できることを規定している。不動産など個別資産は担保にできるが、技術力など無形資産は担保にはできない。特に、中小企業向け融資では、不動産担保や経営者の個人保証に頼ってきたのが現状だ。

金融庁の調査では、金融機関からの借り入れのある中小企業の経営者のうち、約8割が「個人保証」を提供している。この個人保証を行うことが、新規事業への挑戦や事業承継の大きな精神的負担となっているのが実情だと言える(『金融審議会事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関するワーキング・グループ』(金融庁)資料より)

従来の担保権設定は「不動産等」を中心としてきたが…

多くの金融機関は「不動産」を担保に融資を行う。法律で建物や土地が担保として設定できると認められているためで、借り手が返済できなくなれば、金融機関は担保として差し出されている不動産を売却して融資した資金を回収する。

一方、従来の不動産等を中心とした担保権設定では、不動産を持たないが、「技術力・アイデア」を持つ企業の資金調達の選択を狭めることになる。また、ベンチャーキャピタルなどの出資を受け入れたり、経営者保証を付けたりすれば調達できるが、経営が行き詰まったときのリスクを考えると起業をためらう一因にもなっている。起業や円滑な事業承継の障害となっているわけだ。

例えば企業の技術は、確かに重要な資産ではあるが、形を持っている「土地」「設備」のような有形資産とは性質が異なる。企業の有する特許やブランドや顧客ネットワークのようなものも同様だ。そしてこれらの無形資産は、現行の民法では、融資を受ける際の担保に組み入れることができない。

そこで今、政府は、これらの無形資産も担保にできるよう法整備を進めている。民法の特別法として、有形資産と無形資産を組み合わせた事業資産全体を「事業成長担保」とする新たな法整備を行うのだ。これによって従来の不動産だけでなく、企業が持っている技術やブランドも担保にできるようになり得る可能性が出てくる。


「不動産」を担保に融資という慣習は変わるのか(artswai / PIXTA)

今回の事業成長担保権は、不動産に依存した融資慣行が転機を迎える可能性もある。

最近ではDX(デジタルトランスフォーメーション)革命などと言われているように、情報技術を用いた次世代型のベンチャー企業が増えている。しかしそれらの企業は、必ずしも十分な担保価値のある資産を有しているわけではない場合が多い。

有形資産が乏しいものの、技術的ブレークスルーをなし得る無形資産を有している企業にとって、事業成長担保の存在は極めて重要だ。スタートアップの企業は赤字基調が続くケースも多く、すみやかに資金調達する必要がある。スタートアップ企業が優れた、類を見ない無形資産を有していれば、それが事業成長担保として評価され資金調達の道が開ける。

新たな制度では、事業から生み出されるキャッシュフローやその将来性など事業全体で評価して担保に入れる。スタートアップや事業拡大のステージでの成長資金、事業承継や事業再生の段階での活用が想定されている。

金融機関側に求めらる「高度な知見」

事業再構築の必要性が高まるなか、資金供給を受けにくかった担保の乏しい企業も活用しやすくなるだろう。

例えば、サービス業を営む中堅・中小企業では、不動産等の固定資産を持たないものの、店舗の新規出店や運営システム等の投資を行い急成長する企業は少なくない。このような場合、金融機関が事業成長担保権を設定し、他行からの融資など含めてリファイナンスを行い追加資金の融資を行うことなども可能になる。

また、創業家から事業承継を行う際、創業家が負担してきた個人保証債務が大きな問題となることも多いが、事業成長担保権の設定で経営者保証は負担しないなどの条件設定で事業継承を行えることなども想定される。

事業成長担保を導入することで、銀行は有形資産と無形資産を合わせて、企業を総合的に評価することになる。融資先の企業と、「事業の継続や成長」といった目標を共有することになる。

従来の金融機関にも当然のこと求められていたことだが、今後はより一層、金融機関側の事業評価やビジネスの社会的文脈に対する高度な知見が求められることになる。資金調達がしやすくなる環境が整えば、より事業の多様性が生まれる可能性も増すだろう。

事業成長担保権を導入するためには、しっかりとした法整備が前提になる。特に従来に比べ、金融機関の審査や手続きが煩雑になることが想定される。国による十分なサポート体制の構築と、スピーディーな対応が必須であることは言うまでもない。担保権の悪用・乱用も考えられるため、事前に防止するためのシステムを整えることも重要なポイントだろう。