「おばさん」「デブ」 事業部長の侮辱発言に女性社員が提訴… “決定的証拠”ナシも裁判所が「慰謝料」認めたワケ

こんにちは。弁護士の林 孝匡です。上司が女性社員を侮辱した事件を解説します。

ーー どんなことを言われたんですか?

Xさん
「『おばさん』『『(お)デブ』『ブス』と言われました。あと、私は再婚歴があるのですがそれを引き合いに出して『経験豊富』とも言われました」

ーー 裁判所さん、鉄槌(てっつい)をお願いします。

裁判所
「上司と会社はXさんに慰謝料50万円払え!」(ブレア事件:東京地裁 R5.6.8)

※ 争いを簡略化した上で本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています

登場人物

▼ 会社
通信制学校の生徒の補習教育などを行う会社

▼ Xさん
セクハラ・パワハラをされた従業員

▼ セクパワ上司
・教育事業部長(もっとも上位の地位)

事件の概要

Xさんは適応障害になって退職を余儀なくされました。セクハラ発言だけじゃなくパワハラ発言もありました。

▼ パワハラ発言

ーー どんな状況でしたか?

Xさん
「私と同僚の関係が悪化してたので、話し合いの場が持たれたんです。そこにセクパワ上司が同席していました。私はパソコンでメモをとりながら話をしていたのですが、上司が私のノートPCを叩いて閉じて、『てめぇの態度なんだんだよ!』と怒鳴りつけてきました」

Xさんは慰謝料を求めて提訴。

ジャッジ


弁護士JP編集部

裁判所
「慰謝料50万円を払いたまえ」

▼ ブスって言った?

セクパワ上司
「ちょっと待ってください! ブスは言ってません」

Xさん
「いえ、言われました。職員会議のあとに行った飲食店の中で『ブスのぶりっ子は見るにたえない』と言われました…」

ーー 裁判所さん、どちらを信用しますか?

裁判所
「Xさんを信用し、“ブス発言”はあったと認定します。Xさんの発言は具体的で信用性が高いからです」

セクパワ上司
「ちょっと待ってください! 私の考えをお伝えします。私は【個人の努力によって差が出る】体形への発言は許されると考えていますが、さすがに【先天性のもの】である容貌に関する発言は許されないという考えの持ち主です。なので「ブス」発言はしないように心掛けており、言ってないと思います」

裁判所
「いやいや…その考え自体が不合理なのよ。あなたの供述は信用性に欠けます」

たしかに【体形への発言は許される】と考えていること自体が間違ってますからね。こんなことよく法廷で発言しましたよね。

セクパワ上司
「ちょっと待ってください! 『おばさん』『(お)デブ』などの発言は、Xさんに精神的苦痛を与えるものではなかったんです」

ーー は? どういうことですか?

セクパワ上司
「私とXさんの関係性は良好でしたし、Xさん自身が自虐的に笑いをとるキャラだったからです」

ーー 関係が良好なのに訴えられてるやん。裁判所さん、いかがですか?

裁判所
「上司が提出するメールなどの証拠を見たんですが、特別に関係が良好とは認定できませんね。上司と部下の通常のやりとりです。あと、仮に関係が良好であって、Xさん本人が自虐的に笑いをとっていたとしても侮辱的発言が正当化されるわけではありません!」

というわけで、侮辱発言は不法行為と判断されました。

▼ パワハラ

裁判所
「ノートPCを使っているときに上司から突然閉じられることは、部下に相当な心理的負荷を生じさせるものだから、よほどの必要性がなければ許されない。今回、そんな必要性はなかった」

裁判所
「あと、セクパワ上司はかなり感情的になっていて『てめぇの態度なんだんだよ!』という発言に結びついたと推認できるが、そんな強い口調で発言する必要性も認められない」

というわけで、パワハラ行為も不法行為と判断されました。

▼ 慰謝料額

Xさんは「適応障害になった」と主張して300万円の慰謝料を請求してましたが、裁判所はセクハラ・パワハラと適応障害との因果関係を認めず、50万円という金額になりました。

ーー なぜ、50万円と認定したのでしょうか? 一般的なセクハラ・パワハラの慰謝料と比較するとけっこう高い印象を受けますが。

裁判所
「セクパワ上司はXさんに対して侮辱的発言を繰り返しており、しかも! 裁判における上司の態度に照らせば何らの問題意識もなく侮辱的発言をしていたと認められる。この上司は本件学校内でもっとも上位の地位にあったことも考慮すれば、Xさんは逃れる術のない精神的苦痛を受け続けていたといえる。さらにこの上司の発言が一因となってXさんが勤務を続けられなくなっていることなどが理由です」

本件発言についての上司の問題意識が低かったことも、一般的に認められる慰謝料から増額した要因となったようです。

最後に

ブス発言については録音などの証拠がなかったようですが、裁判所はXさんを信用しました。セクパワ上司の裁判所での態度などを見て「このセクパワ上司なら言ってるよな」との価値判断になったのだと思います。

今回のようにうまくいくとは限らないので、セクハラ・パワハラを受けている方は録音をオススメします。録音は最強です。

今回は以上です。これからも労働関係の知恵をお届けします。またお会いしましょう!